表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小さな魔王様  作者: ひなたぼっこ
第1章 勇者の章
3/65

第3話  騎士と貴族

本当は魔王が主人公なのですが展開上、最初は登場しにくいため勇者の話しから進めていきたいと思います。

申し訳ないですがよろしくお願いします。



 王国は喧騒の渦に呑まれている。


 それはもはや狂気といえるほどの慌ただしさだった。



 その事態に陥ったのはあの手紙が来てすぐのことだ。


 手紙を見たこの国の王やその側近の貴族達はわき目も振らず皆一様に国外に逃亡した。

 それによりこの国には導くべき立場の者が1人もいなくなる。

 だから当たり前の様に国はバラバラになるしかないのだ。

 其処には連絡系統も何も、連絡するべき決定権を持つ上層部の者がいないと言える。


 残った者も居たが国ではなく村人の井戸端会議のようではどうすることも出来ない。

 魔王がもうすぐ来ると言うのに国はその対策を練るための決定権がある重要な会議を行えないのだ。


 だがそれでいいはずもない。

 だからこそ連絡系統が崩壊したその国で、国に残った者達の中で指揮を取れた者が、自身の力の全てを使ってそれを打開することを目指そうとする。

 そして言葉の通り皆が怒声を響かせ合い、それに従う者達は王国を走り回っているのだった。



 国家とは民から税をうける。

 そして国とはうけた税を使い国民を守るというのが全てだ。


 それが国家であり、だからこそ税をうける国は民を守る事が国としての絶対の責務なのだと言われている。


 だが守ると言っても魔王が相手では話が違う。

 国の責務というよりも強大すぎる魔王から国を守ることなんて事は人間には不可能なのだ。


 更に今回の場合では国を守れないなんていうことよりも『大きな問題』があった。

 民を守るという話だったが、この国の国王やその側近達は国民なんかよりも確実に守らなければならない大切なモノがあるのだ。


 それは彼らにとっては当たり前の話だ。

 彼らにとってまず大前提として民とかいう国の奴隷なんかより『自分達の身の安全』の方が確実に何万倍も大事なのだと理解していたのだ。

 だからこそ彼らは国を出るときこう言っていたのだろう。



「国民がいくら死んだところで儂らがおれば国は成り立つ。済んだら帰るからしっかり守れ」



 そう言い放って彼らは消えた。


 もちろん今も残っている数少ない貴族達はそれを必死で止めている。

 魔王から国を守るなんて事は無理だとしても、まだ逃げることが出来るはずの国民の避難や、国に残ったら出来るであろう最小限の防衛など、それを本人がやるやらないは置いておいてその指示を王達なら出来るはずだった。


