勇者の約束
予想以上に長くなってしまった・・・・・・
空を見上げる。天頂に月があるのはいつものこと。空を見上げたのは天体の様子を知るためだ。今ライから月が昇り、レイへ向かって太陽が沈むところ。日付が変わり、陽行の日となったばかり。上った月の色は赤。夏だ。
「魔王討伐以前には信じられないぐらい平和になったなぁ・・・・・・。いや、この辺りはもともと結構平和だったけど、ここに来るまでにも魔物には襲われなかったし」
魔王討伐以前なら大陸を歩けば1日の間に3回以上は魔物に襲われた。大陸を横断中の人間、アポリトが生まれた頃から魔王はすでにいたため、アポリトにとってそれは普通のことであったが、王族として生まれ育った街から出るまでは魔物に遭遇したことすらなかった。初めて魔物と戦ったときは、普段街で見かける獣とは全く違った威圧感があった。その威圧感は対峙するだけで身がすくみ、一歩も動けなくなるほどだった。それも魔物と戦えるようになったのは兄が体を張って助けてくれたからだ。
「そういえば兄貴はあいつと仲良くなれたのかな・・・・・・?」
魔王打倒の旅に自分が抜擢されたのは単純に王位継承権の順位が低かったからだ。そもそもどうして1550年以降まともに討伐隊が組まれた記録などないのにあのとき討伐隊が組まれたのかわからない。
「まぁ、兄貴を残しておれが討伐隊に組み込まれたのはわかるけどな」
意外だったのはマノワールも討伐隊に組み込まれたことだ。確かに王宮では若くしてその才能を認められるほどの精霊術の実力者ではあったが、彼女の親がそれを認めるとは思わなかった。なにしろ保守派でしられる彼女の父親は、手のつけられない親バカでも知られていたからだ。
今頃は少しは王宮で仲良くできているだろうか。出て行くときにちょっと派手に暴れたので、その事態の収拾に奔走していることは目に浮かぶが、それをきっかけにして親交を深めてほしいという弟の配慮をわかってくれればいいのだが。
それまで動かしていた足を止める。
小高い丘から見える先には、他の地域よりも木の密度が高くなっている森があるのがわかる。
あの森こそがアポリトが目指している森。そしてその中には木行の隠れ里、セウがある。住んでいる人の数は300人ほどの小規模な里で、魔王討伐の際に立ち寄った。アポリトはそこの酒場で働いているオアジスという女性に惚れ、魔王討伐に成功すれば改めてプロポーズに来ると約束したのだ。
アポリトはセウのある森から視線を引き剥がし、いままで歩いてきた道を振り返る。小高い丘のここは、目的地の森だけでなく、いままで歩いてきた場所も良く見える。
金行の故郷を出発してそろそろ一ヶ月。途中、火行のプロメテアで同属性間で争っていたが、ここにくる道をふさいでいたので力技で突破した。その際に使ったこの剣は、プロメテアの地下、その祭壇の守護者であるサイクロプスからもらったものだ。なんでもプロメテアの城主、レイナの使っているガーディナイトと共に作られた名剣らしい。
レイナとは魔王討伐のときに共闘した。レイナは城主としての役目があったのだが、魔王が健在な内は落ち着いて生活できないということで魔王討伐の旅に同行することになったのだ。ドラゴノイドである彼女の戦力は非常に心強かった。
「レイナもしっかり城主としてやってるんだな。兄貴にも見習ってほしいものだ」
魔王討伐の際には火行の土地のその暑さに帰りたくなったものだが、各種族の祭壇を廻らなければ魔王を討伐できないと言われた。その関係で火行の土地を避けて通るわけにも行かなかったのだ。
腰に挿してある剣を撫でる。撫でながらおもうのは感謝の念だ。
これまで長い間世話になり、その表面には数え切れないほどの傷がある。
「ありがとう・・・・・・。これでやっと・・・・・・か」
耳に蘇るのは、魔王の言葉だ。
魔王に直接止めを刺したのはアポリト。そして魔王の最後の表情を見たのはアポリトただ一人だ。あの感謝の言葉がどういう意味だったのか。それはいまになってもわからない。ただ、止めを刺された瞬間、穏やかな表情は、それまでの苦しみから解放されたようだった。
わからないのは、止めを刺されて穏やかな表情をするその心境だ。アポリトは生きることでしか楽しみは経験できないと思っているし、生きている以上誰かを苦しめることもあると思っている。少なくとも、止めを刺されて穏やかな表情をすることはできない。
「と、いうか。止めを刺されてあんな表情するなら討伐隊に素直にやられたらよかったんじゃないか?」
まぁ、魔王は200年以上生きていたのだ。その間に何か辛いことがあったのかもしれない。
そんなことはまだ数十年しか生きていないアポリトにはわからないが。
これまでのことを考えていると、ライの方角から風が吹いてきた。風はアポリトの髪を揺らし、セウの方に向かって吹く。
「・・・・・・。行くか」
風に促されるようにして、アポリトはセウの方へ歩き始めた。
魔王が討伐されてから、酒場の女の様子がおかしい。
それは、セウの里で日々囁かれることだった。あるときは奥様方の井戸端会議で。あるときは仕事場の休憩中に。あるときは仕事終わりの飲み会の席で。
なにしろ狭い里だ。話のネタには困っている。目に見えて様子の変わった同族など、格好の話のネタだ。表立って質問した勇気のあるものもいるが、その質問は笑って誤魔化されてしまっていた。
