4 当日
カレンダーに、ぐりぐりと丸をつけた。
三回なぞった。これで忘れないはずだ。
富士山に登ろうと決めた日も、たしかこんな気持ちだった。
不安、半分。期待、半分。いや、ちょっとだけ不安多め。
「大丈夫、大丈夫」
誰に言うでもなく、自分に言い聞かせる。
雅治にも「ついてきて」と頼みこんである。
ひとりじゃない、というのは、それだけでえらい違いだ。
バス停から、ミニバスに乗り、つぎは大型バス。
バスを乗り継ぐだけで、もう冒険である。
いざ、いかん。
――スマホを持つ、という大冒険に。
目指すは駅前の携帯会社。
ここに来る決心をするまで、三年かかった。
三年である。富士山なら、もう三回は登れている。
店に入ると、若いお兄さんがにこやかに迎えてくれた。
そして、よどみなく話し始めた。
早い。
長い。
そして、わからない。
「こちらが基本プランでして――」
(基本って、なにが基本なんだろう)
うなずきながら、頭の中はすでに迷子である。
それでも話は進み、どうやら何かが決まりかけた、そのとき。
「ところで、その携帯の名義は?」
「えっ?」
頭の中が、ぴたりと止まった。
そのとき――
七年前に亡くなった主人の顔が、ふっと浮かんだ。
にっこり笑っている。
(あなた、知ってるの?)
「ご主人の名前でもないようですが」
ええっ、と声が出そうになるのをこらえる。
その場で娘と電話した結果、なんと名義は娘の婿だった。
そんなところにいたのか、名義。
「委任状が必要ですね」
あっさり言われて、冒険はここで中断。
とぼとぼと店を出る。
――そういえば。
富士山に登ろうと集まった、あの日。
わたしは兄ちゃんの登山靴を持っていってしまったのだった。
サイズがまるで合わず、あえなく断念。
「ロスちゃん!あれほど忘れ物しないでって言ったじゃない!」
しずちゃんに、ぴしっと叱られた。
今回も、似たようなものだ。
スマホも富士山も、そう簡単には登らせてくれないらしい。
「ま、いいか」
もう一度、やり直せばいい。
富士山への登山口は――
まだまだ遠いのだから。




