【14】ストラウス捕獲作戦
五羽のストラウスが難なく浅瀬を渡った。あの時とは違って闇夜に紛れてではないが、"国防軍"の見張りの面々はあっさりと一行を通した。さすがに国境だけあって既に新しい国防軍が配置されていたのだが、その殆どが元は狩猟者だったようで、ルドの薙刀に翻る三本足の鴉の徽章の旗を見た途端に無言となり、誰何する者は誰もいなかった。そして一行は小さな森を抜けると、北東方面へ疾走を開始した。以前ジオンとマリアが魔獣の群れを殲滅した平原の傍を抜けて、ヴィル=イェーヴェから丁度真東に当たる地点...偵察飛空船からもたらされた最新情報によると、そこに相当数のストラウスの群れを視認したという。
マリアの何気ない提案から始まった今回の狩猟捕獲計画であるが、諸般の事情もこれを後押しした。まずは国防軍創設に伴いストラウスの需要と価値が高まっていること、そしてその価値は商売人にとって見逃せないものであったことだ。ジオンが組合にパドゥムユでの捕獲を相談すると、担当官のミーナから報告が上がったのだろうが、軍務長官のレイン・シュトルーヴェから最新の情報がジオンの元に届いた。また恩人のヴァレリーは捕獲したストラウスの預託牧場へ手を回してくれている。政府及びイルヴェス商会へストラウスを売るということで、今回の計画は実行者のカムイ・コマンダにも利益は大きい。
「だっりゃぁぁぁ!!! "雷光"!!!」
ヨーレンスの近代魔法が魔獣の群れに注がれた。既に例の薙刀の波動...承認されて"波動"が立て続けに魔獣達を行動不能に陥れた後ではあるのだが。
「まだまだだな...」
そう言ったジオンが"青炎"を発動させて全てを焼却する。目標地点手前...ヨーレンスの戦闘訓練を兼ねた駆除が続いていた。
「水辺や海じゃあ電撃が効くんだけどねぇ。次は炎系でいってみようかぁ」
「は、はいぃぃ! カロリーナ姐さん!!!」
かの"可愛がり"以降、ヨーレンスはカロリーナにしごかれている。即座に効果が出ている訳ではないが、少なくともガクブル具合は多少収まりつつあるようだ。
「さて、ヨーレンスの作戦が当たれば良いが...」
「そうですよねぇ...それこそが一番の懸念ですよねぇ」
マリアの呟きにルドが続いた。今回一行は普通のストラウス捕獲と異なる方法を採用した。本来は檻車を用意して、騎乗しての投げ縄や捕獲用武器を使うのが一般的だ。だが捕獲作戦を話し合っている最中、何を思ったのか彼は珍しく自己主張した。
『あ、あるんです! とっておきの近代魔法が! 解体師や専門家の手を借りなくても我々だけで捕獲から搬送まで...ひっくっ!』
酔った戯言かと一同は思ったが、何とヨーレンスはその準備を独りでやり遂げた。カロリーナの可愛がりでボロボロになりながらもだ。
『成る程...理屈はわかった。実行しよう...だが、お前をそこまで駆り立てる理由は何だ?』
『と、友達がいないんで...ど、ど、動物とは仲良くしたいんです......』
ジオンはヨーレンスの提案と準備を受け入れたものの、その微妙な理由に何とも言えなかった。だがその懸念は良い意味で裏切られることとなる。
「旗...!?」
騎乗のヨーレンスが手にする小旗にカロリーナは呟いた。他の団員達も訳が分からないといった表情だ。真紅の布地が三角形に整えられ、恐らくは近代魔法を装術されたであろう紋章が大きく刺繍されている。
「おいおい、ヨーレンスよぅ...本当にいけるんだろうなぁ?」
同様に彼から黄色い旗...これは吹き流しのような形状だ...を手渡されたルドが鷹揚な声で尋ねる。
「だ、大丈夫なはずです...ええ、ええ、きっと...」
そう言ったヨーレンスは小旗を掲げると、例の如く奇声をあげながら単騎で走っていった。ストラウスの速さに追いつける魔獣は少ない。魔の国といえど、だ。少なくとも余程の"やらかし"さえなければ、ヨーレンスですら切り抜けることは難しくはない。