「いつから彼女の様子が変わったんだっけか・・・・・・」
セウの里の片隅。セウの里の境界となっている巨大な針葉樹の根元で、一体のケンタウロイが足を折りリラックスしていた。その視線の先にあるのは、まだ酒を飲み始めるには早い時間のため、酒場としてではなく、食堂として店を開けている場所だ。そこにいるのは彼の思い女、オアジスだ。
ケンタウロイの彼とは種族の違うヴィリィという種族だが、牡鹿の背に乗って森の中を走る姿に惚れてしまった。オアジスは髪の長い乙女の姿をしており、酒場で働いている彼女は常連客の人気者だ。
ケンタウロイのピシェーラは、記憶の糸をたどり、オアジスの変化の原因を探る。
しかし、どれだけ考えても
「原因は一つしか思い浮かばない」
思い浮かぶのは魔王討伐以降。それだけだ。魔王討伐の知らせが届いてから、オアジスはどこか落ち着きをなくした。魔王討伐の知らせに沸く里の中で、ただ一人、オアジスだけが遠くに視線を向けていたから印象に残っている。
あの時、オアジスが何を思ってあんな顔をしたのかはわからない。わからないからこそこんなに不安になるのだ。
ピシェーラは再びため息をついた。
ため息と同時にピシェーラの腹がなる。今日の仕事は終わり、あとは自分の時間だ。何をしてもいいのだが、何をしていてもオアジスのことが頭から離れない。これでは何をしても効率が悪いと思い、こうして木陰で休んでいるのだ。
「飯にするか・・・・・・」
立ち上がり、彼女のいる食堂に向かう。何を言っても上の空で、まともに取り合ってくれない今の彼女と顔をあわせるのは辛いのだが、彼女のいない食事ほどつまらないものもないのだ。
「セウの里も久しぶりだなぁ」
森に入る時間がすっかり遅くなってしまった。月はだいぶ傾き、太陽がもうそろそろ空に2つ昇ってしまう。木の葉によって日の光が遮られる中、森の中を一人で歩く人間の姿があった。勇者と呼ばれ、現代の人間ではもっとも名の知れた存在であるアポリトだ。
アポリトが森に足を踏み入れると、木々の陰からピクシーたちが飛び出してきた。全長が人の頭ほどしかないピクシーたちは、その手に持った小さな槍でアポリトを突き刺さんと方々から飛びかかってくる。
しかしアポリトも魔王討伐を成し遂げた勇者だ。その程度の攻撃で怯みはしない。ピクシーたちの攻撃を体捌きだけでかわすと、体を前に。そうすればピクシーの攻撃は当たらないし、一斉に攻撃してきたため、進むのを妨害していたピクシーももういない。
ピクシーを後ろに置くと、アポリトはセウの里目指して歩き始めた。
「あ、おい!!俺たちを無視するなよ!!」
ピクシー特有の、甲高い声で後ろから呼び止められたが、気にせず進む。
「待てったら!」
気にせず進む。
「さっきは悪かった!セウの里に悪さしようとするやつかと思ってとっさに攻撃しちまったんだよ!」
ピクシーの言葉に、アポリトは足を止めた。振り返り、ピクシーに顔を向ける。が、体はセウの里に向けたままだ。このとき、アポリトの頭上を一体のピクシーが先行したことにアポリトは気がつかなかった。
「で、どうしてそのピクシーがおれにたいする攻撃をやめたんだ」
アポリトの言葉に、ピクシーたちが一様に気まずそうに顔を背ける。
「いや、その。あんたのことはオアジスから聞いてたからさ」
ピクシーの言葉が終わるかどうか、というタイミングで、アポリトはもっとも手近にいたピクシーを掴む。
「オアジス?オアジスがどうしたんだ」
「い、いたいいたい!!落ち着いてくれ!別にどうもしない!」
それほどの力を込めたつもりはなかったのだが、本気で痛がっていたようなので手をはなす。手から離れたピクシーが体をさすっているのを見て、アポリトは自分の手を見る。首をかしげたのは、力を込めたつもりは全くなかったからだ。
が、わからないことをいつまでも気にしていても仕方がない。手から顔を上げ、ピクシーの方を見る。
「いてて・・・・・・。毎日仕事終わりに彼女が独り言を言ってるのを聞いたんだ。魔王討伐の知らせが入ってから、毎日あんたのことを気にしてた」
「そうか・・・・・・」
オアジスとは魔王討伐を成し遂げたらまたここにくるという約束をしていた。しかし魔王討伐はアポリトが思っていた以上に長引いてしまった。だからあの約束は反故にされていても仕方がないと思っていたのだが、その約束が未だに有効であることをしると体の奥底からむず痒い気持ちが湧き上がってくる。
「用はそれだけか?だったらおれはもうセウに行くぞ」
歩き始めたアポリトを、今度はピクシーたちは止めなかった。
セウの里まで、もう少し。
「それは本当か!!」
赤い月が沈んでまだ間もない、仕事も終わったしこれからどうしようか、という時間。今日は陽行の日であり、月は沈んでも、太陽はまだ登ったままだ。片方の太陽が沈むのにはまだ12アリルかかり、もう一つの太陽が沈むのはさらにそれから4アリルかかる。
もっとも、あと11アリルすれば再び月は昇る。そうすれば、太陽の光から逃げていた精霊が戻ってくるため暑さはかなり緩和される。
そんな時間。セウの里では里長が声を荒げていた。相手は一体のピクシーだ。里長の種族はナーガ。下半身は蛇であり、上半身は人間の姿をした里長の大きさは、ビクシーからすれば一飲みにされるような大きさだ。里長の大声でピクシーは吹き飛ばされそうになる。里長の大声を、羽ばたく数を増やすことでしのぐと、ピクシーは報告を続ける。
