【6】季節外れの氷竜(2)
五大コマンダの団長達による作戦会議は続いていた。結果的に明朝には氷竜を追い立てる為の作戦行動を実行するということで一応の結論は出ているのだが、各々が燻っているようなわだかまりを抱えている表情だ。事実ここまで協同して事に当たってはいるものの、友好的であるホーヴェルソン・コマンダとコズロフ・コマンダを除けば、その思想や目的、構成する人種の構成までもが全く違う。共通していることはたった一つで、彼らは強力な個の力というよりも集団の力で現在の地位を築いてきたということだろう。流石に各団長達やその側近は名を馳せている者が殆どだが、むしろ強烈な戦闘力を有する個人は大きなコマンダに属すことを好まない傾向がこの頃にはあった。事実今回も国境や生活圏を守る為に召集された狩猟者達の中にはそういった者達がいる。
作戦会議の内容は、大コマンダ同士の話し合いらしく今後の展開についてになっていた。新法施行後、彼らは国防軍となって軍人となるか、今までより制限のある狩猟者として生きるかという選択を迫られる。既に討伐に関しては最終局面を迎えていることもあり、各陣営でも専ら話題の中心はこの件であった。
「あたしらは戦いが全てよ。海に戻るのもいるだろうけどねぇ」
女傑と名高いカロリーナ・フロールヴは屈託なく述べる。エストラントから更に北方の民族であるノルド人中心のこのコマンダは海運業と屈指の戦闘力でここまでのし上がってきた。本拠はジオン達と同じく首都のレヴァル。ヴァレリーが店を構える港湾街は彼女の縄張りだ。
「少人数で気の向くままに狩猟でもしてた方が楽だよねぇ。ほら、最近何とかいう二人組が頑張ってるようだしさ」
「ああ、それってあの和人ですよね? 彼にはちょっと興味あるんですよ」
最大コマンダを統べるカスパルス・ホーヴェルソンの言葉に他の全員が注目した。ただカロリーナだけはそのカスパルスの言葉を聞き、意味深な笑みを浮かべた。
「やめときなよ、旦那ぁ。あたしも遠目から一度見たけど...ありゃあ飼い慣らせる男じゃあないよ」
カスパルスだけはその言葉の意味を敏感に感じ取ったようだ。
「ですが......」
カスパルスのカロリーナへの返答は突如起こった凄まじい咆哮に掻き消された。咆哮を発した氷竜は包囲陣へ氷の息吹を吐くと、その隙に国境を飛び越えて生活圏の方へ飛んで行った。
「くそっ!!!」
「カイト、ソーニャ! 被害は!?」
「幸いにも直撃は逸れました。軽傷者が出ています」
「分かりました。皆さん、追いましょう」
被害と安否を確認したホーヴェルソンの言葉はその場の全員を驚愕させた。
「カスパルス、どういうことじゃ?」
「魔素が無い所なら飛竜の能力は落ちます。討ち時です」
「そうこなくっちゃねぇ。お先にぃ!」
楽しそうにストラウスに乗って駆け出すカロリーナにぶつぶつ言うツィスカが続く。
「カイト、後は任せますよ!」
命令を下し、セルゲイと共に駆け出したカスパルスの背中を見ながら、巨体のジノヴィがのっそりと動き出した。
「ほう、五大コマンダの団長だけでの討伐か...長生きはするもんじゃのぉ」
マリアは既に寝入っていた。眠りに落ちるまでジオンから聞いた彼の過去の話がとても悲しかった。あんな真似をしてまで聞き出すことではなかったと彼女は後悔している。眠りに落ちた彼女の頬には涙が流れていた。
(そう...だから、"カムイ"なんだ......)