「で...待てばいいんですよねぇ?」
「う~ん、旗だけでってのも微妙だけどねぇ...」
ルドもカロリーナもまだヨーレンスの作戦を信頼しきれていない。
「ヲタ野郎じゃからのう」
「まあ、いいだろう...それより...」
「ん? ああ、"あれ"ね。まったく、あんたも好きだねぇ」
獰猛な笑みと共に剣を抜いたカロリーナがゆったりと戦闘の構えに入った。遠目にも相当数が四人に向かって来ていた。そう、ここは魔の国なのだ。
「フォオオオ!!!!!」
ルドの振るった例の薙刀から"波動"が飛ぶ。あっという間に数十匹の魔獣が行動不能になるのをマリアは目にした。その威力は予想より質が高い。見た目の圧倒的体格と共に秘めたスタミナの器の上限値は相当高い部類だろう。行動を終えるたびに何らかの決めポーズがあるのが理解不能ではあるが。ジオンとマリアが初めて目にするルドの戦い方は力強い。既に一行を襲撃した数百にも及ぶ魔獣の群れは、一方的に殲滅されつつあった。
「ふう、こう一方的では見せ場がありませんねぇ」
「何を言う。大いに敵を削っての活躍ではないか」
「奴らの容赦ない攻撃を...それを受けきって最後に勝つのが面白いんですけどねぇ」
それが"プロレス"の美学だと大真面目に言うルドにマリアは思わず噴き出した。幼少の頃、家族と共に見たプロレス興行を思い出したからだ。最もマリアが応援していたレスラーは、付き添いの美人マネージャーの裏切りでボコボコにされ、少女には少々きついバッドエンドであったのけれど。
「そうか...だから前線には出さなかったということか」
「まあ、面白いけどねぇ。あの"美学"が命のやり取りには不要ってもんさ」
一方で殆どの敵を屠ったジオンとカロリーナは後始末と魔玉の回収を始めていた。
「それはそうとあのひ弱野郎は...ん!?」
「これは...また相当数の群れか?」
「俺の見せ場がまだ残っているようですねぇ...ククク」
群れの足音のようなものが空気を震わせた。四人は素早く集まると次に向けての戦闘態勢を整える。
「ル、ルドさぁぁん! き、黄色の旗ぁぁぇぇぁぁ!!!!!!」
群れの先頭を走るヨーレンスがか細い声を振り絞る。慌てて騎乗して黄色い吹き流しを掲げるルドは、凄まじい数のストラウスがこちらに向かってくるのを捉えていた。
「御屋形...見せ場はあいつが持ってっちゃったようですよぉ」
ルドの鷹揚な呟きも束の間、カムイ・コマンダはストラウスの群れの中に埋没した。
「むうう! おのれぇ、鳥臭いぞ!」
マリアの罵声が埋もれるほど、彼らがいた一帯は夥しい数のストラウスで埋め尽くされていた。
「それで...どういう絡繰り?」
一行は黄色い吹き流しを掲げるルドを先頭に元の道を戻っていた。更に道すがら、あちこちからストラウスがこの奇妙な集団に合流してくる。概算ではあるのだが、恐らく千を超えるだろう。
「ま、まずこの紅い旗..."誘導"...ストラウスのみを誘い出します」
笑顔ではあるが目は笑ってないカロリーナの問いに恐る恐るヨーレンスは口を開く。
「誘い出した獲物を更に黄色い旗で...か?」
「は、はい。黄色の方が"従属"...誘導の影響を受けた個体はこの旗を強制的に追いかけざるを得ません...」
「...上出来だ」
ぼそり、とヨーレンスを褒めたジオンに対しカロリーナは内心舌を巻いた。
(こりゃあ...ひ弱に見えてこいつも鬱陶しい部類だねぇ)
剛腕一徹しかない彼女にとって、それ以外の技術は鬱陶しい部類になるらしい。
「それで...だな、ヨーレンス...」
「は、はい」
「これだけ効率が良い...もう何日か繰り返すぞ」
夕暮れの魔の国にヨーレンスの奇声交じりの絶叫が響いたのは言うまでもない。