「ほ、本当ですよ!!この里の警備をしていたら勇者が単身でこちらに向かっていたんです!つ、ついいつものように追い返そうとしてしまって身分がわかったのです!!」
「そうか・・・・・・。勇者がこの里に・・・・・・。しかし、今更なぜだ?」
里長であるナーガ、ガリファロは、当然以前勇者がこの里を訪れたことも知っている。だからこそわからない。勇者は己の国に戻り、そこで魔王を討伐したものとして一生を過ごすはずだ。無論、国が他国との争いに巻き込まれたときは戦力として、また旗頭として駆り出されるだろうが、勇者を戦力として保有している国に対して喧嘩を売るような国はあるまい。
その勇者、国でおとなしくしているならばセウの里には何の関係もないと言っても過言ではないのだが、セウの里に近づいてきているとなると話は別だ。
どのような目的があるかはわからないが、その目的に関係なく勇者の故郷は勇者を手放そうとはしないだろう。勇者を自国にとどめるため、セウの里が甘言により勇者を拐かしたとでもいって攻め入ってくるかもしれない。
ガリファロは、少し考えただけでも次々と浮かんでくる問題への対策を考える。しかし、勇者がここに来る理由がわからなければ、どれほど対策を考えても無意味になることもあるだろう。
「勇者がこの里にくる理由はわからないのか!!」
「はっきりしたことは何も・・・・・・」
「くそッ!役に立たん!!」
とにかく今は勇者の機嫌を損ねないことが最優先課題だ。
「ありったけの食事を用意しろ!前回勇者がこの里を訪れたときに食事を出したのは誰だ!そいつに勇者の好物をありったけ作らせろ!!」
セウの里の里長、ガリファロの声に、里中が慌ただしく動き始めた。
「・・・・・・どうなってんだ、これ?」
陽行の日。今日は月が沈み、1日が終わっても空にある太陽は沈まない。それどころか、月が沈む前から太陽が空に2つ昇っているため、月が沈んでからの方が周囲がよくみえるほどだ。空にいまあるのは、天頂の月とライの方角に上下に並ぶようにしてある太陽が2つだ。
その太陽が照らす元、アポリトの記憶にあるセウの里とは大きく異なる点はない。しかし人の流れが大きく違う。初めてセウの里に訪れたときは、もっと静かだった。セウの里に入ってから、しばらく人に会わなかったほどだ。
初めて訪れたときの様子の印象が強いため、いま慌ただしく人が行き交っているセウの里を見ると、何か全く別の里に来たような錯覚を覚える。
と、そんな里の風景に呆気にとられているアポリトの目の前を、見知った顔が通り過ぎていく。馬の体に人間の上半身を持った種族の彼は、アポリトがセウの里に滞在していたとき里の案内役を任され、またアポリトたちがセウの里を離れるときに次の目的地の途中まで案内してくれた。名をピシェーラといって、セウの里ではそれなりに実力を持った人だったと記憶している。
「ピシェーラ!!」
声をかけられたピシェーラは、アポリトが声をかけてから数歩進んでから立ち止まった。
「勇者か!!」
懐かしくなって声をかけたアポリトだが、帰って来たピシェーラの声からは驚きの他にもなにか感情が見え隠れしていた。
ピシェーラがアポリトの元に走り寄ってくる。
「久しぶりだな!ところでどうしてこんなに賑やかなんだ。近々何か祭りでもあったっけ?すくなくともおれのところでは祭りはないんだけど」
「祭りじゃない。お前が来ることがピクシーたちによって伝えられたからだ」
「おれ?なんでおれが来るとこんなお祭り騒ぎになるんだ?」
ピシェーラがため息をついた。そのため息が、自分の言葉によるものだとは理解できたが、どうしてため息をつかれたのかがわからない。まぁいいか、と思い直す。
「それよりオアジスはまだあそこで働いてるか?」
「オアジス?変わらずあそこで働いているが・・・・・・。どうしてだ」
「いや、前訪れたときの約束を果たそうとおもってさ。じゃ、おれもう行くわ。ありがとな」
アポリトはそう言うと、オアジスの働いている店へ向かって歩き出した。
オアジスの働いている店は、セウの里の中央広場にある。
アポリトは、懐かしい風景を楽しみながら、オアジスの働いている店に向かって歩く。あのときと違うのは人の活気だ。先ほどのピシェーラの話では、この騒ぎは勇者である自分がこの里に訪れることがわかったことが原因らしい。ならばいまここで里の人たちに捕まるのは面倒なことになる。そう思い、アポリトは現在気配を消して移動している。この技術も魔王討伐の際に習得した技術だ。
「変わらないなぁ」
見上げるのは、オアジスの働いている店の看板だ。古びて色あせた看板と、いまにも取れそうな入り口の扉。入り口の扉は、アポリトの同行人であったドワーフが実際に勢い余って壊してしまったことがある。
入り口の扉を開くため、扉に手をかける。すると対して力を込めていないのに入り口の扉が壊れてしまった。
「え・・・・・・。あれ?どうなっているんだ」
思わず自分の手を見る。こんなことになったのはセウの里の手前の森で門番をしていたピクシーと合わせて二回目だ。しかしこれは幾ら何でもおかしい。そういえば、とこの段階になって不審に思うことは何度かあったと思い返す。
