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エストラント・リーガ  作者: ヴォルフガング・ケトラー
第二節
14/67

【7】季節外れの氷竜(3)

 跳躍したジオンは氷竜の首の根元付近に着地すると、間髪を入れずに翼の付け根へ向けて薙刀を振るった。

(これで暫くは飛べない...)

一時的に氷竜の飛行能力を制限したことを確信したジオンは、次の目標へ向けて加速した。狙いは尾だ。その打撃力もさることながら意外な広範囲に攻撃が及ぶ、ある意味厄介な部位だった。

(むっ...!?)

しかし氷竜は流石に強者だ。強靭な後肢で加速し、背中に乗ったジオンを振り落とす。ついでの尾の一撃は何とか凌いだが、その巨体は一直線に丘の上のマリアへ向かっていた。


「こっちに来るぜぇ! ウオオオオ!!!!」

ゲイルの素っ頓狂な叫びを耳にしながら、マリアは冷徹に薙刀から波動を飛ばす。避けられたものもあったが、命中した波動は確実にスタミナを削いだ筈だった。

(まだ...削りきれない...!?)

自分とジオンの攻撃を受けてもなお速度を落とさない飛竜種のスタミナに今更ながらマリアは驚いた。だがこの戦闘における彼女は冷静だった。氷竜が30メートルを切るところまで迫った時点で、左手を上げると仕込んでいた近代魔法(スペーヤ)を次々と発動させる。"(ズィーメ)"は次々と"障壁(バルイェラ)"を出現させ、氷竜の脚を鈍らせ、最後は特大の障壁が真っ正面からその突進を止めた。

「またまた"ぽよん"キタ~!」

「お嬢の魔法力上がってねぇ?」

酒宴をしながら見物を楽しむオブライエン一家の姿は、その場に相応しくないシュールな光景であるのだが、流石に見るところは見ている。意識の飛躍に伴ってマリアの力が上昇しているのは事実だ。例の波動の飛距離も著しく延びていた。



五大コマンダの団長達が陣地へたどり着いたのは丁度この時だった。

「うわっ! 何これぇ?」

「あれは...あの"残念エルフ"...」

「解体師どもは...ん!?」

セルゲイ・ボディアノヴァは場違いに酒宴をしている解体師達の姿に絶句した。

「これは...どういうことですか?」

状況を飲み込めない一同を代表してカスパルス・ホーヴェルソンが問う。

「これはこれは...名のある旦那方でねぇですか。見ての通りでさぁ。あっしらは氷竜討伐の見物してるだけだぁ」

ニヤリと笑ったゲイルは、傍らに命じて三本足の鴉の徽章の旗を掲げさせた。

「ガハハハ! 面白いヤツらじゃのぅ。どれ、儂も相伴しようか。ああ? 野暮は言うな、カスパルス! 儂らは先を越されたんじゃからのぅ」

何かを言いかけたホーヴェルソンを制し、ジノヴィ・ヴァーリンは酒宴に混じると共に狩猟者(メドニエクス)の仁義をさり気なく説いた。ヴァーリン以外の者達は不満げではあったが、マリアの後方から戦況を見つめ始めた。


マリアは額の汗を拭い、回復薬を飲みながら時を待っていた。自分の背後に新たな珍客が来ているようだが今やそんなことは気にしていない。

(来たっ...!)

氷竜の背後に迫るジオンの気配を感じると、彼女は大胆にも氷竜すら止めていた障壁を解除する。ホーヴェルソン達の驚愕を尻目に、今度は近距離から波動を連発する。流石に怯んだ氷竜の動きが鈍る。そして同時にその背後からも同じ波動が起こり、氷竜は唸り声を上げて身悶えした。

(ここまで...弱っているとはいえここまで短時間で追い詰めるとは...あの武器は一体...?)

