【15】ノーメの森の次は
内側から力を込めて扉を押す。そういえばこれで二度目だ。解読した術式によれば元々は木材であったのを魔法の力で強固な物に置換させてある。だが既にその機能は失われていた。その機能を停止させたのは自分に他ならない。そう思いながらヨーレンス・ヴァインライヒは夕暮れにしては明るい空を見上げる。このエストラントは夏の真っ盛り。北方ゆえ白夜という現象があり、この時期は日付が変わる手前までは明るい。そして彼と共に戦う仲間達が次々と扉をくぐって帰還した。レヴァル南方のノーメの森、自然のダンジョンと称されるその森の大樹には例のダンジョンの入り口があった。
束の間のストラウス捕獲作戦を終えて、カムイ・コマンダは二つ目のダンジョン攻略を成し遂げていた。とはいえ、今回はブロックを集結させた空間である"玄室"というスペースのみだったのだから、先のダンジョンより探索範囲は狭い。ただ仕込まれていた術式は結構な量であり、激しい先頭の最中、ヨーレンスは死ぬ思いで解読を進め、探索二日目にしてダンジョン核の機能停止を果たした。事実解読中のヨーレンスにも敵の攻撃は降り注いだ。それを防げたのは仲間達のお陰でもあり、似合わないと言われながらも装備していた防具にあった。彼は半円に鍔のついた形態の兜をそっと撫でた。頭から顎先や胸の辺りまでは鎖帷子で覆われている。彼は無事に戻ると鎖帷子の上からかぶる兜を撫でるのが習慣になっていた。
(団長に...無理矢理だったけど、こういうことなんだな...)
動きずらいと装備を嫌がり、最終的には団長であるジオンに有無を言わさず装備させられた経緯があったのだが、これまでの結果は吉だった。現在の狩猟者達の装備は軽装が主流だ。狩猟という仕事の性格が、この国の技術もあってその装備を軽く機能的にしてきたのであるが、新生カムイ・コマンダは防御面を重視した装備に切り替えていた。それなりにもダンジョン探索をしてきた彼には思うことがある。限定的な空間に地上とは一線を画す敵の強さ。一瞬の油断は死に直結するし、突出した個の力でも全ての事象から仲間を守り切ることは不可能に近い。もう彼は自分の装備を嫌がることは無い。そして徐々にではあるが覚悟が芽生えてきたとも言えるだろうか。
芽生えたのには理由があるかもしれない。彼の視線は新しい仲間である小さな少女に注がれた。重装備の仲間達に囲まれた小さな少女は、その体格もあるのか他の者とは違った軽量の防具を纏っている。兜を装備しているのは全員共通ではあるが、服と一体型となった俗に言うドレスアーマーが良く似合っている。満を持してこのコマンダに加入した少女の名前はキャミィ・ウッドゲイト。団長のジオンとマリアが先だって氷竜を仕留めた時に、それを昏睡させるという援護役を担った小人族の少女だ。話題にもなったし、情報紙にも加入間近と騒がれていた当の本人を目の当たりにして、彼は燃えた...もとい萌えた。小人族には珍しく綺麗な金髪で色白の少女は可憐だ。むしろ仲間の二人の姉御が強烈すぎて、女性への免疫が乏しい彼には愛おしい存在にしか映らないのかもしれないのだが。
「ふふん、気味の悪い目でキャミィを見るでないぞ」
「幼女趣味はぁダメだぜぇ。ほれ、早く入り口塞ぎなよぉ」
マリアとカロリーナの言葉は情け容赦なくヨーレンスを抉る。当のキャミィはジオンの背後に隠れるようにこちらを伺っている。ヨーレンスが観察する限り、言葉少ない内気な少女はジオンとマリアには結構懐いているようだ。元々豪快さと明るさがあるカロリーナやルドとも問題は無い。ふとそれに気が付いたヨーレンスはまだ自分だけが彼女と会話すら出来ていない事実に愕然とした。
(そ、そんな...い、一番萌えてるのは僕なのにぃ......)