まず一回目。それは自国を出立するとき。王城の外壁を壊したときだ。アポリトとしてはあそこまで壊すつもりはなかった。ただ一人分の壁を壊して中に入ろうとしただけだ。しかし、思わず力が入ったのか、壁を一面壊してしまったのだ。
二回目は火行の土地で。女帝の剣を止めたときだ。いくら何でも相手はドラゴノイドだ。片手でドラゴノイドの振るう剣が止められるわけがない。しかし実際には軽々と止めてしまった。
「いったいどうなってるんだ?」
「お?おぉ!!勇者殿ではないか!久しいな!」
アポリトの事情など御構い無しに、食堂の奥から大声が聞こえた。続いて激しい足音とともに大柄な人間が歩み寄ってきた。勢いそのままにアポリトに抱きつく。
「よく来たな!いや、里長がお前が来ると言っていたが、正直半信半疑だったぜ!何しろお前今じゃ有名人だ!こんな離れたところに来るわけがないと思ってたからよ!!」
アポリトでも少し痛いと感じる様な抱擁をかますこの人物。当然人間ではない。ライカンスロープだ。今は太陽の方が勢いがあるため人間の姿しか取れないが、月が昇れば狼の姿になることもできる種族だ。
「確かに有名人になっちまったけど、こっちでやらないといけないことがあったからさ。・・・・・・それより、オアジスはいる?」
「オアジス?あぁ、いるが・・・・・・。それがどうした?あぁ!!そういうことか!!やらないといけないことね!そうかそうか!!」
店主は、アポリトの体を離すと、店の中に顔を向ける。
「オアジス!!客だ!どうせこの騒ぎで店に客はこねぇ!!用事済ましてこい!」
「お客さん?私に?だぁれ?」
店の中から聞こえた声に、アポリトの心が躍る。それはセウの里を去ってから今までずっと聴きたいと思っていた声だからだ。
そしてひょこり、と店の中から顔だけを出したのは、紛れもなくアポリトが会いたいと思っていた人、オアジスだった。
「や、オアジス久しぶり。約束を果たしにきたよ」
「アポリト?アポリトなのね!!よかった!全然会いに来てくれないから私のことなんて忘れてるかと・・・・・・おもって・・・・・・」
言い終わらないうちに、オアジスの瞳に涙がたまり、その涙がこぼれ落ちそうになったころ、オアジスがアポリトの胸に飛び込んできた。アポリトもその背に腕を回す。
「忘れるわけないだろ?魔王もオアジスに会いたくて倒したんだ。それなのに会いに来るのがこんなに遅くなってごめん」
腕の中でオアジスが頭を左右に振った。
「会いに来てくれなかったら許さなかったけど、会いに来てくれたから許してあげる」
腕の中で顔をあげアポリトに微笑みかける。瞳に未だ涙は残っているが、強気に笑いかけてくるその顔を見て、会いに来てよかったと思う。
「おうおう!おあついねぇ!」
店主の言葉に、人の目があったことを思い出したのか、オアジスが顔を赤くしてアポリトの胸にふたたび顔を埋める。
「当然だろ。今まで会えなかった分を埋めてるんだ。これくらいは許してくれよ」
その言葉を聞いた主人は、手で顔を扇ぎながら店内に入っていった。
店主の様子を顔を隠しながら伺っていたオアジスが、店主を見送り顔をあげる。
「これからどうするの?」
「どうしようかな・・・・・・。故郷を出るときは結婚式の招待状を送るから、結婚式に出てくれとは言ってきたけど。どうする?式の日取りはいつにしようか」
「そんなこと言ってきたの?私がもうこっちで結婚してたらどうするつもりだったの?」
「あれ?ヴィリィは初めてを捧げた相手に生涯尽くすんだろ?」
アポリトの言葉にその当時を思い出したのか、オアジスがそっぽを向く。
「そうだけど。ヴィリィにだって個体差はあるし、私がそんな慣習にこだわらない子だったらどうするつもりだったの?」
「バカだな。こだわらないやつだったらオアジスに惚れてないよ」
口を開閉させたオアジスだったが、なにも言葉が見つからないのか、そのままうつむいてしまった。その耳が真っ赤になっているのが可愛い。
「でも、よくおれが無事だとわかったな。魔王討伐の知らせは入ったと思うけど、おれが討伐したとは限らないだろ?もしかしたら魔王討伐の道中でおれがやられていたかもしれない」
「私が惚れた人が道半ばで倒れるわけないじゃない!」
照れ臭いのか、胸に顔を埋めたままで言われた言葉はくぐもってはいたが、しっかりと聞き届けることができた。
「あー・・・・・・。勇者。取り込んでるところ悪いとは思うんだが、ちょっといいか」
オアジスとの時間を邪魔され、少し気分を悪くしたアポリトだったが、後ろにいる人物はどれだけ待っても立ち去る気配はない。仕方なく振り返ると、そこにはケンタウロイのピシェーラがいた。
「ピシェーラか。何の用だ。せっかくの再会の時間に水を差したんだ。よほどの要件じゃないと許さないからな」
「安心しろ・・・・・・。と言っていいのかわからないが、お前たちにとっても重要な話だ」
ピシェーラの声には不機嫌そうな色がのぞいている。さっきからこちらに視線を向けようとしないが、それはただこちらを見るのが気まずいから、という理由だけではなさそうだ。
ピシェーラの声にただならないものを感じたのか、オアジスも顔を上げてアポリトと視線を合わせた。
ピシェーラに連れられてやってきたのは里長の家だった。
セウの里では里にとっての重大な話を決めるときや、里のイベントを決めるときに使われる。
