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エストラント・リーガ  作者: ヴォルフガング・ケトラー
第二節
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【10】シュウェスタの告白

 翌日、ジオンは具足箱を背負って旧街区(オールドタウン)へ向かった。マリアはオブライエン一家の所へ約束があったので、ある意味これは幸いとシュウェスタとの約束を取り付けたのである。今日も道行く人々から声をかけられて恥ずかしい限りではあるが、彼にしては適切な受け答えをしながら目的地にたどり着いていた。

「これは...ええわかったわ。私なら良い強化が出来ると思うわ」

「それと先に聞いておきたいが...」

「フフ、私が誘った訳と...何故和の国(ヤパーナ)の技術を使えるのか...まずはそこでしょう?」

「...その通りだ」

美しい相貌を微かに微笑ませ、彼女は髪をかき上げた。

「論より証拠ね...」


突然カウンターの上には仄かな緑色の円陣が浮かび上がった。そして彼女は傍らから金属の角材を取り出してその中に置く。そして白い品のある指先がある種の印を結ぶと、円陣は激しく発光する。そして光が収束した直後、カウンターに乗っている物はジオンの愛用と寸分違わない小太刀の刃だった。

近代魔法(スペーヤ)...いや古代の魔法か?」

「意外と驚かないのね...これは"錬金術"っていうやつ。魔法戦争以前の魔法の一種よ。私は触れた物に関して材料さえあれば、それを元に同じ物を構築できるってわけ」

「成る程、論より証拠だな...」

内心驚愕したものの、ジオンは無表情を纏い続ける。

「寸法や色彩の変更もお手のものよ。むしろ表向きは...」

「......古代魔法は潰えたと聞く。それを使えるという事実とあんたが常に近代魔法(スペーヤ)のような力を行使していること...」

彼女の言葉を遮ったジオンは確信したように言う。

「.......ハイエルフか?」


その言葉を聞いたシュウェスタは微かに微笑むと、小声で品のある韻律を口ずさんだ。先程と同様の発光が今度は彼女自身を包む。光が収束した後、濃い緑色の髪と同様の瞳をした本当の彼女がジオンの目の前に現れた。

「本当に...期待以上だわ。あれ以来同族ですら気がつかなかったのに...」

本来の姿を見せた彼女はジオンの洞察を素直に褒めた。そしてその微笑みは微かなものから満足と期待に溢れるものに変わった。

「偉大な王の東行から...ということか?」

担当官(ミーナ)から受けた講義内容を思い出しながら問う。だが彼女から返ってきた答えは意外だった。

「あれは...王じゃない。闇に心が囚われてしまった只のエルフよ......」


これ以降のシュウェスタの告白は驚天動地の一言だった。クロイツヴァルトはハイエルフではなく、何らかのきっかけで種族でも頂点に立つ力を得たこと。そしてこの地に来た理由は失われた魔法の復活と独占であり、そこから先の極西地域制覇を狙った本拠地を作るのが目的であったこと等である。シュウェスタはまだ少女といえる年にこの地に潜入した。エルフ王の命令による監視役だったらしい。彼女を含む三名のハイエルフは、どういう理由か分からないが生まれた時から魔法を使えたのでその任務を授けられたという。


「ただ...悪政でなかったのは事実よ。でもあの男は私達の目が届かないところで恐ろしいことを実行していた...不覚にも気づけたのは奴らがこの世から消えてから......」

表情が険しくなった彼女は続ける。

「奴らが行ったのはパドゥムユではなく魔界よ...」

「魔界...!?」

「ここレヴァルには魔界に繋がるというダンジョンがあるの...そう、この旧街区(オールドタウン)の頂点の城跡に...」

「クロイツヴァルト達はダンジョンに潜ったまま...ということか?」

「ここのダンジョンは古代人や魔族などが代わる代わる構築したものなの。そして魔法戦争の最中...ある賢者達がこの世の全ての魔法術式を封じた...解放すれば誰もが魔法を行使できるように」

「それを狙ってクロイツヴァルトは......」

「ええ、数万人の同族を送り込んだ...そこに潜む魔族達の生贄としてね......」


最後に自ら魔族と取引をしようと地下へ潜ったクロイツヴァルトはそのまま帰って来なかったという。たった一人戻って来た騎士の話でこれら全てが明らかになった。この事態を重く見たエルフ王はダンジョンの入口を封印し、クロイツヴァルト派を一掃した。今日伝えられている歴史は史実とかなり異なるが、民衆には慕われていた彼への配慮からそういうことにされたということである。

「そして...俺にこういう話をした理由は?」

「例のダンジョン...来年の年明けにはその存在が明らかにされるの。新法以降の狩猟者(メドニエクス)達の新たな"狩り場"としてね。政府(ワルディーバ)は魔玉や古代製法の武具などの収集の場としてしか考えていないけど...」

シュウェスタは哀願する目でジオンを見つめた。

「私の...いえ、エルフ王からの依頼よ。ダンジョンを攻略して仕留めてほしい...あれはこの世にあってはいけない"魔物"だから......」


ここに至ってジオンは確信した。そして彼女が気の遠くなるような年月を重ねながら、依頼できる人物とその機会を待っていた心情を思った。むしろ自分を遂行者に選んでくれたことに、無表情ながら彼は内心熱くなった。

「理由はわかった...引き受けよう。いつまでかかるのかやぶさかではないが...せめて犠牲になった貴女の同族の供養くらいはさせてもらおうか......」

少しは言葉を選び、多少丁寧にジオンが依頼を引き受けると、彼女は安堵の表情を浮かべた。再び光が彼女を纏って元の熟女エルフに戻ると、

「ではこれから渡すべき物についてと...それからここのダンジョンについての情報及び助言をしておくわ。あっ、武具の件もあったわね」

重要な話をした後とは思えないほど闊達になったのであった。


ジオンがシュウェスタの工房(ファブリカ)を出たのは夕方近くになってからだ。武具の発注を済ませた後もダンジョンに関する様々な情報を彼女から貰い、長い時間をかけてじっくりと意見交換をした。

(思った以上に...一筋縄ではいかないようだ......)

彼が頭を悩ませているのは探索に関わる人数の不足である。当初の予定ではマリアとキャミィを含めた三人であったが、周辺の小さいダンジョンはともかく、依頼のダンジョンに関してはそうもいかないことがシュウェスタからの情報で明確になった。まずはコマンダの人数を強化しなければならない。だが自分にしてもマリアにしても人付き合いに問題があるのは事実だ。そう考えるとジオンはどんよりとした気分になった。


「あれ? あんたは......」

旧街区(オールドタウン)中腹の通りで、ジオンは声をかけられた。

「あんたとは一勝負したいけど、生憎休日でねぇ。飲みの勝負なら今からでもいいけどさぁ」

意外にもこの日は女性らしい恰好をしている女傑...カロリーナ・フロールヴはニヤリと笑った。思えば同じくレヴァルを本拠地にする間柄だ。最も新興のカムイ・コマンダと違ってフロールヴ・コマンダはトップクラスと雲泥の差はあるのだが。

「勝負をする気分ではないが...飲むだけなら付き合うぞ...」

ジオンの精一杯の愛想にフロールヴはますます相好を崩した。

「いいねぇ。飛竜を仕留めた男とサシで飲めるなんて一族の誉さぁ」

この夜、ジオンが帰宅したのは明け方になってからだったという。

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