ラチカの想い
【第八章】ラチカの想い
ニコラスの告白を聞いてもラチカは変わらず明るく振る舞ってはいたが、たまにぼーっと考え込むことが増えた。ラースはニコラスが告白をしたことを知らなかったが、ニコラスがラチカの事を愛していた事を気づかないわけがなかった。おそらくそのニコラスの想いにラチカも気づいているのだと思っていた。
毎日、二人の兄弟が仕事へ向かう時にはラチカは玄関先で見送った。ラースはいつものようにニコラスが出掛けた後、馬車に乗り仕事へ向かおうとしたが、思いとどまり、ラチカに
「ラチカ、馬車に乗れ」
と、手を振り招き寄せるように急に話してきた。ラチカは、どうしたのかわからなかったが、ラースの手を取り馬車に乗り座ろうとすると、ラースはラチカに手綱を急に渡した。
「え !?なに ?」
と、ラチカは驚いた。そんなラチカは、もちろん今まで馬車を動かした事などなかった。だが、ラースが教えるといって手綱を取りなおそうとはしないのでラチカはゆっくりと手綱を振り馬車を動かした。はじめての事をする時人はとても興奮する。ラチカは少し悩んでいた事も馬車を動かし、大きな生きた鼓動をするトナカイを操るとそんなことも吹き飛ぶぐらい楽しく感じた。
ある程度走った時、ラチカはゆっくりと馬車を走らせながらラースに話した。
「わたしこの前の朝ニコラスから告白されたの」
それを聞いてもラースは動じる事も無く
「そうか。やっぱりな、お前たち二人を見たらそんなところだと思ったよ。」
ラチカは、ラースの様子を伺うように
「わたし、どうしたらいいとおもう ?」
と、聞いた。するとラースはいつもとは違った様子で、優しく話し始めた。
「ニコラスはおれには出来すぎた弟だと思ってる。それに君とニコラスが一緒にいるとき君はいつも笑顔じゃないか。女性は笑顔にしてくれる男性と一緒になるほうが幸せになれるんじゃないのか ?」
そのラースの言葉を聞きながら、ラチカは胸が痛くなるのを感じた。ラチカは祖国からも追われ国々を転々として渡ってきた女性だった。いくつもの問題を抱え生きてきた人生にはニコラスの生き方はとても眩しかったが、どうしても世の中を蔑み隠してはいても心の奥底では誰よりも愛情を持っていて傷つきやすいラースに知らず知らず心惹かれてしまっていたのだった。ラースの悲しそうな目を見ると胸が苦しくなる想いにかられるのだ。この強がる心優しい人を守ってあげたいとおもうのだった。
隣で馬車に乗るラースはラチカの様子の変化に気付き良くないと思ったのか、ラチカから手綱と取り
「少し時間をかけすぎた。帰るぞ!」
と、話をそらそうとするラースにラチカが思いを募らせながら口をひらいた。
「馬車の乗り方を教えてくれてありがとう。わたしが少し元気がない事に気付いてくださったのでしょうね。そんな、あなたといると胸が苦しくなるような気がしてしまうの。わたしはいままであなたたち二人のような優しさをもらったことがなかった・・・だから、今はとても幸せなんです。でも、ニコラスから告白された時、わたしの頭に浮かんできたのはラースあなたでした。だから、ニコラスには返事はできずに今でも悩んでしまっています・・・」
ラースはそれを聞くと、少しの間黙ったまま馬車を走らせた。そして、ラースは苦痛な表情に変わりラチカに言った。
「よくわからないが、君は、何が不満だというんだ ?ニコラスほど優しくて君のことを好きでいてくれる奴はいないとおれは思っている。何か勘違いしているようだが、僕は君といても胸は苦しくはならないし、何とも想ってもいない。君が好きになるべき人間はニコラスなんだ!」
ラースは黙りながら手綱をつよく振り馬車を走らせた。ラチカはラースが怒っているように見えて、それ以上なにも言えずにいたのだった。そして、はっきりとラースの口から気持ちを言われてショックで涙がこぼれた。
【第八章】完