 国を代する者達がそれらを全て差し置いて一目散に逃げてしまっては国が成り立たつはずがない。

 ・・・だが貴族達がそれを王達に必死になって伝えた所で彼らは最後まで納得することがなかった。



「それでは貴様が国を守れ。責任はしっかりとるように」



 そう最後まで必死に頼んでいた貴族に命令したのだ。

 言われた貴族はその時はもう絶望する以外に出来る事はなかった。


 国を完全に守ることなどほぼ100%誰にも出来ない。

 しかしこの王が言うように彼が全ての責任を負うのならば、彼の一族はこれから何をした所で守れないなら意味がない。

 つまり彼の一族はもはや滅亡の道しか残されていないのだ。


 だがそれ以上のことを王に意見しようとしたところですでに遅かった。

 貴族が絶望していた瞬間に王達はどこか遠くへと転移してしまったのだ。

 もはや彼は王達に意見することなど出来ない状態に陥ったのだ。



 絶望しか残っていないはずだった。

 それでも言われた瞬間の様に貴族の瞳が絶望に染まることはもうない。

 蘇った瞳の色はその後も全く変わらず前を見据えるのだ。

 何故ならその貴族は自分のくだらないプライドや信念から、このまま国を捨てて逃げようと考える事がどうしても出来なかったのだ。


 一瞬の絶望で全てを悟った彼は静かに目を瞑る。


 そして自分の巻き添えにしていまった家族に想いを馳せる。

 彼には妻と娘がいる。

 彼女達は自分には勿体無いくらいによく出来た母娘だ。

 それなのに彼女達を自分のくだらない選択のせいで共に死の道を歩かせることとなってしまった。

 それを貴族は申し訳なく想う。


 貴族は目を瞑ったまま妻と娘が笑いながら歩いていたこの国の街並みを脳裏に思い描く。


 朗らかに笑う妻は「この国で貴方と一緒に暮らしたいの」そう言っていた。

 貴族にとって天使のような娘は「私ね、お父様の仕事に誇りを持ってるの!」そう笑顔で告げてきたのだ。


 そこまで考えたなら貴族にとって自分がやることなど1つしかない。


 貴族は閉じていた目をゆっくりと開き、真っ直ぐに前を見つめた。



(今、私は私に守れるもの守ろう。過去の言葉を悔やむ様な暇などないのだ)



