【9】レヴァルの喧騒
カムイ・コマンダが氷竜討伐を成し遂げた翌日、当然のようにレヴァルの街は大騒ぎになった。最強と言われるホーヴェルソン・コマンダが国境のヴィル=イェーヴェを本拠に目覚ましい功績をあげている昨今、この国の首都であるレヴァルを本拠にしているコマンダの活躍はフロールヴ・コマンダを除けばほぼ皆無だ。小さな国ではあるのだが、意外に自分達の住んでいる街や村への思い入れや贔屓感情は高いらしい。首都でもあり外国人も多いが、誰もがたった二人の無名コマンダの歴史的快挙に興奮した。
『狩猟者新時代の幕開けか? 無名コマンダの快挙!』
『五大コマンダ包囲陣突破を許す』
『氷竜を昏睡させたのは何と12歳の少女!? キャミィ・ウッドゲイトとは何者だ?』
『政府厳戒態勢解除 カムイ・コマンダは叙勲の方向』
「何やら...凄いことになっておるの」
一夜明けてジオンの私室に訪れたマリアはここに来るまでに大喝采を浴びたらしい。ヴァレリーなどは感涙を流して店を臨時休業にした程だ。机の上には彼や従業員達が買い集めてきた二人の偉業を伝える情報紙が大量にある。
『ゲイル・オブライエンは語る。キャミィのカムイ移籍は秒読み段階!?』
彼女は良く知る人物の名前を目に留めて情報紙を手に取った。
「ゲイルめ...昨日の今日でいつの間に...?」
「まあ、いい...それよりもダンジョンの件を詰めるとしよう。キャミィがこっちに来るまでに一度は探索をしなければな」
二人はこれまで集めたダンジョンの情報を整理し、来るべき探索について意見を交わした。
「何と? そういう理由で装備を変えるんじゃな...」
「ああ...特に新法後はそうなるだろうな。備えるに越したことはない」
「では今日は装備の発注に行くとしよう。御主も付き合え」
「いいだろう。旧街区か?」
マリアには贔屓にしている工房があることは聞いていた。それにゆっくりとあの地区を散策したこともない。聞けばその工房は頂上付近にあるという。そういえば絶景とも聞く旧街区頂上からの景色を眺めることもなかった。ジオンは束の間の一時を彼なりに楽しもうと決めた。
「確かに...凄いことだな......」
頂上からの眺めは絶景だ。天気も良く海の上に浮かぶ島まではっきりと見える。
「ん? それはこの眺めのことか? それとも...?」
「両方だ......」
目立つことを嫌うジオンは、偉業を成し遂げた自分達への歓声と喝采に些か戸惑った。マリアの話は聞いていたものの、実際これほどとは思っていなかった。むしろどさくさに紛れてマリアが腕を組んできていたので、野次馬達の勘違いが心配だ。もし翌日の情報紙にそんな話題が載るようなら和の国では切腹ものの羞恥だ。
(両方もそうだがお前もな......)
相方のふてぶてしさに彼は内心溜め息をつく。
「それで...どこの工房だ?」
「おお、そうじゃ。こっちじゃ!」
頂上の有名な建造物がある区画を抜けると、この地区特有の細く入り組んだ路地が姿を現す。マリアはその路地の裏側に入り込むと、やがて小さな石造りの建物の前に立った。年代物の木の扉があるが、看板も工房を示す徽章も無い。言われなければ分からない、知る人ぞ知るようなそんな場所であった。
「ここじゃ。装術師ではないが良い腕じゃ。既製品や古い装備品の改良や再生は見事での」
聞けばマリア愛用の薙刀はここでの特注品らしい。
「同族じゃ。我やリズよりは遥かに年上で...御主はまさか熟女好きではあるまいな?」
「腕が良いなら男も女も関係ないだろう。それよりもここでは整備もしてくれるのか?」
いつものマリアをジオンはいなし、質問を質問で返す。
「うむ、お陰で切れ味は保っておるぞ」
(はて...あれは和の国の職人と同じ技術で...エルフ族があの技術を持つとは辻褄が合わないが)
マリアの薙刀はどう見ても和の国からの輸入品にしか見えない。整備はともかくあの刃紋は極西の技術では作り出せない筈だし、エルフ族が和の国へ入国したことは未だ嘗て無い。
(これも、ある意味未知との遭遇か...)
「どうした? 嬉しそうな顔をして...我を差し置いて熟女に夢中になるというのならこちらにも考えが...」
「...熟女からは離れてくれないか?」
訝しげな表情でしつこく繰り返す彼女にジオンは無表情になった。
工房内は建物の外観同様こぢんまりとした造りであった。武器や防具が整然と並べられており、種類ごとに分別されている。
(これは...昔の具足だな...だが何故ここに...?)
並べられている防具の中で彼は母国の具足一式に目を留めた。そこにある具足は主に馬上用であり、現在では装備する者も少ない。何せ400年程前の馬上戦全盛期の物で現在の集団戦にはそぐわずに廃れた系統だ。美術品もしくは先祖伝来の品として保管されているならまだしも、こんな所まで輸出される可能性はどう考えても低い。
『あ、姐さん。ご機嫌いかが? 特注品を御願いしたいの...武器防具一式なんだけど』
マリアは奥の小さなカウンターに座る女性にエルフ語で話しかけている。
『御主か...噂は聞いたぞ。次も飛竜でも仕留めに.......ん?』
マリアに応えた妙齢のエルフ女はカウンターに近づいて来たジオンの姿を目に留める。
「初めまして...熱心に御覧のようだけど...何か気になる物でもあったかしら?」
次の瞬間に発せられた共通語は何となくリズ・ノーヴァに似ている語調だ。同族だと同じ様な発音になるのだろうかと、一瞬ジオンは思った。
「紹介するぞ。こちらがここの主の...」
「マリア・フォン・ヴァルデック=ピルモントよ。そこの娘と同じ名前なの。よろしくね、和の国のお人」
「という訳じゃ。今後こちらは"シュウェスタ"と呼ぶのじゃ」
シュウェスタはマリアが言うところのエルフ語で"姉"を意味するとのことだ。見た目はエルフ族ゆえ人間で言えば若々しい容姿だが、あのマリアを窘める様子といい、落ち着いた口調と物腰がジオンが今までに出会ったエルフ達の誰よりも洗練されていた。
「なかなかの年代物が揃っている様だが...」
「あなたのお国の物もね...刀も作れるのよ、私...ユキヒラとか」
シュウェスタは和の国でも有名な刀の銘柄を次々と挙げてゆく。それらを本当に作れるのかどうかはともかく、ジオンはこの不思議な存在の女性が秘める未知の部分に興味を持った。
「今日はこいつの付き添いだけと思ったが...そう言われれば頼みたくなるな」
「ダンジョンに行くんでしょう? この娘の注文もそれ目的みたいだし」
「刀もそうだが具足と小太刀の整備も御願いしたい。明日にでもまた伺って宜しいだろうか?」
ジオンは彼女の了承を得ると共に、内心は鋭い洞察に感心している。だがここに入った時からある種の違和感が拭えずにいる。これは忍びとしての一種の勘だ。そしてその違和感を払拭するには良い機会が巡ってきた。
(だが...これも向こうの手の内だな...)
何気ない会話の中にジオンはシュウェスタからの誘いを感じ取っていた。