ホーヴェルソンは驚愕と共に理解が追い付かなかった。酒宴をしている小人族(プンドゥリス)達もそうだが、ここまでの一連の流れは常軌を逸している。そして漆黒の武装をした一人の男が氷竜の前に立ちはだかるに至って、彼の驚愕は頂点に達した。


「ウオオオオ!!!! 遂にキタぜぇ!!!!」

「修羅の旦那と飛竜のタイマンだぁ!」

解体師達の興奮をよそに、各コマンダの長達は固まった。少なくとも自分達にこのような真似は出来ない。誰もがそう思った。

「おいおい...マジかよ...」

「熱いねぇ。やっぱりアイツ...いかれてるなぁ」

信じられないといったボディアノヴァの呟きにカロリーナ・フロールヴはそれを確信していたかのような感想を洩らす。

「いいねぇ。やっぱ勧誘(スカウト)してこっちのもんにしとくんだったなぁ...」

振り返ってじろりと一瞥するマリアの視線を受け止め、フロールヴは首を竦めた。だがマリアは直ぐに視線を前に戻すと、今度は丘上に障壁を発動させる。守備だけでなく隙間から攻撃も可能な構成だった。そしてそれと同時にジオンと氷竜の接近戦が開始されたのである。


先手を打った氷竜はその巨体を回転させ、尾で薙払いを繰り出した。ジオンはそれを避けると薙刀を振るい、尾の付け根と片翼に波動を命中させた。それでも怯まなかった氷竜は回転した勢いそのままに噛みつきを試みるが、次には丘上からのマリアの放った波動に再び頭部を撃たれた。今度は怯んだ氷竜の脚にジオンの薙刀の直接攻撃が凄まじい打撃音を伴って叩き込まれる。

「容赦ねぇなぁ...」

「でも怯ませてますね。効果覿面ではないでしょうか?」

「俺の思ってたタイマンと違~う!」

「バカ! 相手はアレだぜぇ。卑怯もクソもねぇわ」

ボディアノヴァを始め解体師までもが一連の攻撃にそれぞれの思いを口にする。

(スタミナを削る武器...確かに効果的...でもここからの止めは? 現に.......)

ここまで無言であったツィスカ・ハイドゥは心中で思う。獲物を疲弊させることに執念を燃やす彼女は的確な観察眼の持ち主だ。現に氷竜は自らのスタミナを使っているのか、その身体に徐々に氷を纏い始め、守備力をさり気なく漸増させている。だが彼女の危惧は次のジオンの行動で良い意味で裏切られた。


(氷...か)

一番間近で氷竜と対峙するジオンは前回のキャミィの観察を元にその対策を立てていた。

(それでスタミナを使うなら...こっちは剥がすのみ、だ...)

薙刀を小脇に抱え、片手と両足に"鎌鼬"を発動させた彼は、更に距離を詰めて密着し、手刀と蹴りでその氷を剥がし始めた。連撃と回避を繰り返し、効率的に氷の鱗を剥がしていくジオンの行動頻度に、改めて珍客一同は無言になった。

(氷だけじゃない...普通の鱗も剥がしに...)

ハイドゥはジオンの狙いを心臓であると考えている。現に彼の狙いは胸部に集中している。とはいえ的は巨大だ。その身体の大きさを活かすかのように氷竜は全身のあらゆる部位で彼の攻撃を受け流し、あちこちの鱗を少々剥がされはしたものの、何とか胸部の甲殻は死守していた。

「まずいですね。見た目は優勢ですが...時間をかければ息吹(ブレス)が来る。この至近距離では厳しいでしょう」

自分達も息吹(ブレス)で包囲を突破されている。ホーヴェルソンの言葉は正しくその通りなのだが、ハイドゥの意見は違った。


「違う...至近距離だから...」

彼女の言葉が終わらないうちに、氷竜が吼えた。

「いかん! 来るぞぉ! 退避じゃあああ!!!」

宴席を立ったヴァーリンの怒号が響く。退避行動を起こす五大コマンダの長達であったが、丘上のマリアも氷竜に対するジオンも、酒宴をしている解体師達にすら動く気配は無い。

「御主らぁ! 死ぬぞぉ!」

「クルーゼンシュテルン! 下がれぇ!」

ヴァーリンとフロールヴのその声に、何とゲイルとマリアは笑った。

「旦那ぁ、御自分で言われたでねぇですかぁ。そりゃあ野暮ってもんでさぁ」

「女傑の名が廃るぞ、フロールヴ?」

不意に爆発音のような音が響き、そこには息苦しそうに喘ぐ氷竜の姿があった。

「良く目を凝らすんじゃな。全て我らの手の内じゃ」

そう言ったマリアは、氷竜に向けて容赦ない追撃を放つ。陣内はゲイル達の悪ノリした大歓声が響くだけであった。

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