 貴族は自分に出来る行動するだけなのだろう。

 もはや時間は何よりも惜しい。

 人が生きている間に出来る事には限りがある。

 それと同じようにして今この瞬間という時間も限られているのだ。


 だからこそ彼はこの騒乱の中を走り回る。

 必死に出来る限り民を助けるための指示を出し、自分も情報伝達が崩壊したこの王宮で連絡に走り回るのだ。



 そう行動する彼にとって幸運な事が1つだけあった。

 今回の魔王の襲来は日時が指定されている。

 今までそんな襲撃予告なんてものは1度も聞いた事がない。

 だからそれがどういう意味を持つのか本当の意味は解らない。

 それは単なる魔王の気まぐれかもしれないし、単なる嘘なのかもしれない。

 だがこれが本当の事だとしたらそれは救いだったのだ。


 今までの魔王はいきなり来ていきなり暴れていた。

 それと比べると心情としては余裕などないと言いたいが、それでもまだ若干の余裕が持てたのだ。



 まず国民への指示だが一時的に民がこの国から逃れられるように手配した。

 これは国が支援できたのは出来る範囲という規模になったがうまくいった。


 いきなり何十万人もの人間が動くのは危険だったが、もともと魔王に襲われるのは突然起こる事だったのにいままで逃げてこれている。

 それなのに今回は期間がある。

 期間があるなら皆が安全に逃げることに大きな弊害はなく速やかに行われたのだ。


 国民にとって「魔王が来る」という話は信憑性だとか嘘だとか疑惑をうける以前に恐怖と言える。

 しかも国をあげてという大規模な避難にわざわざ反発して自分の命を脅かすような馬鹿はいなかった。



 だが防衛は無理だった。


 今の現状は国の貴族はもちろん騎士もほとんどが逃げ出してしまっている。

 残っている騎士もいないことはない。

 だがその数は少なく、戦いや防衛を行う数には絶対的に程遠いと言えた。


 むしろ魔王と戦うなんて馬鹿がすることだ。

 それでも何もせずに魔王に破壊されるのを見ているよりは、やらなければならない事柄がある。

 まず家に火が上がるのならそれが全てに広がる前に消したい。

 そして持てる物だけ持って逃げるのだと言っても、貯水池など移動できない大切な物が至る所に設置されている。

 国に帰った後も命を繋ぐためには必要な設備を守る必要最低限の人出が欲しいのだ。


 無人の国など本当はその瞬間に国ではなく建物も井戸も平等にガラクタになる。

 人が帰る為にはガラクタを設備と分ける判断が必要なのだ。


 ・・・守るということが無理でも他にもどうしてもと言える事柄がある。

 ただ単に魔王がこの国へと来たとして「去っていった」という単純な出来事だけでも伝えてくれる人間が残って欲しかったのだ。


 国民が逃げて避難する。


 簡単に聞こえるが実際はそうではないのだ。

 単純に言えばそれだけの事でも、国という規模の人数で動くとなると莫大な金がかかってしまう。

 国を疲弊させないためにも出来ることなら避難日数は少ない方が良いと言える。


 だがそれを行う為には残る人間に命令と共に「ほぼ間違いなく死ね」と言っているのと同じだ。

 其処に意味があるならばわかる。

 国の騎士も国のために死ぬということは良い悪いではなく、責務として命令すれば殉ずることは本来なら出来るはずと言える。


 だが「意味はないと思う。何も出来ないだろうとも思う。魔王には虫けらのように気づかれないうちに殺されるかもしれないだろう。だが死ぬまでは絶対其処に居るんだ」そんな命令は貴族としての位だけは高い位置にいる責任を持った貴族の立場をもってしても命令として言うことが出来なかった。

