婚約を破棄されたら求婚されました
投稿用長編を書いていたらこんなの出てきたので習作として初投稿してみます。今流行(?)の婚約破棄モノで
「アメリア・キンタネジャ!貴様との婚約を破棄する!」
王太子フィデル様の断罪の声が庭園に響く。
目の前が暗く、臓腑が冷たく重く感じ、私は思わず膝をついた。
こうなるかもしれない、という覚悟はしていた。
最近、王太子様はずっとシエルラ男爵家のレティシア嬢にご執心で、婚約者であるはずの私に声をかけてくださることもなかった。
それだけならず、私がレティシア嬢に嫌がらせを繰り返しているという根も葉もない噂を信じておられるという話も耳にしている。
子供の頃に王太子の婚約者となってから、私はずっと努力をしてきたつもりだ。
未来の王妃として、できるだけ公平を心がけ、王を補佐するために、宰相様にお願いして時間を頂いて国政を学び、国外のお客様をお迎えする際に失礼のないように世界の国々のタブーやマナーを学んだ。
自分で言うのもどうかとは思うが、見目についても磨き上げてきた。
政略結婚であるので、未だ王子を愛しているわけではないが、王子を愛する自信と覚悟はもっていた。
その努力が、今年に入り、あのレティシア嬢が登場したことで一気に無駄になったのだ。
当の男爵嬢はフィデル王太子様の腕に自分の腕を絡ませ、彼の顔を見上げながらニヤニヤと笑っている。
そう。ニヤニヤと笑っているのだ。根拠のない噂で私を貶め、策を弄して王子を手中にしたことを誇るのか、してやった、という顔を隠そうともしない。若草色のドレスに、清楚に結い上げた亜麻色の髪という装いに似つかわしくない顔だ。
王子は自分の愛し人がそんな顔をしているとは気づかず、私の罪(全く心当たりがないのだけれど!)を並べ立てている。
それを見ている国王陛下は、私の所業(繰り返すが、全く心当たりがない!)に頭を痛めているのか、顔を顰め、こめかみを抑えている。
周囲の宰相や大臣たちも渋い顔だ。
「そして!俺はこの、レティシア嬢を新たに婚約者とする!」
王子は芝居のように大仰に腕を振り、レティシア嬢を示した。
「レティシア嬢、この俺の婚約者となっていただけるだろうか?」
またしても芝居がかった仕草で膝をつき、その手を取って言う。
そんな王子を見下ろす形になったレティシア嬢は、わずかに微笑み、いつもどおりの甘えたような声で
「絶対にお断りします」
と返した。
─────え?
空気が凍り、木擦れの音と、小川のせせらぎの音だけが残った。
国王陛下はすでに頭を抱えていた。
そんな国王陛下の方へ一歩踏み出すと、膝をついて礼を取り、レティシア嬢はいつもとは異なる、男性のような低音で
「今お聞きになりました通り、王太子フィデル様は自らの都合で国益になる婚約を一方的に破棄し、さらにキンタネジャ侯爵令嬢をこのような公の場で根拠なく糾弾、愚弄し、あろうことか、自らの感情だけで婚約者を指名するという暴挙に出られました」
と重々しく申し立てた。
会場の参加者の皆も私も、身動ぎも、息すらも忘れてその様子を見ていることしかできない。
ただ一人、王太子だけが口を開けたり閉めたりを繰り返している。
「以前より申し上げておりました通り、アメリア嬢への求婚、お認めいただきます」
──────────はい?
あまりのことに固まり続ける私の方を振り向くと、レティシア嬢はにこやかに微笑んで、私の手をとった。
「アメリア嬢、この私と結婚してください」
────────────────────はあああああああ?
さらに凍りつく私と裏腹に、フィデル様はそれで呪縛が解けたのか、
「な、ななな、な、何を言っているんだ、レティシア!」
とレティシア嬢に詰め寄ろうとするが、
「フィデル!そなたに蟄居を命じる!」
という国王陛下の苦々しい声に動きを止め、陛下の方へ駆け寄った。
「父上!蟄居とはどういうことですか!」
「先にレ…ティシア嬢が言った通り、そなたは国王になる覚悟がないようだ。追って沙汰をする。しばらくは蟄居しておれ」
陛下は冷たい声で答え、レティシア嬢に向かい合った。
「そなたの言う通り、フィデルは感情で国益を無視し、流言に惑わされるという醜態を見せた。…だが、これはちょっと悪趣味ではないのか?」
顔を顰めての陛下の問いにレティシア嬢はしれっと答える。
「いいえ、陛下。例えばこれが、国外よりの間者であったり、国を我が物とせんとする野心家の手先であったりしたらどうでしょう?こんな悠長な話はできなかったのではないのですか?
王妃を夢見る愚かなだけの娘であったとしても国は乱れるでしょう」
「そしてそなたは、恋敵を蹴落とし、想い人を手中にするわけだ…」
「ええ、そのための策ですので」
「そなたは、そなたは本当に……」
眉間を抑え、陛下はしばらく俯いていたが、じきに
「ははははははははは!」
と笑い始めた。
「してやられた、してやられたぞ、レオンシオ!私の負けだ!そなたの好きにするがいい!」
レティシア嬢の肩を叩きながら、大笑いする陛下に、私も周囲も唖然とするしかない。
王の後ろに控える宰相はなんだか嬉しそうだし、大臣のうち幾人かは苦い顔をしているが、そんなことはお構いなしに陛下は笑い続けた。
しばらくして笑いが収まると、陛下は周囲を見回して言った。
「皆、よく聞け!ここにいるこの者は、レオンシオ!レアンドラの息子だ!」
レアンドラ様の名を知らないものは王宮にはいないだろう。5年ほど前に正妃イメルダ様に疎まれ、後宮を追い出されてしまった元寵姫だ。
生まれ育った市井に戻ったとは聞いていたけれど、息子がいたとは知らなかった。
どう考えてもその頃にはレオンシオ…様は生まれていただろうし、なんらかの理由で隠されていたのだろうなと想像はつく。
…というか、息子?
「このような姿で申し訳ありません。陛下とちょっとした賭けを致しまして…」
レオンシオ…様は若草色のドレスの裾を摘むと、よく通る声で辺りに語りかけた。
解けた長い亜麻色の髪が風にそよぐ。
「参列している皆様の前で、もう一度宣言致します。アメリア・キンタネジャ嬢、第二王子レオンシオとして、あなたに結婚を申し込みたい。後宮に秘されていた頃より、影からあなたの努力を見て参りました。ぜひ私の妻になっていただきたいのです」
そうして、私の手を取って跪き、指先に口付けた。