「さて・・・・・・。勇者殿。どうしてあなたがこの里に来たかを聞いてもいいかな」
ガリファロの家に今いるのは、ガリファロ、アポリトの二人以外にオアジスもいる。
「最も・・・・・・。その質問の答えは今ここにオアジスがいることが答えのようなものだが。もしも二人でこの里で暮らすことを考えているのなら、それは認めるわけにはいかない」
「そんな!どうして!!」
ガリファロの言葉に反発したのはオアジスだ。身を乗り出してガリファロに食ってかかるオアジスの身を、アポリトは抑える。
「おれが勇者となったから、ですね」
ほぼ確信してそういえば、案の定ガリファロは頷いた。
「そうだ。もしもあなたが勇者でなければ、オアジスとここで住むことも許されたでしょう。ですがそうではない。あなたは勇者としての立場を得てしまった。そんなあなたがこの里で生活するとなってしまえば、あなたの故郷の国が黙っていないでしょう。あなたの身を無理やりにでも確保するためにここに攻め入ってくる可能性もある」
そんなばかなことは、いくら人間でもやらない、というのは簡単だった。だが、アポリトもだてに王族許育の過程で歴史を学んでいない。歴史を学べば学ぶほどに人間ほどくだらない理由で戦争を仕掛ける種族はいない。
「おれはそれで構いません。魔王討伐の経験があるし、根無し草の生活は慣れてる。ただ、オアジスがそれはできないというなら、彼女だけはここ住むことを許してほしい」
「アポリト!!そんなのってないわ!私も一緒にいく」
「痴話喧嘩は他所でやってくれ・・・・・・」
ここに来て、里長のナーガがため息をついた。その口調はそれまでの格式張ったものからだいぶ柔らかなものになっている。
「オアジスが構わないなら、おれはこの里で生活することは望まない。ただ一つだけ。この里で結婚式を挙げることだけは許してくれないか。そうすることでここは勇者の思い入れのある土地だと周囲に知らしめることができるし、故郷の王族も呼ぶ予定だ。そうすれば多少は国交を築くこともできるだろう?」
「それに関しては一向に構わんが・・・・・・。この里で結婚式を上げようとすれば、試練が一つ待っているぞ?」
「試練?」
「俺と勝負することだ!アポリト!!」
声のする方を向けば、ピシェーラが部屋の入り口で立っていた。
「勝負って・・・・・・。別にいいけど」
確かにピシェーラの実力はこの里では上位に食い込むだろう。だがそれはじんこうせいぜい300人程度の里での話だ。はっきり言って、魔王討伐を成し遂げたアポリトの敵にはならない。
「勘違いするなよ!勝負といっても実際に剣を打ち合わせるわけじゃない。競争だ」
競争、と聞いてアポリトはげんなりする。競争などケンタウロイの向こうが圧倒的に有利に決まっている。何しろこちらはケンタウロイほど走ることに特化した体ではない。
「これ断ったらどうなるんだ?」
「お前はそうそうにこの里から立ち去ってもらう。こっちに来てそんなに時間も経っていないんだ。1アリルもあれば出立できるだろう」
「競争・・・・・・ね。わかった。それにこの身一つでここに来たんだ。どれだけ時間が経とうともおれが出立する時間はそうそう変わらないさ。その勝負受けて立とう。前もって聞いておくが、この勝負で勝てばこの里で結婚式を挙げることは認めてもらえるんだろうな」
「もちろん。里長であるわしが認めよう」
「じゃあ決まりだな。時間はどうする」
「明日、ガブリエルが沈んでからだ。ガブリエルが沈んでから1アリルそれでどうだ。証人は多い方がいいからな」
「おれは問題ないよ」
「よし、決まりだ。じゃあまた明日な」
アポリトは立ち上がり、オアジスに手を差し伸べる。当然、オアジスが立ち上がれないとかそんなことを思っているのではない。ただそうしたかっただけだ。視界の端でピシェーラが歯をむき出しにして嫉妬心もむき出しにしている。
「じゃ、また明日」
アポリトはそう言うと、オアジスを伴ってピシェーラの脇をすり抜け、里長の家を後にした。
翌日。と言っても天にあるガブリエルはもうほとんど沈んでしまっている時間。アポリトは寝床で状態を起こした。その体には纏っているものは何もなく、それは同じ寝床にいるオアジスも同様だ。アポリトは、横で眠っているオアジスの頬を一度愛おしげに撫でた。普段であれば昼ごろから働いているオアジスだが、彼女の働いている店主が気を利かせたのか何なのか知らないが、今日は休みだ。
長い間離れていた恋人同士が、翌日休みの状態で同じ寝床に入るとどうなるか。アポリトとオアジスは昨日里長の家をあとにすると、3つの衛星が見下ろす元ひたすら互いのことを確認しあった。
アポリトとしてはこのままずっとオアジスの顔を眺めていたいのだが、今日はあいにく予定が入っている。部屋にある窓からは月の優しい光しか入ってきていない。もうアシュトンも沈んでしまったか、そろそろ沈んでしまうのだろう。
狭い里であるし、アポリトはこれといって準備することもないのでなんの問題もないのだが、寝起きのオアジスを大衆の前に引き出したくはない。オアジスの耳元に口を寄せると、その耳を甘噛みする。オアジスが身じろぎするが、起きる気配はない。口を少し離し、その耳に息を吹きかけると、オアジスの口から艶っぽい声が漏れた。
それを聞いたアポリトは慌てて上体を起こす。