 それは優しさかもしれないし、無駄だと解っているからかもしれない。

 周囲もそれを空気だけで理解する。

 任務を与えた所でそれを全うできる可能性は間違いなく無いに等しいと言われなくとも理解したのだ。

 物陰に隠れていたところで魔王が放つ魔法に巻き込まれたり、瓦礫に押しつぶされたりして死んで行く人間の姿が誰の頭にも簡単に想像できる。


 誰もこんな理不尽な死に方では死にたくないはずだ。



 だがそこに1人の騎士が声をあげるのだった。



「まぁそれじゃ全部俺1人でやってやるよ」



 突然誰もが無理だと解っていたことを事もなげに男は朗々と発した。

 彼はこの王国の近衛騎士の団長だ。

 そしてこの付近の国で知らない者はいないというほど有名な英雄のような力量をもつ男でもある。


 たしかに彼なら大規模な災害に備えられるような魔法が一応だったが使うことが出来る。

 そして遠くの者に連絡をつける魔法もあり、なおかつ彼はこの国の誰よりも強い。

 彼ならもしかしたら死なないように逃げきることも可能なのかもしれなかった。



「無理はしなくていいのだ・・・やってくれるか?」



 貴族は苦い顔で答えた。

 彼も理解はしていたのだ。

 この騎士なら生きて最低限の目的なら達成する事が出来るかもしれないという事が。

 彼は嫌とは言わないだろうし、むしろ喜んで引き受けるだろうことも解っている。


 だからこそ貴族はこの騎士をこの会議に呼びたくはなかった。

 この騎士は貴族の大切な友人なのだ。

 彼がこれから何を言おうとするのかも貴族には解っているのだ。



「あぁ。 倒せないだろうが精一杯戦ってくる」



 彼が答えたとき驚いた者も居たが納得する者も多く居た。

 本当に今回の魔王の手紙もなんの気まぐれなのかは明確にはわからない。

 だが事実としてこの騎士のせいではないか?という噂もある。


 何故ならこの騎士はそれなりの業績を持っていたからだ。


 それは10年以上前の話になる。

 彼はあの悪夢のようなと呼ばれた元魔王と正面から渡り合ったのに、未だに生きているこの世界でも数えるほどしかいないと思われる人間なのだ。

 しかもその中でもこの騎士は元魔王と何度も戦っているという偉業を成し遂げている。


 元魔王は強い者と戦うのを好んだ。

 そして騎士は強かった。


 もしかしたら今回来ると言う魔王も「この騎士と戦うために手紙を出したのではないか?」そう考えた者が出てきたのだ。

 しかしそれは「こうであるといいな」という希望的な薄い予測でしかない。


 まずそのころ魔王の息子はまだ顔も出していないのだ。

 しかもこの事実は10年以上も前のことで元魔王ですら忘れているだろう事実だった。



 騎士は強かった。

 しかしそれは『人間にしては強い』というだけだ。



 魔王は次元が違う。

 この騎士も戦ったといってもひたすら魔王の攻撃をすれすれで避け続けただけだ。

 そして騎士は魔王にはかすり傷程度しか与えれなかったし、本気を出されたらすぐ負けた。



 最後の戦いでは騎士は絶望を突き付けられている。

 彼は愛する妻と大事な1人息子を人質に取られ魔王に限界を強要された。

 だからこそ彼はその瞬間から文字通り死にもの狂いで限界以上に力を振り絞って魔王に立ち向う。

 そして身体が動く限り戦うのだった。



 だが結果は見るも無残にズタボロにされ、死にはしなかったが足が満足に動かなくなった。


 そして騎士は妻も息子も失ったのだった。



 騎士は意識を取り戻した後すぐに復讐に燃え魔王にまた戦いを挑もうとした。

 幸い近くの街にいた魔王に騎士は猛る気持ちを抑きれずにすぐ戦いを挑む。

 だがその時には挑んだはずの戦いはもはや戦いと呼べるモノではなくなっていた。


 もともとこの騎士はその俊敏さから魔王の攻撃を避けることが出来ていた。

 それなのに騎士は足がうまく動かなくなったのだ。

 魔王は叫ぶ騎士を視認する前に魔法を投げかける。

 それだけで騎士は吹き飛ばされ動けない状態になった。

 そうして魔王は倒れる騎士を終始見ることもせず何事もなかった様に無視して次の街に行くだけだったのだ。



 その時の騎士は自分の弱さを血の涙が流れるほど呪った。

 何処までも魔王は強かった。

 そしてそれと戦える自分は自分の強さに酔ってしまっていたのだ。


 俺は戦えるのだと。


 あの優しかった妻を、目に入れても痛くないと可愛がっていた息子を、奪ってしまったのは魔王のせいだけではなかったのだ。

 騎士は石ころのように無残に転がされてから遅すぎる事実に気づいたと言える。



「まだまだ俺はこんなものじゃない!もっと強くなるぞ!」



 そう息巻いていた騎士は本当に馬鹿だったのだと自覚した。

 いろいろな所に現れる魔王を馬鹿みたいに追い続けた騎士は何も考えていなかったのだ。

 そして負ける癖に殺されないからって何度も戦いを挑んだ自分は頭がおかしかったとしか言えないのだ。



「これで本気をだせ。だせなければ殺す」



 そう魔王に言われ、倒させ、転がされて、自分の力と馬鹿さ加減に絶望する前に気がつかなければいけないことだった。

