【13】ダンジョンの核
カロリーナ・フロールヴは目の前の魔物達が一瞬で斬られていくのを目の当たりにした。エルフ族の騎士や神官、ノルド人らしい狂暴な戦士、地上より遥かに強さを増した魔獣...ゴブリンやオーク或いは巨大昆虫、それらが全て極東の刀が振るわれるたびに灰と化していった。いや、全ての斬撃が見えるわけではない。共に戦うようになってまだ数えるほどだが、彼女にとってジオンの凄まじい戦闘力は常に驚愕の極みだ。
(嫌だねぇ...まだまだ底が見えない...)
氷竜との戦闘では見ていて身体が火照てり、その熱い思いをぶつけた解団式での対決では全く手も足も出なかった。ある意味彼女はこの時に"イった"。そして彼と共に戦い更に強くなることを改めて誓ったのだ。今やカロリーナにとって、伝え聞く和の国の"侍"は信頼する仲間であり、遥かなる目標でもあった。
ダンジョン探索からジオンは戦い方を侍様式にしている。面頬と着衣を黒で整え、光沢の無い銀色の具足と兜で身を固め、打刀と小太刀を思い思いに使って魔物を屠る。忍びと言えど戦場では侍同様の装備で戦っていたので、彼にとっては原点回帰でもあり、外国人には侍というスタイルの方が伝わりやすい事情もあった。本物と違う点は時折忍術を織り交ぜた攻撃をすることと、シュウェスタ改良の武具がミスリルと呼ばれる金属を始めとした軽くて丈夫な特殊金属に置換され、防御や速度面で大幅な恩恵を受けていることだろうか。
(限定された空間...長物はある程度制限されるが、今の戦い方で支障は少ないだろう...問題は......)
ジオンはダンジョンの通路を眺める。15メートル四方の正方形が"1ブロック"という独特の単位で高さも同様だ。原則はこれらブロックの組み合わせで全てのダンジョンが構築されているが、一部にはブロックを集合させた空間もあるという。これまでの戦いで慎重なジオンは色々なことを試していた。戦闘のたびに内心驚愕しているカロリーナが知れば噴飯ものの事実であるが、彼にとってはこの死地ですら微調整の場に過ぎなかった。
(問題は大型級への対応だろうか...もしかすると小型級で飛竜並みの魔物が潜んでいる可能性もあるだろうが...)
人知れずジオンはこれからの未知に獰猛な笑みを浮かべた。
「あ、あのぅ...もう3ブロックで...」
「終点...だな?」
恐る恐る話し出すヨーレンスにジオンは確認した。シュウェスタからの情報ではこのダンジョンの終点は凸形の4ブロック構成とのことだ。目指すダンジョンの核はその頂点の位置にあるという。ジオンは全員を集め、終点攻略の話し合いを始めた。
「マジかぁ! あんたも容赦ないねぇ...」
「あ、俺は姐さんの無茶苦茶突撃に鍛えられたんで慣れっこです」
「くくく...御主も修羅よのう」
ある意味"大役"を任されてガクブルに拍車のかかったヨーレンスを除き、団員たちはその大胆な作戦に笑った。端から見ればまさしく戦闘狂の集団である。
「あ、あ、あの、あの、本当に僕が...?」
「やるんだ...男ならな...」
「きっちりやったら、今夜は可愛がってやるよぉ」
「ぐぼぉぁぉぁ!!!!!」
カロリーナ流の"檄"に言葉にならない奇声を発したヨーレンスは一瞬オチた。一同は顔を見合わせて苦笑いすると、彼が正気を取り戻すまで束の間の休憩をするのであった。
ヨーレンス・ヴァインライヒは天才と言われた男だった。装術師としての能力が発覚したのが史上最年少の10歳の時で、あっという間に大学を飛び級して、国家機関である魔鉱錬成所に入所したのが13歳の時だったという。それ以降何があったのかは分からないが、一言で言うと彼は落ちぶれた。錬成所を逃げるように辞め、役にも立たない魔法を自分の商会で開発を始めたのが昨年からだ。"自己満足のヲタ野郎"という評価は界隈に広まり、嘗ての天才と言われた面影は微塵もない。辛うじて"紙一重"だ、という評価は一部にはあるものの、今年漸く20歳になったひ弱な青年は極東からやって来た恐ろしい男に半ば強制的に従うようになった。
(い、いるぅぅぅ! ぐ、ぐはぁ!!!)
