第1話 84歳 スマホを買う宣言
84歳ロスちゃんスマホをもちます
第1話 八十四歳のロスちゃん スマホを買う宣言
ただし――これは三度目の宣言だった。
玄関の前に置かれた段ボール箱を見て、ロスちゃんは小さくため息をついた。
また「置き配」だった。
北海道に住む娘から、誕生日プレゼントが届いたのだ。
置き配というのは、どうも落ち着かない。
なんだか事件に巻き込まれたみたいな気がする。
前にも、送信者の書いていない荷物が届いたことがある。
息子の雅治とすったもんだして、
ようやく消費者センターの電話番号を見つけたところで、
それが娘の気まぐれな贈り物だったことがわかった。
やめてと言ったのに、これで三度目だ。
それにしても、なんでこの会社は、熱帯雨林の川の名前なんかつけたのだろう。
日本人の誰も言っていない川から、流れ着いた感じがする。
たま川の「たま」だったら、玄関にちょこんと置いてあっても、
なんだかかわいい感じがするのに。
そう、くろねこ。
ああいう、どこにでもいる感じがいい。
くろねこのお兄さんの笑顔が見たかった。
そういえば、本物の黒猫も、ここ十年見ていない。
そんな、わけのわからない思考回路のまま、ロスちゃんは電話をかけた。
北海道の娘に。
「最近ぼけてきた気がして」
(置き配はやめてと言ったのに)
ロスちゃんは言った。
「本当にぼけたら、ぼけたって自分で言わないよ」
(なぐさめているつもりなのかしら?)
娘は続けて言った。
「家にばっかりこもっていたら、本当にぼけちゃうよ」
娘の声は、いつもどこか厳しい。
「今年は午年。おかあさん、年女だね」
ロスちゃんは少し間をおいた。
「せっかくだから、午の勢いに乗ってやってみようと思うの」
「何を?」
「スマホを買おうと思うの」
宣言してみた。
――実は、この宣言は三度目だ。
「何度目?」と言われたら、置き配のことを言ってやろうと思っていた。
けれど娘は、意外なことを言った。
「それはすごい。挑戦えらい。きっとうまくいくよ」
思いがけず、ほめられてしまった。
ロスちゃんは、少し調子にのった。
「雅治がね。おねえちゃんに買ってもらえばって言うのよ」
もちろん、自分で買うつもりだ。
ただ、ちょっと言ってみただけだった。
すると娘は、あっさり言った。
「いいよ。買ってあげるよ」
そんな言葉が返ってきた。
電話を切ったあと、ロスちゃんは段ボール箱を見た。
アマゾンの箱になっている紙の小さな字を、メガネをかけて読んでみる。
今度は、ちゃんと送信者が書いてある。
紙にはこう書いてあった。
『84歳 お誕生日おめでとう。
北海道に来るときは、むかえにいくね。
智子』
ロスちゃんは、少しだけ笑った。
そして、ぽつりと言った。
「……スマホ、本当に買うことになるのかしらね」
八十四歳のスマホ生活の玄関は、まだ多摩川の向こうにあった。




