【12】マーヤ
旧街区の頂上に至る手前に小さな通りがある。通り沿いにはなかなか立派な住宅が密集しているが、嘗てのクロイツヴァルト王の治世の時は名のある騎士や側近達の住まいであったと聞く。確かに王の居城があった場所に近い。出仕にも便利な立地条件である。現在ではこれら古い建物の一階部分を店舗に改良し、観光客相手の商いが盛んな通りとなっていた。シュウェスタの工房を後にしたカムイ・コマンダは通りの中央部に近い一軒の建物へ訪れていた。
「こ、これが新しい本拠!?」
「ああ、シュウェスタの管理物件でな...素晴らしい贈り物だろう?」
「おお、一階はコマンダの事務所じゃな? ふむ我のような可憐な受付嬢を...」
三階建てのこの物件は、以前は一階の大部分が酒場だったらしい。そこが利用されてコマンダの事務所に改装されていた。上階は六部屋ずつあって広さも充分で、地下には倉庫もあり、小さな裏庭にはストラウス用の厩舎まで備えられていた。
「鍵は各自行き渡っているな? 明日中には引越を済ませ...二日後から探索を再開したいが.......」
「凄い家だねぇ! こりゃあ気合いも入るねぇ」
「本番のダンジョンにも近いしの...いよいよ旧街区が我らの本拠地じゃの」
高揚した気分の一同は各自の部屋を定めて装備を解除すると、近くの食堂へ昼食に繰り出した。
「御屋形、ここの料理は絶品ですよ」
ルドが案内を買って出たこの店は同じ通りの大きな食堂だ。一同は二階にある大人数用の個室に案内された。そして暫し解体師風という野趣溢れる料理を大量に平らげるのであった。その後各々が好きにデザートや食後酒を楽しんでいると、自然と探索や狩猟の話題になってしまうのが狩猟者の習性でもある。ルドが持って来た店舗サービスの情報紙の話題を皮切りに様々な意見が出された。
「ホーヴェルソン及びエリン・コマンダ解散。大部分が国防軍入りを表明...か。コズロフやハイドゥの動向も気にかかりますね、御屋形」
「その辺りの情報はどうだ、カロリーナ?」
この話題となれば先日まで五大コマンダの長であったカロリーナの得意分野だ。
「大方予想通りだけどねぇ。ハイドゥはどっちかというとこっちと志向が似てるねぇ。ツィスカは解散したらあんたに会いに来ると思うよ。敵に回すには鬱陶しい部類さ。同じ外国人だし上手いことやる必要があるね」
そう言ってカロリーナは酒をあおって続けた。
「コズロフは魔鉱産出利権があるね。何時もガチ勝負ばかりであたしの所とは気が合ったけど...利権の配分は揉めそうな予感がするよ。ここらは一波乱有りそうな予感がするねぇ...」
豪快な女性ではあるが、大コマンダを率いていただけあって彼女は意外にも冷静な分析力を備えている。海の荒くれ者達をその腕力で従えてきたカロリーナ・フロールヴの器と経験値はなかなか得難いものであった。
「...了解した。情報収集を怠らないようにしよう。マリア、この二日間の成果はどうだ?」
「ふむ、概算でも収入は軽く狩猟の五倍は越えるの」
「ダンジョン、美味しいねぇ!」
マリアの返答にカロリーナは勢い良く杯を掲げる。それに倣ったヨーレンスの弱々しい乾杯は一同の笑いを誘った。
「狩猟といえばあれ以降依頼が無いんじゃが...」
「マリアさん...飛竜を倒すような狩猟者がいるコマンダに狩猟手伝いなんて恐れ多いかと...」
ルドの言葉にカロリーナも同意する。
「だねぇ。その意味じゃあ、このコマンダでは自己判断で狩猟を催すべきだね」
「ふむ、どうせなら自前のストラウスを捕獲したいの。パドゥムユでは質の高いのが野生化しとるというぞ」
「パ、パドゥムユぅぅぅ!!!」
驚愕するヨーレンスをスルーしてカロリーナは笑った。
「それだよ、マリア! 狩猟も刺激がなくちゃねぇ」
「よし、今のダンジョンを仕留めたら行くとするか...」
ジオンは次の狩猟を決断すると各自が行う手配の割り振りを始めた。たった二人の時とはまた違い、新たな仲間の加入もあって様々な物事が確実に進んでゆく。忍びとして単独や少数での活動に慣れきっていたジオンにとって、これは新たな刺激でもあった。
食事を終えた一同は探索の準備や手配、或いは引越の為にそれぞれ散っていった。ジオンはマリアと共にリズの工房へ訪れる。狩猟で得た皮革が相当量になっただけあって、そろそろ加工が必要になってきていた。
「漸く...この馬鹿を追い出せて嬉しいけど、あいつは大丈夫なの?」
リズの関心は友人のマリアより同業であったヨーレンスにあるらしい。小さいニュースとしてヨーレンス・ヴァインライヒのカムイ・コマンダ入団は情報紙に載った。装術師界隈では結構な話題になったとのことだ。最も彼等はダンジョンの件を知る由も無いので、殆どが冷やかしと嘲りというのは言うまでもない。
「ふん、今日もガクブルしておったぞ」
「まあ...自前での近代魔法開発には役に立つだろう...」
事実ジオンが主導して彼が開発した近代魔法の権利収入は結構な額だ。それの拡大の為の加入というのが一般的な見解である。
「新法だとそこは収入として認められるのよね? 今までと違って商業活動に制限あるから...これも時代ね」
"麗人"は小さく嘆息する。それがヨーレンスへの哀れみなのか新しい時代への憂いなのかは、その表情からは分からなかったが。
発注の後、ジオンはマリアの荷物運びを手伝わされる羽目になった。彼女の荷物は意外と言っては何だが質素である。
「何じゃ? 何か言いたげのようじゃな?」
「お前は通いでも良いと思うが......」
事実ここから新しい本拠まで、徒歩10分以内である。
「何を言うか! 御主とカロリーナが同居などと......」
「...男も二人いるが」
マリアはいつもの戯言を言いかけてやや驚いた。ぼそりといつもながらの無表情で呟いたジオンが笑みを浮かべていたからである。彼の心中を察したマリアは素直になれずにやり返すことにした。
「御主が我以外に男まで範疇に入るとは知らなんだぞ。ふん、器用なものじゃのぉ!」
「お前が俺の範疇かどうかは神のみぞ知るというやつだが...可憐な受付嬢は入団させようと思っている。言っておくが、男に興味は無い...」
下らないやり取りを続ける二人ではあるが、それまでのお互いの境遇から苦楽を共にする仲間が出来たことが嬉しかったらしい。
(それにしても...こいつはよく俺に声をかけたものだな......)
自分なら自ら誰かを仲間に誘うことは無かっただろうとジオンは思う。今に至るきっかけはマリアの押しかけ訪問だった。いつか素直に感謝の言葉を述べることがあるだろう、とジオンは心中で思う。
「それよりも部屋は他の仲間の手前別じゃが、寝床の件は分かっておろうな? カロリーナと同衾しないようにいつも我が目を光らせねばの...」
心の中では感謝したものの、調子に乗って平常運転を始めたマリアにジオンは再び無表情になった。彼が夜になると部屋から頻繁に居なくなったのは実にこの時からだという。