終点手前、ダンジョンでの戦闘を経験してきたヨーレンスはさすがに魔物の気配を感じられるようになっていた。そしてコマンダの先頭に立たせられた彼は何と武器を携帯していない。
(ああ、ああ...術式は読みたいけど...こんな、こんなぁ...)
内心も泣きそうだが、その表情はもっと酷い。先頭故に仲間達に見られていないのが幸いだ。怖い団長に見つかったらどうなることだろう...そう思ったヨーレンスの身体は更に震えた。
「...行け!」
背後から例の恐ろしい声が呟かれると、前方に"飛苦無"が飛んで何体かの魔物を青い炎に包む。打ち合わせで決められた突入の合図だった。
「ぐりゃうりゃぁキエェェェェ!!!!!!!」
ますます聞き取れない奇声を発するヨーレンスは凸形空間へ突入した。彼を踏み切らせたのはカロリーナからの例の檄である。
(カ、カロリーナ姐さんのぉぉ! ご、ご褒美ぃぃぃ!!!)
この時、彼は人生初の渾身の力を振り絞ったと後に述懐する。
「迅雷ノ霹靂ーーーーー!!!!!!!!!!!!」
他の団員一同が驚愕した凄まじい雷の近代魔法は凸形空間全てに轟き、残ったのはダンジョン核と夥しい数の魔玉のみであった。
「作戦が無駄になっちゃいましたね...御屋形」
帰路、荷物と共にヨーレンスを背負ったルドが言う。渾身の力で魔物を掃討し、ふらふらになってダンジョンの機能停止と術式の完全解読をしたヨーレンスは全スタミナを使い果たして倒れた。
「まあ...嬉しい誤算だったな......」
当初の作戦ではヨーレンスの近代魔法を皮切りに、正面をジオン、左をカロリーナが掃討し、右をルドが抑える予定だった。中央に位置したマリアは右を中心に例の薙刀の波動を放ち、魔物の行動頻度を遅らせる援護役だ。それが初手のヨーレンスの一撃で片が付いてしまったのだから、誤算としか言い様が無い。
「しかし、とんでもない近代魔法でしたね...あれは未申請の?」
「ああ...ヨーレンスの悪い癖なんだが...」
ルドの疑問にジオンは答えた。
「真剣に紡いだ魔法が所謂役立たずで...遊びで紡いだ魔法が先程のようなものになってしまう...」
「ちょっ、遊びですかぁ!? はぁ..."紙一重"とはよく言ったもんで...」
ルドは呆れかえって背負っているヨーレンスを茶目っ気たっぷりに揺すった。
微かに呻き声をあげるヨーレンスに苦笑を漏らしつつ、一行は魔物が消えた機能停止のダンジョンを進む。
「渾身の一撃じゃったの。カロリーナ...御主の"檄"が効いたのではないか?」
「青臭いひよっこだから、勘違いしちゃったかもねぇ」
「あー、姐さんの"可愛がり"は凄かったですもんねぇ......」
二人の女性の会話にルドはその行為を思い出したのか遠い目になった。
「あんたの強靭な身体と凄いスタミナは可愛がりたくなるさぁ、ルドぉ!」
「もうごめんですけどね.......」
この夜、回復したヨーレンス・ヴァインライヒは本拠の裏庭でカロリーナ・フロールヴから"可愛がり"を受けた。言うまでもなく鉄拳を散々喰らってボコボコにされた彼は、これもある意味"イッて"しまったという。
「ご、ご褒美ですぅ......」
そう呟いたヨーレンスは、これ以降、言葉に続いて苦痛を与えられることにも目覚めたらしい。"紙一重"との評価が覆されるにはまだまだ時間がかかりそうである。