深い眠りの中で夢を見ているような状況でマリアは思う。ジオン自身は二つ名とは言うものの、彼女にとってはその悲しい出来事に対する彼なりの贖罪が込められていることを感じ取ったからだ。既に深更である。やがて眠りも浅くなってきた彼女は、何とも言えない気配に起き上がった。
「気付いたか...?」
「ああ、虫の声が止みおったの」
ジオンに気付かれないように涙を拭ったマリアは自分の獲物を握りしめて答えた。
「近い...だろうな」
「ふむ、遠くから喧噪も聞こえるようじゃ。他の部隊じゃろうが...」
生活圏防衛の為に腕の良い狩猟者達と解体師チームがあちこちに配置されている。事実彼らは自分達の頭上を通る氷竜の羽音に驚愕したが、ただ通り過ぎるのを見つめるしかなかった。そしてその一行の中に、ゲイル・オブライエンとその一家の姿もあった。
「親方ぁ、編成は完了ですぜ」
「おう、こっちも上手くいったぜぇ」
内緒にはしているものの、前回の狩猟で氷竜を目撃している彼らは、飛竜の行き先に見当がついていた。部隊の喧噪を他所にゲイルは手練れを編成すると同時に、部隊長へ偵察を提案し了承を得ている。
「よし。きっと修羅の旦那があっこで待ち構えてるはずだぜぇ。準備はいいか?」
「おう、エールの樽もつまみもバッチリ積み込んだぜぇ」
この状況で彼らはカムイ・コマンダが氷竜の討伐に赴いていることを信じて疑わない。そして何とその戦闘を酒宴をしながら見物する気満々なのだから、呆れてものが言えないとは正にこのことであろう。こうして10名ほどの小人族の一団は嬉々として円い平原に出向いて行った。
ゲイル達が出立して1時間後、五大コマンダの長達はこの部隊と遭遇した。
「解体師が偵察に?」
「ええ、この先の森外れに平原があるとか」
ツィスカ・ハイドゥの問いに部隊長が答える。
「その解体師チームの誰かを呼んでくれないか?」
セルゲイ・ヴォディアノヴァはオブライエン一家の団員を呼ぶと、その平原の場所を聞き出し、再び5人は疾風の様に走り出した。
「地形も聞き出したし...後は戦るだけだねぇ」
不敵に笑うカロリーナ・フロールヴに、
「ええ、ここで仕留めますよ。我々で...そして理想的な状況です」
カスパルス・ホーヴェルソンは我が事成れりといった表情だ。
「それにしても...偵察の連中と出くわさんのぉ?」
そろそろ目的地は近い。飛んでいる飛竜の姿は見えないし、着地点を確認したら報告に戻る者がいてもというジノヴィ・ヴァーリンの疑問は次の瞬間にどうでも良くなった。夜天に立ち上った青い光が森に向かって急降下し、遠目にも青い光が平原を照らしているのを目にしたからだ。そして同時に氷竜の咆哮がここまで聞こえてきた。
「馬鹿な...解体師が!?」
「とにかく急ぐよぉ! とりあえず丘を登るよ!」
「もう...作戦が...台無しなんだから......」
丘の麓まで迫ってきていた5人は、当初の計画を捨てて丘の頂上へ向かって速度を速めた。
その少し前。降り立った氷竜を見つめるジオンとマリアは背後からの気配に身構えた。
「やっぱり旦那ぁ! 俺らの予想通りでねぇですかぁ!」
声を抑えつつもゲイルを筆頭にキャミィを含むオブライエン一家の精鋭が陣内に入ってきていた。
「これ、遊びではないぞ」
嬉々として酒宴の準備を始めている彼らを流石にマリアは見咎めた。
「なに、お嬢ぉ、こんなことは滅多にあるもんでねぇ。命をかけて見物させて頂きまさぁ。なぁに、今回はぶっ潰れはしませんぜぇ」
その言い分にジオンもマリアも笑った。
「好きにしろ...キャミィは借りるぞ?」
キャミィはジオンから耳打ちされると、颯爽と陣内から消えた。
「さて...今回の珍客はこいつらだったが......」
「ふむ、相手は巨大鶏ではないがの」
「では、戦るか......」
丘の端に出たジオンは空に向かって"飛苦無"を無数に放った。氷竜が思わず見上げるほど夜天に映える青い光は、急降下して森の樹木の一部を燃やした。平原の円い形に沿うように、大きな青い即席の松明が複数出現した。
「火力を抑えたようじゃの。良く見えるわ」
こちらを見た氷竜が凄まじい咆哮を発するが、それをものともしないでマリアは薙刀を振るう。淡い緑色の波動が今回はコマンダの徽章である三本足の鴉を形どっていた。
「うっひょおおおお!!!!!」
場違いに酒宴を始めたゲイル達が大歓声を上げる中、緑の波動は氷竜の頭部を直撃していた。飛苦無を放つと同時に疾走したジオンはその直撃の瞬間、氷竜から5メートルの位置に接近している。そして彼は跳躍する。カムイ・コマンダと季節外れの氷竜の戦いはこうして幕を開けた。