第2話 84歳 スマホがほしい理由
リビングの買い物用のリュックを下ろすと、電話機の赤い点滅が目に入った。
ぱかぱか、と小さな光が律儀に瞬く。
最近、このパカパカを見ると、胸の奥が少しざわつく。
見知らぬ番号が残っていると、秘密兵器のIPATで電話番号を検索する。
このごろは、海外からの電話も増えた。
帰りのバスの中でも、詐欺防止のアナウンスが流れていた。
「ロスちゃん。元気?」
留守番電話に残る、シズちゃんの声にほっとする。
静――シズ――ちゃんは、見知らぬ電話でも平気で出て、ガッチャと切る。
それがストレス解消になるという、すごい人だ。
——私には、とても真似できない。
「ロスちゃん」と呼ぶのは、今や五人だけ。
去年、ひとり減った。
高校最後の夏、富士山を一緒に登った仲間のひとりだ。
あれから軽く六十年も経つ。いや七十年か。十年の差なんて、一瞬にすぎない。
今や富士山どころか、多摩川の向こうですら、ちょっとした冒険だ。
横浜市も、地方都市と同じくバスの運転手は少ないらしい。
最寄駅から家に帰るには、怪獣のような二台連結の大型バスで、若者で混み合う大学前のバス停まで行く。
そこから、小さなマイクロバスで家の前のバス停まで。
廃線案があったときは、心がざわつくどころではない。
いわば、生命線がきられる。
それが、巨大バスとミニミニバス作戦で、生命線のバスが残って本当に良かった。
はじめて巨大連結バスとミニミニバスを見たとき、ふと子供たちが小学生だった頃(昭和50年代)に見たアニメを思い出した。
大きなメカから小さなメカが飛び出して、難題を解決するあのアニメ。
雅治にきいてもすぐには思い出せなかったが、肉じゃがを食べながら教えてくれた。
「あれ、タイムボカンだよ」
ヘンテコな歌まで歌ってくれた。思わず笑ってしまう。
そして、そんなときだった。
雅治がコロナにかかり、高熱を出した。
世の中はすでにコロナも5類になって落ち着いていたが、電話でタクシーを呼んでも、全くつながらない。
近所の人に教えてもらった。
「GO」というアプリのボタンを押すと、タクシーが来るらしい。
どこのメカにあるかというと――皆の手にある、スマホの中にあるらしい。
スマホがほしい理由、ひとつ目はGOのボタンだ。
予習もN⚪︎Kのスマホ講座でしっかりしてきた。
山登りの仲間も、まだスマホの山をのぼってはいない。
でも、私は心の中でにやりと笑った。
また、あのご来光のあかりを手元で見られるかもしれない。
84歳。まだまだ冒険できる。
次のミッションは、このスマホという小さなタイムマシンを手に入れることだ




