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84歳ロスちゃんスマホをもちます。  作者: ロスちゃん日記


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4/4

4 当日

カレンダーに、ぐりぐりと丸をつけた。

三回なぞった。これで忘れないはずだ。


富士山に登ろうと決めた日も、たしかこんな気持ちだった。

不安、半分。期待、半分。いや、ちょっとだけ不安多め。


「大丈夫、大丈夫」


誰に言うでもなく、自分に言い聞かせる。


雅治にも「ついてきて」と頼みこんである。

ひとりじゃない、というのは、それだけでえらい違いだ。


バス停から、ミニバスに乗り、つぎは大型バス。

バスを乗り継ぐだけで、もう冒険である。


いざ、いかん。

――スマホを持つ、という大冒険に。


目指すは駅前の携帯会社。

ここに来る決心をするまで、三年かかった。

三年である。富士山なら、もう三回は登れている。


店に入ると、若いお兄さんがにこやかに迎えてくれた。

そして、よどみなく話し始めた。


早い。

長い。

そして、わからない。


「こちらが基本プランでして――」


(基本って、なにが基本なんだろう)


うなずきながら、頭の中はすでに迷子である。


それでも話は進み、どうやら何かが決まりかけた、そのとき。


「ところで、その携帯の名義は?」


「えっ?」


頭の中が、ぴたりと止まった。


そのとき――

七年前に亡くなった主人の顔が、ふっと浮かんだ。

にっこり笑っている。


(あなた、知ってるの?)


「ご主人の名前でもないようですが」


ええっ、と声が出そうになるのをこらえる。


その場で娘と電話した結果、なんと名義は娘の婿だった。

そんなところにいたのか、名義。


「委任状が必要ですね」


あっさり言われて、冒険はここで中断。


とぼとぼと店を出る。


――そういえば。


富士山に登ろうと集まった、あの日。

わたしは兄ちゃんの登山靴を持っていってしまったのだった。

サイズがまるで合わず、あえなく断念。


「ロスちゃん!あれほど忘れ物しないでって言ったじゃない!」


しずちゃんに、ぴしっと叱られた。


今回も、似たようなものだ。


スマホも富士山も、そう簡単には登らせてくれないらしい。


「ま、いいか」


もう一度、やり直せばいい。


富士山への登山口は――

まだまだ遠いのだから。



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