このままではこの家から出られなくなってしまう。魔物の魅了の魔法ですらかかることなく打ち払った自分をこうもたやすく魅了するとは、恐ろしいやつ・・・・・・。と思いながら、再び耳元に口を近づける。
「オアジス」
そして今度は名前呼びながら体を軽く揺すってやる。
「アポリト・・・・・・?」
薄く目を開けたオアジスが、自分の名前を呼ぶ。名前を呼ばれただけで自分の中に湧き上がる感情に自然と頬が緩む。
「月の加護がそろそろ切れるよ」
ガブリエルの今の上体を暗に教えてやるが、オアジスは一度頷くだけでなかなか体を起こそうとしない。
「服、とってきて」
「昨日散々見たけど?」
昨日は陽行の日ということもあり、ガブリエルが沈んでからもずっと太陽は昇っていた。窓を閉めていてもその隙間から漏れる日の光で部屋の中の様子がはっきりと分かるほどに。
「それとこれとは別。今から昨日の続きになったら勝負に間に合わなくなるから」
オアジスの言葉に、そうなる可能性を否定できなかったアポリトはおとなしく寝床から起きだし、オアジスの着替えを取りに部屋の隅にある衣装箪笥に歩み寄る。
「どんなのがいい?」
「ん。薄い緑のワンピースがいい」
箪笥の中から言われたものを探し当てると、それを手に取る。
「下着は?いらないよね」
「あなたは自分の妻になるをどんな女だと思ってるの・・・・・・?外でそんな格好するような趣味は持ってないわよ」
家の中ならいいのか、とアポリトはオアジスの言葉を捻じ曲げて理解すると、箪笥の中から下着も取り出すと、箪笥を閉めオアジスの元に戻った。
「今日の競争、勝てそう?」
オアジスが服を着る間、アポリトは部屋の壁を向いて服を着ていた。
「どうかな。相手はケンタウロイだろ?いくらおれが勇者と言っても走る速度までは普通の人間とそんなに変わらないだろうし」
「そうよねぇ。はぁ・・・・・・。どうしてこんな無茶な勝負をふっかけてきたのかしら」
「ま、惚れた女が他の男のものになる瞬間なんて見たくはないからな。ピシェーラも必死だったんだろ」
服を着終わったアポリトは、オアジスに厳命されているため壁に背を預けることはできない。手持ち無沙汰になり、棒立ちになる。
「だったら自分もアプローチしてくればよかったのに。少なくともアポリトがこの里に来るまでに機会はかぞえきれないほどあったはずだわ」
アポリトは苦笑。オアジスに背を向けているため、こちらの表情は見えないことが好都合だ。オアジスが移動しているのがわかる。本人は足音を消しているつもりだろうが、勇者の五感は鋭いのだ。
「そこは油断してたんだろ。同じ里だからいつでも告白する機会はあったんだし」
そういうものかしら・・・・・・。というオアジスが、アポリトの背中にもたれかかってきた。
「でも、今日の戦いは頑張ってね。この先この里で暮らせないとなっても、結婚式はここであげたいもの」
わかっているさ、と言いながら、アポリトは体の前に回されたオアジスの手に触れた。
「逃げずに来たか」
ピシェーラがそう言ったのはわかったが、危うく聞き取れなくなるところだった。周囲の声がうるさいのだ。今いる場所は里長の家の前だが、その周辺にはセウの里の住人全てがいるのではないかと思うほどの人だかりができている。
「いや、きたけどさ・・・・・・」
まさかここまで人が集まっているとは思わなかった。昨日の今日だ。里長の家に来るまでにもいくつか露店を見かけたし、オアジスと一緒にリノウの串焼きをかじりながらここにきた。その活気はお祭りそのものだ。
「早速だが勝負の内容を説明しよう。里の周囲の森を一周してより早くこの場所にたどり着いた方が勝ちだ」
「なるほど。で?勝負に勝ったらこの里で結婚式をあげさせてもらえるとして、負けたらこの里から早急に出て行くだけでいいのか?オアジスも連れて行くぞ?構わないんだよな?」
たちまち、ピシェーラの額に青筋が浮かぶ。はて、自分はなにか変なことを言っただろうか、と思っていると、ピシェーラがその体を小さく震えさせた。
「ピシェーラ?どうしたの?」
オアジスの問いかけに、ピシェーラが体の震えを収める。
「いや、なんでもない。連れて行くも何も、昨日別れた後お前たちが何してたかなんて筒抜けなんだよ。昨日・・・・・・その・・・・・・なんだ。オアジスと結ばれて・・・・・・。ともかく!!そんな心のないオアジスがここにいてもこっちが辛いだけだ!連れて行くがいいさ!」
寝床を共にしたのは昨日が初めてじゃないんだが、とは言い出せず、アポリトは頷いた。
「じゃ、早速やるか」
言って、アポリトはスタート地点に立つと、里の出口に体を向けた。視線の先には誘導員だろう。二本の木の棒の間に矢印の書かれた布を持ったグリーンマンが立っている。
「では、双方とも準備はよいですな?わしが手を叩いたらスタートとなります」
里長が人混みの中から現れ、手を前に出す。これから手を叩くのだろう。叩くのだろうが、アポリトはその口元についた大量の食べかすが気になって仕方がないし、おそらくこの後食べるであろうリノウの丸焼きを尻尾で持っている様はこれから出走の合図をだそうという里長とはとても思えなかった。
「用意」
一呼吸ののち、ガリファロの手が叩かれた。ガリファロのもっている食べ物にばかり気をとられていたアポリトは、一瞬スタートが遅れてしまう!!
内心慌てながらも走り出す。まだ視界にピシェーラは捉えている!
