第2話 ラックとリアナと、旅のはじまり
朝。
酒場の二階、安宿の一室。
俺は机の上に置かれていた。
六面すべてが、天井を見ている。
(……寝てるって感じ、しねえな)
人間だったころは、朝が来るのが怖かった。
アラーム。満員電車。怒鳴る上司。
それに比べたら――サイコロ人生は、ずいぶん静かだ。
「……うーん……」
ベッドの上で、リアナが寝返りを打つ。
バンダナは外され、髪がふわっと広がっている。
やがて、むくりと起き上がり、俺を見る。
「……あ、おはよ、ラック」
『おはよう』
紙の上を転がって返事をする。
リアナはまだ半分寝た顔で笑った。
「夢じゃなかったんだ……しゃべるサイコロ」
伸びをして、窓を開ける。
外から、通りの音とパンを焼く匂いが流れ込んできた。
◆◆◆◆
「ねえ、ラック」
リアナは椅子に座り、頬杖をついた。
「……あんた、どこから来たの?」
『わからない』
「ふーん……」
少しだけ、視線を伏せる。
「……じゃあ、行き先もない?」
『……ない』
「そっか」
リアナは立ち上がり、荷物袋を担いだ。
「じゃあさ、一緒に来なよ」
『どこへ』
「次の町」
あっさり言う。
「この街、そろそろ居づらくなってきたし」
『なぜ』
リアナは少しだけ黙る。
「……サイコロ勝負、勝ちすぎた」
『……』
「まあ、よくあること」
笑うが、目はあまり笑っていない。
◆◆◆◆
街を出る前に、リアナは雑貨屋に寄った。
木箱の中を漁り、埃をかぶった人形を取り出す。
「……これ、安売り?」
「売れ残りだよ」
店主が肩をすくめる。
「中に物入れられるポケット付き」
「じゃあ、これで」
リアナは銅貨を置いた。
人形は、布製で、胸の前に小さなポケットがある。
「……ラック、入る?」
『入れるなら』
ポケットに入れられた瞬間――
ぶる、と微かに揺れた。
「……?」
『……声、出るかもしれない』
「え?」
リアナが人形を持つ。
俺は、振動させる。
『……あー』
「……え?」
『……聞こえるか』
「ちょ、ちょっと待って……」
リアナは両手で人形を抱えた。
「……いま、喋った?」
『喋った』
「……うわ」
しばらく沈黙。
「……便利すぎじゃない?」
だが、人形の中で何かが減っていくのを感じた。腹が少しずつ減っていくような感覚……。
『……なにか、エネルギーが必要らしい』
リアナが俺の入った人形を持ち上げ、ひっくり返して底を見た。
「魔電池入ってる。これだね」
『そうみたいだな』
「じゃあ、使いすぎ注意ね」
『了解』
◆◆◆◆
街道を歩く。
草の匂いと、土の感触。
遠くに、次の町の門が見える。
「ラック」
『なんだ』
「……あたし、金、必要なの」
『知っている』
「……理由は、まだ言えないけど」
『いい』
「……ありがと」
リアナは前を向いた。
風がバンダナを揺らす。
「さ、行こ」
『ああ』
俺は人形の中で、静かに転がる。
出目は――六。
(……運だけは、悪くなさそうだ)
こうして俺たちは、
最初の街を離れ、
次の町へと向かった。
サイコロと、イカサマ賭博師の少女の旅が、
本格的に動き出した。




