トゥナーへ来た理由
【第十三章】トゥナーへ来た理由
多くの人が犠牲になった夜盗襲来の日より数年経ち、毎年その追悼としてニコラス祭が執り行われている。毎日のようにニコラスのことをラース、ラチカは思い出すと悲しさが込み上げるが、そのニコラスの為にも幸せになろうと穏やかに過ごしていた。トゥナーの大自然はそんな二人を慰めるかのように優しくそして雄大に存在感を現していた。ラチカのいるこの国では、積雪は緩やかであったのにいまだに雪女を探している始末だった。
今日もラースとラチカは一緒に馬車に乗り、色々な場所を旅をした。特にドイツの国にいき隣国の文化に触れることがラースは好きだった。
急にラチカはいたずら心が騒いだのか馬車を走らすラースの目をサッと両手で塞いだ。
「おい!」
ラースはまたかという顔で、今度はラチカの横腹をくすぐる。
「キャハハハ」
「どうだ。参ったか ?」
「こうさん、降参。まいりました!」
ラチカはすごく楽しそうな顔で毎日そばにいてくれた。ラースも前とは違い穏やかな雰囲気のある男性へと変わっていた。それはやっぱりラチカとの生活のおかげでもあったが、生きていた時のニコラスの想いを少しでも受け継いであげたいとラースが思っていたからだ。習慣の効果は絶大で毎日笑顔で過ごすと、心も優しく穏やかになるのだった。ラースは雪女が出来る事などをラチカからよく聞くのも好きだった。物理学の精神が好奇心を呼び起こすのだろう。
そんな折、どういう事なのか、ドイツからの帰り道、馬車をつけてくる者がいることにラースは気付いた。ラースはラチカのこともあり、うまくまいてトゥナーの町へと戻ったが、気が抜けないとその日はあまり寝る事もなく窓の外をのぞいたりしながら、警戒した。
トゥナーの町に住んでいた二人の子供が布で出来たボールを使ってサッカーのようにパスをして遊んでいた時だった。5百人ほどのデンマークの兵士が鎧に十字架をほどこした刻印をつけて、悠然とトゥナーの町に入って来たのだった。そして、情報収集の為の兵士だろうか鎧などは付けない身軽な格好の50人ほどが町へとちらばった。鎧兵士は広場で動く事も無く不気味に整列して待機する。トゥナーの人々の口からは決してラチカの話はしなかったが、その存在がバレる事は時間の問題だった。
一人のこどもが市長さんから言われてラースたちの所へと向かった。そして、ラースをみつけると
「ラース様、町にデンマーク兵の精鋭が来て、ラチカさんを探しています!」
それを聞いたラースはラチカを探したが、その町の様子をすでに知っていたのか何処にもラチカの姿が無く手紙だけがポツンと残されていた。ラースは手紙に手を伸ばし開き読んだ。
≪わたしは、いつかこの町を出なければいけなくなると思います。その時は急におとずれるでしょう。こうやって手紙を書こうとするだけで、目から涙が流れだします。
わたしは、この町が大好きでした。ニコラスの想いを大切にしてくださる町の人々の温かさは数多くの国々を渡って来たわたしにはとても大切で掛替えのない物です。ニコラスの町をまた大切なひとたちをわたしの為に傷つくところは決して見たくなかったのです。
でも、一番わたしの心をとても苦しくさせるのはラースあなたと過ごした思い出でしょう。あなたの事を心より愛していました。そしてこれからもずっとあなただけを想い続けるでしょう。
これだけは約束してください。あなたは、人間の優しい女性と結婚をして子どもをもうけてください。あなたの幸せはわたしの幸せなのです。
一度わたしの母がこの町へ来た事がありました。その時にひとりの幼子の命を救ったと聞いた事があったので、この町にわたしは来たのです。本当にこの町へ来たことはわたしの生涯の中で一番の宝物になりました。あなたと逢えてわたしはとても幸せでした。どうかお幸せに暮らしてください。ラチカより≫
ラースは広い屋敷の中でただひとり、とり残された。その静けさは、ラースの心に何度も何度も鋭いナイフのように突き刺した。
【第十三章】完