 それは誰もが当たり前すぎて解りきっていたはずのこと。

 ただその時の騎士には理解できていなかった。


 ならば騎士は自分の家族は魔王が殺したから死んでしまったのではないと言えた。

 家族はただ馬鹿な男についてきたために自分が殺してしまったのだ。

 絶対にもっと無理にでも家族は国に置いておくべきだった。

 自分は自分の力を過信して調子にのっていたのだろう。

 考えるまでもなく戦いに家族を連れてくるなんて馬鹿な真似はやってはいけないことだったのだ。



 だから全ては俺の間違いだったのだ。



 1人残った騎士はそう理解したからこそ狂ったように更に力をつけようとした。

 驕りではない技術を、決して折れない力を身につけようとしたのだ。


 彼の足はその時点ではうまく動かなくなっていた。

 だが走り回ることに適さないだけで踏み込むことも一瞬の瞬発力も以前と何も変わらない。

 ならば鍛錬でそれであわせるだけの話だ。


 騎士は強くならなければ自分は何のために家族を失ったのか解らなかった。


 そして騎士は強くなった。

 単身で持久的に攻め込むことは彼の特性上どうしようもなく苦手だ。

 だが自分の間合いから守りに入れば鋼のように鍛えた身体から繰り出される技は王国の騎士が何人束になっても相手にならない。

 彼は間合いに入った者からすぐさま気絶させることが出来るほど圧倒的な力を身につけた。



 だが強くなった騎士は魔王に勝てるとは思えなかった。

 いや、気づいたのだ。

 昔の彼ならその強さに天狗になって「勝てないまでも戦えるはずだ!」そう言って魔王に戦いを挑んでいたのだろう。

 しかし全てを失ってから。強くなってから理解したのだ。



 あの魔王に人間は勝てない。



 実感した後、妻達がいなくなって、全てが終わってから、久しく流れてない涙が出た。


 復讐のために強くなったのか。

 強さを求めるために鍛えたのか。

 全てを忘れるために強さだけに集中したのか。


 もはや男には理由など解らなかった。


 勝てないと理解したとき彼の頭に浮かんだのは単純な事だった。

 それは今まで無駄にした過去の時間の事ではない。

 そして今までと違う未来にある時間の事でもない。

 そう、今までと同じだ。


 『魔王と戦うこと』だったのだ。


 それは生きることに絶望したから死にたいというわけではない。

 自分の力を試したいというわけでもない。


 ただ魔王がまたここに来たら戦おう。


 そう思ったのだった。

 そう思ってから騎士は以前にもまして力を求め身体を鍛えた。

 騎士は妻達がいなくなってから頭がおかしくなったとかよく言われていたが全く気にならなかった。

 騎士は確かに以前から狂っているだろうと自分でも思っていたからだ。


 だが戦うために鍛えた所で魔王がまた来るとは限らない。

 でも騎士は来ないかもしれないからといって昔のように自分から魔王を挑発しようとも思わなかった。


(来るとしたら全てを持ってして戦おう)


 騎士はただそう思っていた。

 たぶんそうなれば死ぬだろうがそれならそれでいいのだと思ったのだ。



 しかし結局魔王はこの国に来なかった。

 そしてそのまま奴は死んだ。

 別に騎士は魔王が好きなわけではない。むしろ妻と息子を実際に殺した魔王を今でも心から憎んでいる。

 でもやることがなくなってしまったのだ。

 そう思うとこの国での生活も鍛錬も昔のように熱中出来なかった。

 そのため騎士はこの数か月の間人々が歓喜している中あまり生きた心地がしなかった。



 だから『今』この時に死ぬのも悪くないと思った。

 あの魔王は来なかったかもしれないが、その息子と戦って死ぬのも悪くないと騎士は思ったのだった。


 騎士と昔からの仲の貴族は願いを込めて騎士に言った。



「何もわざわざ無理に死ななくてもいいだろう・・・連絡だけでもいいのだ」



 親愛の情のせいだけでなく事実そう思う。

 だがそれに応える騎士の答えは間違いではない。



「無理に死ぬも何もわかっているのだろう?隠れて連絡しようとするだけでも普通は死ぬだろ」



 そうなのだ。

 気配などすぐわかるだろう魔王が国にただ1人いる人間を無視するとは思えない。

 相手にもされない可能性もあるかもしれないが建物を破壊するついでに殺されるだろうと言えたのだ。

 そしてだからこそと騎士は続ける。



「ならば俺は戦おう。国を落とすと言ってきたんだ。建物だけを壊しに来るわけじゃないはずだろ?納得するかなんてわからないが俺の強さで駄目ならすべて破壊されるだろう。可能性としてはゼロじゃないんだ。理由づけくらいには俺の強さを使ってやるつもりだぜ?」



 強い顔で語る騎士に恐怖はない。

 限りなくゼロに近い賭けになるだろうが強さの点で彼以外にこの役目は無理なのかもしれなかった。


 

「・・・それが最善なのかもな。 近々俺も家族と共に馬鹿な責任とやらのせいでそっちの世界に行くことになるだろう。もしそのとき逢うのなら先に行った詫びにそっちの名所でも案内しろよ」