思い切り足を蹴り出したアポリトは、しかし動揺してしまった。
一歩でピシェーラの後ろ姿が大きくなり、二歩目ですでにその横に並んだからだ。
並ばれたピシェーラの驚いた表情が見えるが、走り出したアポリトも驚いている。魔王討伐よりこちら、本気で体を動かしたことなど一度もないからだ。
それでも、内心の動揺を早々に打ち消し、競技に集中したのはさすが勇者といったところか。
3歩目でピシェーラを追い越し、村の出口の誘導員の元までたどり着いたアポリトは、その誘導に従って方向を変える。そして決められたコースを回るべく走った。
コースを一周し、里に帰ると、ピシェーラはすでに里に戻っていた。
はて、おれはいつの間に抜かれたのだろう、と思っていると、オアジスが飛びついてきた。アポリトはそれを危うげなく抱きとめる。
「すごいね!私アポリトがいつ走って行ったのか全然わからなかった!」
「うん。おれもびっくりしてる。でもピシェーラがもういるってことはおれは負けたんだろ?悪いな、ここで結婚式あげてやれなくて」
アポリトは、その直後オアジスが浮かべた表情を一生忘れることができないこととなる。
オアジスは、戸惑い、驚きそして泣きそうな顔を浮かべたのだ。
「違うの。ピシェーラはスタート直後でアポリトに置いて行かれたことがショックで、村から出てすぐに歩いて戻ってきたの。まともに勝負もできなかったことがショックだったみたい」
そこで初めてアポリトは周囲の人たちから向けられる視線に気がついた。顔を上げ、周囲を見渡すが、誰とも視線が交わらない。その顔に浮かんでいるのは例外なく恐怖のみだ。
それがわかると、アポリトはオアジスの顔を見るのが怖くなった。いまオアジスの顔を見て周囲の人たちと同じ表情が浮かんでいたら、自分は二度と立ち直れなくなるだろう。
「だからね。ごめん」
そしてオアジスの言葉が耳に入る。いつの間にか自分が手にしていたのは恐ろしい力なのだ、ということに初めて気がついた。
気がつくきっかけはこれまでにも何度かあった。それを気にしなかった自分の落ち度だ。
「結婚式を挙げた後、この里から出て行こう?こんな中で生活するのはつらいもの」
「・・・・・・え?」
いま、彼女は結婚式を挙げると言ったのか。聞こえた言葉が信じられずにオアジスの顔を見る。そこに恐怖があれば立ち直れないと思い、あれほど見るのが怖かった彼女の表情だが、驚き、衝動的に動いた体は、アポリトの思いなど考慮してくれなかった。
そして、アポリトが見たオアジスは、悲しげな表情で周りに集まった人々を見ていた。
「ごめん」
思わず謝ったのは、どちらの声だったのか。驚いた様子でオアジスがこちらを見上げてくる。視線が合うと、オアジスは笑った。
「ごめんね。私が式をここであげたいなんて言わなければ、こんな感情にさらされることもなかったのに」
「いや、おれのほうこそごめん。おれが君に会いに来なければ、いつか君はおれを忘れて新しい人生を歩けてたのに・・・・・・。いッたいッ!!」
左腿から伝わった痛みに、思わず苦痛の声が出る。見れば、オアジスが左腿をつねっていた。
「何するんだ!」
「あなたが変なこと言うからよ。あなたが私に会いに来てくれなかったら、私から会いに行くところだったわ」
「それは・・・・・・。危ないからやめてほしい」
魔物がいなくなったとはいえ、女性の一人旅は幾ら何でも危なすぎる。
「大丈夫。ルーちゃんに乗って行くから」
彼女の相棒である牡鹿のルーを思い出した。
「あぁ・・・・・・。ルーにまたけられそうだなぁ」
初めて会った時から、ルーには冷たい態度をとられてばかりだった。あるいはそれはオアジスの父親的立場からの態度だったのかもしれない。
「いいじゃない。今みたいに冷たい態度を取られるよりは、全然いい」
「・・・・・・そういえば、君は怖くないのか」
聞く時、思わず体に力が入ったのを、彼女はわかっただろうか。多分わかっただろう。こんなに体が近いのだ。
「怖くないって言ったら嘘になるかな」
見上げ、微笑みかけてくるオアジスを引き離し、距離を取ろうとするアポリトを、オアジスはアポリトの背に手を回すことで阻止した。
「だってこのままくっついてたら昨日みたいに襲われそう」
アポリトは、オアジスを深く抱きしめ、その肩に顔を埋めた。それは昨日オアジスが自分の胸に顔を埋め、表情を隠したのと同じだと思った。
「ありがとう・・・・・・!」
口から出た感謝の言葉を、彼女はわかってくれただろうか。この伝えきれない感謝の念が、少しでも彼女に届くといい。背を叩いてくれるオアジスに、アポリトは何度も感謝の言葉を贈った。
「おめでとう」
季節は移り、夏日、第2火行の日。ガブリエルの色が茶色となり、空に月が4つ並ぶ時間に結婚式は始まる。
アポリトがセウの里を訪れ、結婚式が決まってから約60日。アポリトの世話になった人を招待することを考え、この日取りとなったのだ。
式の当日は大陸中から人が集まった。何しろ魔王討伐で大陸中を巡った勇者だ。その招集する人の数はそれなりの数になる。
「どうも」
兄に祝福の言葉をかけられ、照れ臭くて思わずぞんざいな態度を取ってしまう。
「それはそうと、よく来てくれたな。父さんはいい顔しなかっただろう」
「そりゃあな。勇者が異種族と結婚なんて話いい顔はしないさ。でもまぁ俺が城に戻ったし、俺がどうにか説得してきたよ」
「ありがとう」
これで最悪の事態は回避できた。
「で?お前の奥さんはどこにいるんだ?」
魔王討伐時代、魔術師としてともに行動し、現在は公私にわたって兄をサポートしている魔術師が聴いてくる。
「ん。彼女なら荷物をまとめてるところだ」
「どうしてお前はそれを手伝わずにこんなところにいるんだ」
