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小さな魔王様  作者: ひなたぼっこ
第1章 勇者の章
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第1話  魔王と勇者

 其処では煌めく青い炎と赤い炎が燃え上がる。

 混ざり合うようにして交差した炎は幻想的な空間を作り上げていた。



 2つの炎はあたりを照らすように縦横無尽に広がっている。

 ある炎は瓦礫を包みこむかの様に纏っている。ある炎は天を焦がすかの様に立ち昇っていた。

 そして炎と同じようにして渦巻くのは透き通った膨大な量の魔力だった。


 結論から言えばこれは膨大な魔力で紡がれた大規模な魔法によって作られた空間なのだ。

 それは天国とも地獄ともいえるような、この世とは思えない幻想的な空気を纏った空間だった。



 その中心に彼は存在していた。



 彼は崩れかけの瓦礫の山を前にして蒼然と立っている。


 その場所は見る人が見れば元々は立派な建物だったのがかろうじてわかるかもしれない。

 そんな有り様だった。

 現実として瓦礫の山は最早これが建物だったのが一般の人間には理解出来ないと言える。

 そんなひどい状態だった。


 そうなった原因は1つ。

 全てこの炎の中心に立つ銀色の髪を揺らめかせている男がやったことだ。

 随分と華奢に見える男だがその男にはそれほどの力があった。


 燃え上がる炎の中で彼はただ静かに其処に立っている。

 周囲に誰もいないが、その男は何も映していないような瞳でじっと何かを待つようにして瓦礫を眺めていた。

 そして誰かが近づいてきた気配を感じたのだろう。ふと、彼は後ろを振り返ったのだった。



「今日も殺しに来たぞ 魔王」


 振り返った先にいた大柄な男はそれが当たり前の事だと言うように目の前に立つ銀髪の男に囁く。



「勇者。人間にそれは無理なのです。もう、いいのですよ」


 そして魔王と呼ばれた男も答えるのだった。



 そう会話と言えるかも解らないやり取りを静かに交わす。

 其処で表情を変えたのは勇者と呼ばれた男だけだ。勇者は1人ただ心底何かを想うようにしてひどく苦い顔をしたのだった。


 殺しに来たと言ったのを無理なのだと簡単に両断された事を侮辱と取ったのかもしれない。

 だが勇者と呼ばれた男は苦々しい顔をしながらもその瞳は始終揺らぐ事はなかった。

 勇者はその言葉には動揺などなかったのだ。

 そして勇者はその瞳を魔王に向けたまま更に顔を苦々しげに歪める。


 歪めた顔のまま勇者は静かに剣を真っ直ぐに構える。


 魔王はその間もずっと動かない。


 彼はずっと炎の中で何をするでもなく真っ直ぐに立っていた。

 その瞳は勇者が来た所で何も変わらないという様に相変わらず何も映していないように見える。


 そして2人の戦いが始まる。

 勇者は静かに正面に構える剣を振り上げ疾風の如く踏み込める体勢を立てる。

 その数瞬で勇者はこの言葉に意味がないことを知りながらも心の中である言葉をつぶやく。


(・・・すまない)