 貴族は普段彼と話すように砕けて彼に笑いかけた。

 騎士も笑いながら「お前が皆と同じとこに行けるとでも思ってんのか?」などとふざけていた。

 ここはそんな気軽な場ではなく正式な会議だったが、誰も彼らを責めることも止めることも出来なかった。


 この壮絶な覚悟をもっているのだろう2人の表情は口を挟むにはあまりにも強すぎたのだ。

 そして挟もうと思ってもそれを見ていることしか出来ない自分達に彼らを止めようとすることも考え直させることも出来るはずがなかったのだ。

 歯がゆいのかもしれない。

 此処に残った者達は国を守ろうと残った者達だ。

 それなのに責任を負うのも、戦いに赴くのもただ1個の人間に押し付けるしかないのだ。


 ただ語り合う2人の声だけが部屋に響いた。



 ――――そして騎士の使命が決まった。




 運命の日の前日、騎士は貴族の家族と飯を食べながら言った。


「魔王を倒せたら俺は勇者か?頑張らないとな!」


 貴族達はどうせ自分達も死ぬことになるのだったら私達もついて行こうと言った。

 だが騎士は貴族の娘の花嫁姿を見るまでは死ねないから「生きて戻る俺をしっかり迎えろよー」などとほざいていた。


 貴族達も理解している。

 彼が死にに行くつもりだということを。

 自分達が魔王という恐怖の渦の中で死ぬことがないように遠慮している事も。

 そしてだからこそ元気に振る舞っているのだという事も解りやすすぎると言えるくらい理解している。


 貴族は長年友として生きる彼を自身の肌で感じながら、ならばこそ彼の親友として彼を信じたいと思った。

 頑張った所で誰にも無理だろう生存を彼が果たすかもしれないという希望を信じたのだ。


 それは小さな希望かもしれないが貴族達にとっては強く輝かしい希望だった。



 あと今の様に落ち着いたとき改めて貴族は自分の家族に今回の事について全てを話した。



「俺の馬鹿な我が儘のせいで起きた責任がおまえ達を死なせるのことになる。すまない・・・」


 そう謝ったのだった。だがそんな貴族に対して妻も娘も笑みを絶やさず語りかけるのだった。



 妻は「あそこで逃げたら私があなたを殺していたから当たり前よ」と大げさに笑った。


 娘は「昔言ったでしょ?お父様と結婚するって。だから今のままででもう十分幸せなの」と貴族に抱きついた。



 ・・・・普通に泣いた。


 貴族が泣いたら家族も泣いた。

 みんな死ぬのが怖くないわけではない。けどこの家族であれてよかったと思ったのだ。


 妻は勝気で拳で語ってくることもあるが小さな生き物がとても好きな可愛い女性である。

 そして民が笑顔で挨拶してくれる平民街を娘と歩くのが大好きで、よく笑顔で娘を連れだしている。

 貴族は全てを守るなんてことは出来ないと自覚している。

 だが窓のふちにとまっている小さな鳥を幸せそうに眺めているこの妻の顔を最後まで笑顔で居させたかった。


 娘はまだ恋もしていないような初心な娘である。だがそれだけに真っ直ぐに育った。

 今まで反抗することもなかったがこの娘は強い意志を持っているのだ。

 こんな幼い子供に自分達と同じものを背負わせなければいけないというのは苦渋の選択なのかもしれない。

 だがそれでもこの娘は恨み言を言うこともなく貴族に笑顔を向けてくれているのだ。


 ならば俺は2人の笑顔に答えるだけなのだ。


 ・・・泣いてるのに皆が笑顔だった。



 だからこそ吹っ切れた。

 そして騎士と共にお世辞にも美味しいといえないような飯を食べる。

 妻と娘が慣れないまま作った食事だが本当に美味しくないから食べながら「これは酷くまずいな」と笑った。

 まずいと言ったら妻に殴られたが美味しくなどなくても満足していっぱい食べれるのだった。


 そうやって家族と冗談を言い合いながら楽しく最後の時間を過ごした。



 そして約束の日の夜、貴族は家族と共に国を離れる。




 そこに残るのは大きな国の中にただ1人で立つ騎士の姿だけだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