第1話 サイコロに転生した俺、拾われる
……目を覚ましたとき、俺は床に転がっていた。
いや、転がっているというより、転がされている。
視界がやけに低い。というか、上下にぐるんと回る。
(……ん?)
体を動かそうとする。
だが、腕も脚もない。
あるのは、角ばった感触と、六つの面。
(……は?)
俺は、サイコロだった。
記憶ははっきりしている。
ブラック企業で残業続き。終電帰り。コンビニ弁当。会議。罵声。
最後は、デスクに突っ伏して……それきりだ。
(……転生、ってやつかよ)
しかも、よりにもよってサイコロ。
意味が分からない。
そんな俺の上に、影が落ちた。
◆◆◆◆
「これ……」
声は少女のものだった。
視界の端に、素足とサンダル。
短いズボンと、腹が少し見える布。
頭には色あせたバンダナ。
そして、目のやり場に困る大きな胸元。
キャラバン風の格好をした少女が、しゃがみ込んで俺を拾い上げた。
「サイコロ? なんでこんなところに……」
手のひらがあたたかい。
(俺を地面に落とすなよ? ……って、サイコロだから、声が出ないっ!)
目は見えるのに、声が出ないなんて……!
少女は俺をくるくる回して、にやっと笑った。
「ふーん……運気上がっちゃうかも♪」
そのまま、ポケットに入れられた。
(……え、これどうなるの??)
◆◆◆◆
場所は酒場だった。
木の机、ざわつく客、濁った酒の匂い。
リアナは俺を取り出し、向かいの男に声をかける。
「ねえ、おじさん。ちょっと遊ばない?」
「遊び?」
「サイコロ勝負。1回、銅貨3枚」
男は鼻で笑った。
「小娘が?」
「いいじゃん。暇でしょ?」
男は渋々うなずく。
リアナは俺を机に置き、指先でこっそり押さえた。
(……やっぱりイカサマ狙ってる)
だが、次の瞬間、男が俺をつまみ、勝手に振った。
ごろり、と転がる。
出目は――六。
「おっ、俺の勝ちだな!」
リアナの顔が引きつる。
「え……ちょ、ちょっと待って」
周囲の客がざわつく。
「イカサマしようとしただろ?」
男の手が伸びる。
(……まずい)
しかし、俺には分かった。
出目を、変えられる。
ころん、と転がる。
五に変えた。
男は目をこすり、周囲もざわつく。
「……見間違いか?」
「いや、確かに……」
リアナは目を見開いた。
(今だ)
もう一度転がる。
四。三。最後にリアナの番。
彼女が投げる。出目は――六。
「……あれ?」
男は口をぽかんと開けた。
「わ、私の勝ち?」
リアナは一瞬きょとんとし、それから勢いよく立ち上がった。
「やったー!」
銅貨をかき集め、逃げるように酒場を出る。
◆◆◆◆
路地裏。
リアナは俺を取り出し、じっと見つめる。
「……あんた」
俺を机の上に置く。
「……さっき、自分で動いたよね?」
(バレた)
近くに紙があった。
リアナは思いついたように、紙に奇妙な文字を書く。幾何学模様みたいな文字。
なぜか俺は、その文字を読むことができた。
【はい】
【いいえ】
俺は【はい】の上に転がった。
『はい』
「……!」
次の文字を書く。
【あなたはいしきをもってる?】
俺は【はい】へ。
『はい』
「すごい……」
リアナは目を輝かせる。
「……話せるんだね!」
リアナは、先ほどの文字を50種類ほど書いた。
どうやら、五十音表みたいなものらしい。
俺は、文字を辿りながら紙の上をゆっくり転がる。
『は』『な』『せ』『る』
「……わあ……本当に! すごーい!」
飛び跳ねてはしゃぐリアナ。
「あたし、リアナって言うの! あなた、名前はっ?」
(……前世の名前を答えても、キョトンとされるかもしれない)
「名無しなの……? ならさ、ラックって呼んでいい? 『運』って言う意味なんだよ?」
『……OK』
「よし、ラック!」
こうして俺は名前を得た。
◆◆◆◆
その夜、俺は夢を見た。
白い空間。女神の影。
「お前の本体は、どこかにある」
「探せ」
「サイコロになった理由も、そこで分かる」
目覚めると、リアナが俺を見ていた。
「ねえ、ラック」
「一緒に旅しよ?」
『……』
俺は【はい】の上へ転がった。
出目は六。
こうして、俺とリアナの旅は始まった。
そして、あの古いサイコロも、きっと役に立つ日が来る――




