【11】ダンジョン攻略の始まり
目の前に立ちはだかったのはフルプレートを装備した騎士だった。頭部が面頬のみであるので、その顔立ちと一目でそれと分かる耳の形状が露わになっている。金髪のその男の表情は無表情だ。だがその瞳は濁り、一種の闇に陥った狂気を宿していた。
(間違い無い...同族......)
一瞬躊躇いを見せたマリアであったが、騎士が繰り出してきた剣による攻撃を受けて、すぐさま己の獲物で応戦した。
「頭だ...マリア!」
容赦ないジオンの叱咤にマリアはまだ不慣れな槍による突きを放つ。薙刀を使い続けていたこともあって、見ようによってはその攻撃はなかなか見事なものだ。繰り出した数回の突きで相手の剣撃をいなすと、マリアは握りを変えて渾身の一撃を相手の額に突き刺した。最後まで無表情の男はその瞬間に灰と化し、濃い色彩の魔玉が一つその場に転がるだけだった。安堵したマリアの視界には刀を振るって相当数の敵を屠ったジオンが映った。
シュウェスタとジオンの出会いから十日後、カムイ・コマンダは遂にダンジョン探索を始めていた。レヴァルのカドリオルグ地区...嘗てのエルフ達が実験で作ったという一階層のみの小さなダンジョンであり、シュウェスタから託された鍵で潜入を開始したのが前日のことだ。入口は住宅街の古民家だった。彼女からの依頼には続きがある。旧街区のダンジョンの存在が明らかになる前に、エルフ達が作った小ダンジョンの機能停止というものだ。根本の封印が解かれれば、これらの小さなものですら活性化して、場合によっては魔物を地上に送り出す装置となり得るという理由らしい。レヴァルの街にその存在は三つ。他の地域にも存在するが、それに関しては時期を見てからという結論に至っている。
「人を...ましてや同族を仕留めるのは切ないものじゃな...」
「ダンジョンという"魔物"と魔玉が見せる悪夢のようなものだ...悉く倒せばそれが供養になる。慣れることだ......」
地上の狩猟とは打って変わり、ここでは大戦争の犠牲者達が魔玉を核にして実体化する。パドゥムユなどで遭遇する魔獣も多いが、何ともやり切れない気持ちのマリアにジオンはそれを察しながら声をかけた。
「慣れないってのは同じだねぇ。だけど...殺るしかないんだろうねぇ、ここでは...」
ジオンと変わらない数の魔物を仕留めたカロリーナ・フロールヴも呟いた。ジオンと飲んだ翌日、他の五大コマンダに先駆けて解散を宣言したこの女傑はもう一人の仲間を連れてカムイ・コマンダに入団した。なお三日前には本拠の港湾街で解団式が催されたが、そのメインイベントで念願のジオンとの対戦を叶えた彼女は完膚無きまでに叩きのめされた。マリアによって治療を受けて全快したこともあり、嘗て何らかのわだかまりがあった二人の距離は縮まったようだ。
「御屋形、姐さん...そろそろ積載量が...」
「そうか...もう僅かだが...引き上げ時だな」
「しかし戦利品が多いねぇ。こりゃまさしく"狩り場"だねぇ」
ジオンを御屋形と呼んだ男は二メートル近い筋骨隆々の体躯を誇るノルド人だ。各部位を他の団員達と同様に銀色の防具で固め、巨大な背負子を背負ってコマンダの物資と戦利品を一手に引き受けていた。目を惹くのは通常よりも大きめの手甲だ。隊列の最後尾に位置する彼はその装備と恵まれた体格を駆使して魔物からの攻撃を受け流していた。ルドヴィ・クラウセン...狩猟者としては全く無名のこの男は旧フロールヴ・コマンダの団員だ。ジオンと話し合ったカロリーナは、ダンジョン攻略の為の援護役...ピエガーデとして彼に白羽の矢を立てた。愛称はルド。以前は"プロレス"なる格闘興行で活躍した変わり種と聞く。
「ルドがいれば後ろの守りは安心じゃの」
「戦利品も大量に持ち帰れるしねぇ。それに引き換え......」
美女二人の冷ややかな視線はルドヴィの影に隠れて、所謂ガクブル状態のひ弱そうな青年に向けられる。
「や、やっと帰れるんですか...あっああァァ!!! マ、マリア姉さん、そんな目で睨むのは...でもご褒美です.......」
不似合いな鎖帷子を身に纏い、例の濃緑の薙刀を握り締めて身震いしている青年にマリアとカロリーナは溜め息をついた。
「ええい、おどおどしおって! 死地に臨む覚悟を決めい、ヨーレンス!」
「ぐ、ぐはァ!!!」
マリアに喝を喰らった青年はヨーレンス・ヴァインライヒ。カムイ・コマンダの近代魔法を担当する装術師である。奇妙な近代魔法を次々に変換する事に関しては当代屈指であるが、単体でそれが役に立ったことは皆無だ。有無を言わさないジオンによる依頼を受け続けてきた彼は、今回もなし崩し的に商会を解体させられて強制入団する羽目になった。同業者達の間でも"ヲタ野郎"と呼ばれるこのエストラント人は、言うまでもなく戦闘では役に立たない。
「こいつがねぇ...でもいないとこれからの攻略がさぁ」
「ああ、無理だな...」
まだやれやれという感じのカロリーナにジオンも応える。だがダンジョンの術式を解くこと、即ち古代魔法の収集やダンジョンの機能停止を行えるのは装術師のみだ。事実ヴァインライヒはシュウェスタから託された道具の効果でこの小さなダンジョンの術式を既に幾つか解読している。攻略二日目にして機能停止の手前まで至っているのはこの成果も小さくなく、戦闘での役不足はさて置き、全員が認める事実だった。
「隊列を組み直すとしようか...撤収だ...」
ジオンは自分とマリアを最前列に置き、その後ろにルドとヨーレンス、最後列にカロリーナという隊列を組んだ。
「魔物召還が途切れる時間帯です...後方からの襲撃を防止出来れば帰路は安全です...ううう...」
術式を解読し、魔物の出現時間帯まで把握したヨーレンスは、まだまだ頼り無いがそれなりに役割は果たしていた。
設置された昇降機を使って上昇すると程なく屋内の居間に到達する。帰路における数度の襲撃を難なく退けた一行は無事に撤収を果たしていた。早朝からダンジョンに潜り、既に時刻は昼に近い。ルドとヨーレンスは戦利品の確認と整理を行い、マリアは各自の回復を行っていた。
「それで...この後はどうするのじゃ?」
「まず全員でシュウェスタの所だ...戦利品の引き取りもあるが、ルドの背負子の軽量化の目処が立っている筈だ」
「良い時間帯だねぇ。それが終わったらメシにしようよぉ」
「カ、カロリーナ姐さんに罵られながら昼食を...ぐ、ぐふぅ!」
「やれやれ...罵りより鉄拳が飛ぶぜ?」
無事に戻れた安堵感からか軽口の応酬が続く。ともあれ新生カムイ・コマンダの滑り出しは上々のようだ。そんな団員達を内心では微笑ましく思いつつも、ジオンは相変わらずの無表情で告げる。
「シュウェスタから素晴らしい贈り物が実はある...これは全員で受け取るべきだろう。メシはそれからでも遅くはない...」
「そう言われると期待するねぇ。よし、とっとと向かうよぉ」
古民家から出ると日差しが眩しかった。暦はもう6月になっている。先頃まで降雪すらあったこの地域も漸く短い夏を迎えてゆく、そんな季節の移り変わりが進む最中、カムイ・コマンダは新たな歩みを始めたのである。