今いるのはオアジスが働いていた食堂だ。式まではまだ時間があるので、軽く食べ物をつまみながら話そうか、という流れでここに落ち着いた。
「いや、おれには見られたくないものもあるとかで、外で時間をつぶしてくれって言われたんだ」
あ、そう、と呟くとマノワールはテーブルの魚の干物を口に運ぶ。
「邪魔するわよ〜」
三人がいる食堂内に、陽気な女性の声が響く。アポリトの耳には、その直後に厨房で店主が呻いたのが聞こえた。声のした方を向けば、赤髪をたなびかせたドラゴノイドが、その右手にドワーフの男を掴んで入ってくるところだった。
「レイナじゃないか!久しぶりだな!!」
「あら?マノワール?懐かしいわね!元気だった?!」
ドラゴノイド、レイナは右手に掴んでいたドワーフを放り投げると、立ち上がり、駆け寄ったマノワールと抱擁を交わした。
「仕事が忙しくて出てこれないと思って残念に思ってたのに!こうして会えて嬉しいわ!」
「私もだ!領地は大丈夫なのか?隣の領土のドラゴノイドが時々せめこんでくるんだろう?」
「大丈夫になったの!向こうと争ってる途中で勇者が通りかかってね?向こうの戦力を切り飛ばしながら前進したものだから向こうの大半の戦力が戦闘不能に陥っちゃって!ほんと敵に回しなくないわぁ」
テーブルの正面。兄が向けてくる冷ややかな視線を、コップを傾けることで遮る。
「あいかわらずなかなか無茶をやっておるようだの」
女性二人が楽しげに話しているのをよそに、アポリトとテリオが座っているテーブルに一人のドワーフが加わる。
「いやいや魔物相手の無茶に比べたら全然無茶じゃないさ」
兄の視線がますます冷たいものになった気がする。
「お前、どんな戦い方してきたんだ」
兄の口から剣を教えてくれた師範の耳に届くと厄介なことになると思ったアポリトはそれにたいして無言で返した。
「それしても懐かしいな。こうして集まるのなんて。タージルは一人か?」
「あぁ。あやつは勇者の結婚式なんて辛くて出れんと泣いて部屋に引きこもっておるわ。金行は未だに異種族婚には消極的だから諦めてたのに、木行の女と結婚するなんて許せない。とも言っておったが」
タージルは前衛で盾を構えて皆への被害を軽減する役割を担っていたのだが、その隣には彼の姪の姿もあった。タージルに比べると経験が浅いためかタージルと比べると目劣りするが、それでも世間一般で彼女と同じだけの技術をもったものを探そうとすればそれはかなり難しいだろう。それだけの技術を彼女は持っていた。
「これでいけすかんあの兄弟でもおればほとんどだったんだがな」
「あぁ、レギオーとアルムムか。呼んでるし、この里にはいるぞ?」
アポリトの言葉を聞いたタージルが一気に嫌そうな顔をする。
「それを早く言わんか。そうと知っておればあやつらのことなど・・・・・・」
「やっほー!!」
「タージルの爺さん!俺たちがそんなに懐かしかったかい!?」
「しかたがないなぁ!ま、俺たちほどの人気者はあちこちに引っ張りだこだからね!」
入り口から賑やかな声が聞こえ、タージルの言葉が途中で止まった。立ち上がり、窓から逃げようとするタージルを、入り口の2つの人影は早い動きで拘束した。
「おいおいタージル爺さん。そんなに照れなくてもいいだろ?」
「積もる話もあるだろうし、一緒にテーブル囲もうぜ!」
食堂に新たに入ってきた2人は、その背中に翼を生やしている。金に輝く四枚羽だ。
「でもこれで貧乳ちゃん以外は全員だ」
マノワールが席につきながらそういう。
「そんなこと言ってるとまた彼女に蹴り飛ばされるわよ?」
レイナがそう返しながら椅子に座った。
「大丈夫。今ここにいないやつに私はけれないから」
「わかってたけど、外でのこの態度なのか」
そういったテリオに、皆の視線が向く。
「そういえばこいつ誰?」
「お、兄弟もしらない?俺も誰かわからなかったんだ」
「俺の兄貴」
アポリトの言葉を聞いた一同が静まり返り、一瞬のちにはテリオを囲んで質問攻めにした。その騒動に混ざっていないのはアポリトとマノワールだけだ。
「変わってねぇな」
「そうそう変わらんだろ。そんなに時間が経ってわけでもないし、魔王討伐の旅にでる前の立場に戻っただけだ」
「それもそうか」
テーブルでじゃれつく皆から視線を話し、窓から外を見た。もうそろそろ月が4つ空に並ぶ時間だ。そうすれば結婚式が始まる。
「もういいか?」
「うん。大丈夫」
式の翌週。セウの里を外の世界と切り離す境界に、アポリトとオアジスの姿はあった。
式をした後、アポリトたちがセウの里を離れなければいけないと知った招待客の一部はそれに激しく反発し、里長に直談判しようという動きもあったが、アポリトはそれをどうにか止めた。そんなことをしてこの里に残っても生活しにくいことこのうえない。
兄はまた王宮で過ごすか、と提案もしてくれたが、アポリトはその提案に首を横に振った。
マノワールなど、ともに旅をした仲間たちはとくに怒りを鎮めるのが大変だった。アポリトが旅の途中で漏らした一言を覚えていたのだろう。どこでもいいから一つ所に止まって静かにくらしたい、という一言を。
だがその一言はオアジスと出会う前に言った一言だ。べつに本当に静かにくらしたかったわけではない。
「じゃ、そろそろいくか」
アポリトはオアジスの荷物を半分以上背負い歩き始めた。
その後も、勇者と呼ばれた青年の力の成長はなかなか止まらなかった。
そのことがきっかけで悲しみを抱えることとなるが、それはまた別の話。
これまでおつきあいいただきありがとうございました。
おそらく次の投稿にはかなり時間が空くと思います。その時はまた宜しくお願いします
・・・・・・リア充爆発しろ