"ヲタ野郎"はいたいけな少女から引き離す。どうもコマンダ内ではそのような暗黙の了解が出来上がっているようだった。ヨーレンス・ヴァインライヒの明日は遠い。
「それで...第三のダンジョンってのは?」
酒をあおりながらカロリーナはジオンに問う。本拠一階事務所...元は酒場を改良したこの空間は、食事や作戦会議にはもってこいだ。古木を使ったカウンターもあり、一般からの依頼受注をするにも申し分ない。一行はノーメの森から帰還すると夕食を終えて次へ向けての話し合いを始めていた。
「港湾街...だ」
「へぇ! 長年住んでたけど、あそこにねぇ!」
「開かずの倉庫らしいが...シュウェスタの話だと、どうも一番性質の悪い奴が作ったダンジョンらしい...どうも"本番"と連動しているようだ」
更に魔物の強さが一線を画すかもしれない、団員達の顔に緊張が走った。
「ゴーレム...だったか? その道の専門家だったようだが...めぼしい情報はこれくらいだな」
「ゴーレムかぁ、あたしは戦ったことはないけど、斬るのが難しいっていうのは聞いたねぇ」
「ククク、御屋形...肉弾戦なら俺の魔界四十八手が...」
「おい、相手は土とか石だぜぇ、ルドぉ!」
カロリーナとルドのやり取りに多少笑いに包まれた一行ではあるが、話を聞いているだけでもヨーレンスは内心ガクブルである。
「思ったよりも計画は進んでいるが...どうも今度は勝手が違うようだ。年内までには何とかしないとな」
「おお、そうじゃ。早くやらんと各自里帰りも出来んじゃろうしの」
「...里帰り?」
マリアの言葉に疑問を呈したジオンにカロリーナが説明する。
「ああ、そうか。あんたは一年目だったね。ここらの外国人は真冬になる前に里帰りするのが多いんだよ。あたしらもご多分に漏れずさぁ。なんたって...寒いからねぇ」
寒さをネタにはしたものの、狩猟や駆除の数は激減する時期であり、稼いだ金を故郷に持って帰り、束の間の休息を挟んで、春の前にはエストラントに戻る...特に狩猟者はそうらしい。
(俺は帰っても...誰も居ないだろうな......)
一族は死に絶えている。残るは自分のみだ。
(ああ、そうだ。ヴァレリーさんの所へ...)
相変わらずの無表情で、ジオンは恩人のヴァレリーと温かな従業員たちを想っていた。
(皆...里帰りするんだろうか...?)
おどおどしながらもヨーレンスは思った。このコマンダにおける純粋なエストラント人は彼のみだ。かといって彼には事情があって帰る場所は無い。冬になったら、自分はここで留守番でもするしかないのだろうか、いや近代魔法の研究も...あれこれと考えるヨーレンスではあるが、どうしても挑戦したいことが実はある。
(単独探索...)
自信があるわけではない。だが、なし崩し的に入団させられたこのコマンダで、彼は僅かずつではあるが狩猟者としての意識の萌芽があった。事実それを見越して自分用の武器まで新たに発注してある。少し前まで同業だったリズ・ノーヴァやカールリス・グルビスが今の自分を見たら何と言うだろうか。そういうことを考える、このひ弱な青年もまた男であったということだろうか。
「よっし! じゃあ、明後日だねぇ」
(...間に合う)
明日は武器の引き渡し予定日だ。豪快なカロリーナの声と乾杯の気勢に当てられたヨーレンスは顔を上気させる。
(やって...や、やってやるぅ...!)
相変わらずその弱々しい乾杯の仕草に、マリアは失笑し、初めて見たキャミィは若干引き気味だ。
(やっぱり...ちょっとキモい...)
可憐な少女の内心は案の定そういうことだったらしい。