 そこに意味などはない。

 だから即座に思考を切り替える。

 魔王はこんな考えを持ちながら相手にすることなど出来ないことを勇者は深く理解していた。


 だからこそ勇者は思考を空にして全身をもって集中する。


 魔力が身体を満たす。それによって身体は爆発的な力を発揮しようとする。

 溢れる魔力は身体を常時の物とは別物に作り変える。

 それを勇者は全身の集中をもって操るのだ。

 一息を区切りとしてそれを合図に勇者は渾身の一撃をもって魔王に切りかかった。


 瞬間、勇者が振り上げた剣は目にも止まらない速さで駆ける。

 瞬く間に先ほど「殺すことは出来ない」そう言った魔王の胸に強烈な勢いで吸い込まれるように滑り込んでいく。


 魔王にはそれが見えていないのかもしれない。

 それとも避けるまでもないと判断したのかもしれなかった。

 まるで動こうとしない魔王はただ剣も持ち迫る勇者を変わらずに眺めている。


 結果として鋭く輝いた剣はそのまま動こうとしない魔王に何の障害もなく受け入れられた。

 それでも勇者は其処で終えることはしない。

 勇者はそのまま勢いを殺すことなく剣を振りぬき、距離が離れた所からもう一度剣を振り上げ切りかかったのだ。


 その状況は何も変わらず、最初に巻き戻したかのように静かな空気が流れる。


 その静かな空間は最後まで変わらなかった。

 魔王は何をするでもなくその全ての剣を受け入れたのだ。


 魔王はその身体で剣を受け続ける。当然の如く身体はどんどんと傷ついていく。


 それなのに魔王は何もせず立ち続けるのだ。


 その中で1つ変わったこともあった。

 何度も何度もそれを繰り返しているうちに次第に魔王が光に包まれたのだ。

 だがその光が何かの攻撃だとかいうわけではなかった。

 光が現れても何も起きない。そのまま次第に光が強くなっていくだけなのだ。


 そして瞬くようだった光が一際輝いた。

 輝く光が徐々に弱まり全ての光が消えると、其処に居たはずの魔王は跡形もなく消えているのだった。


 魔王はそれが繰り返されている最中ずっと何も言わなかった。

 苦痛の声も洩らさなかった。


 だがその間に炎の魔法を消していたのだろう。

 全てが終わった頃にはあれだけ幻想的に全てを燃やし尽くしていたはずの炎は跡形もなく消え去ってしまっていた。



 ・・・こうして今日も魔王は討伐された。



 そのうち被害がない地区に逃げていた此処の領民が家に帰ってくることが解る。

 帰ってきたのならば魔王を討伐した勇者を皆が祝おうとするだろう。


 勇者はそれからは絶対に逃げたかった。だから急ぎ瓦礫の山から離れる。

 そして其処を少し離れると見える普段と何も変わらないと思われる古臭い民家が立ちならぶ地区に足を運んだ。


 其処でおもむろに魔法手紙を取り出す。


(魔王は討伐した。私は先を急ぐ。 勇者より)


 勇者はそうやって簡単な伝言だけを残し次の街へと向かうことにしたのだ。



 そう、この戦いはもう何度も何度も繰り返されていることなのだった。



 勇者は次第に薄暗くなりつつある空を見上げながら考える。


(あいつまた俺の剣が効き難くなってるな・・・。もっと俺は・・・強くならなければ・・・)


 自嘲ぎみに彼は笑う。

 どんより曇る空はこのままなら雨が降るのかもしれない。

 そんなつまらない予想をしながら勇者は視線を空から外す。


 この空の天気は彼の表情を映しているのだと言うように彼の表情は暗かった。

 だがそれを無理矢理吹き飛ばすかのように彼はいつものように歩みを進め始めた。


 その顔は未だに苦渋に満ちている。

 今勇者が考えるのは自分の鍛錬のことや次の街のことなどではない。

 傍から見ればあの男としてはひどく華奢な小さな身体を持つあの魔王のことだった。


 あの魔王はその小さな可愛らしい身体からは想像もつかない瞳を持っている。

 子供の様なのにその瞳に光は無く、何処を向いているかもわからない何も映していない様な瞳を持つのだ。

 それは先ほど消えたあの男の事なのだった。



 そう、これがこの世界の現実であり其処に生きる魔王と勇者なのだった。



こんにちは。第1章の開始になります。


第1章では小さな魔王と今は1人で葛藤することになる勇者を包みこむこの世界の全容となります。


まずは繰り広げるこの世界の始まりと勇者が決意するまでの強くて優しい無垢な魔王様と泣き虫が多いそれを取り囲む人達が紡ぐ物語です。


拙い文章ですが楽しんで頂けたら幸いです。

それではよろしければ今後もよろしくお願いいたします。



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