61、アイドルスイッチ
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「急げスミレ!もう時間が無いぞ!!」
「分かってるわよ!」
人々が避難する中、私達はその流れに逆らうように市場で食糧の調達を行っていた。
当然、市場の人達も避難していて店の中はガラガラ。盗ろうと思えばいくらでも盗り放題のボーナスタイム。
でも私は律儀なので去り際にはちゃんとお金を払っているのでご安心を。
「よし、これだけ買えば十分でしょ」
肉に野菜に卵、使えそうなものはとにかく片っ端から買い込んだ。これだけあれば何百人前は余裕で作ることができるだろう。
リューはこれを全部一人で食べるつもりらしいけど、問題なのはそれを私一人で作らなきゃならないってことだ。
時間が無い状況でそれは無理難題にも程がある。時間があっても無理だけどさ。
「スミレちゃん。キッチンはここを使ってちょうだい」
ゼノヴィアが指を鳴らすと、目の前には特製の巨大屋外キッチンステージが現れる。大きな調理台に複数のコンロまで、大量の料理を一度に作れる環境がカンペに揃っている。
「凄い!でもこんなものどうやって……?」
「言葉足らずの勝手なアイツからの贈り物よ」
ここまでの設備を用意できるのに、一々トゲのある言い方をされなきゃいけない人物に心当たりは一人しかいない。
「それってもしかてイナリさん?」
「少しでも悪いと思ってるなら自分で渡せばいいのにね」
「でもこれでなんとか出来るかもしれません!」
まさか異世界でこんなにも広いキッチンで料理が出来る日が来るだなんて夢みたい。こんな広いキッチンを目にして私の料理魂に火がついた。
しかし勘違いしてはいけない。テンションは上がっても、これで状況が一変したわけではないからだ。これだけキッチンが広くなっても、料理をするのはたった1人。
圧倒的に人が足りず、これだけの広いスペースを持て余すのは目に見えている。
「せめてもう少し誰かいてくれれば……」
しかし現実とは非情だ。こんな最悪な状況でも時間の流れは等しく流れていく。
そして遂にこの時が来てしまう。
「もう限界…!来るわよ!」
ガラスが勢いよく割れ飛ぶような音が鳴り響く。
「そんな、まだ下ごしらえすら出来てないのに」
「やはりそう上手くは行かんか……」
結界が破壊され街を包んでいたモヤが晴れた瞬間、今度は大きな黒い影が街を覆った。
「何アレ……」
「できることならもう見たくはなかったわね…」
「アイツ、暫く見ない内にまたデカくなりやがったな」
私達の頭上には辺り一帯を軽々と覆う程巨大な竜の姿が。全身真っ黒なその姿は遠くからその姿を見ているだけでも身の毛がよだつようだ。これがアレに対して正しい表現なのかは分からない。でも一つ間違い無く言えるのは目の前にいるアレが根源的な恐怖が形作った何かだということ。
アレを目の前にしている今もアレが現実のものとは思えない。
「ワガナは、ヴェルトゥガ。全てをホロボスものナリ……」
片言のように発せらる言葉はどこか断片的。だけどそれがかえって気味の悪さを増大させているようだ。
「もう知っている。爆ぜろ!」
一瞬でヴェルトゥガは激しい爆発の炎に飲み込まれる。
「ムダダ暴食…」
しかしリューの攻撃でもヴェルトゥガの強靭な体には傷一つ付けることも出来なかった。
「チッ。やはりコイツと我とでは相性が悪いか…」
「アレが厄災……」
リューの攻撃でも全く歯が立たないだなんて……さっきから体の震えが止まらない。
怯むことのないヴェルトゥガは手始めに次々と街を破壊していく。
「無理よこんなの……料理なんてしてる場合じゃないって……」
包丁を持つ手は震え刃先が小刻みに振動しているよう。リューと初めて会った時も同じようなことがあったけど、正直比べものになら無い。
「しっかりしろスミレ!お前は我の料理番だろ!!」
恐怖に慄くあまり野菜を切ることすらままならなかった私にリューが檄を飛ばす。
「時間は我らが稼ぐ!その間にお前は料理を作れ!」
頼られることがこんなにも勇気をくれるだなんて。
そして私に期待をしてくれるのはリューだけでは無かった。
「師匠!!」
「スミレちゃん!!」
私達の噂を聞きつけたインガスとダグラス、そして市場などで働く料理の腕に覚えがある者達を大勢連れてくる。その数は総勢100人を軽く超えそうだ。
「インガスさんにダグラスさんまで、それに皆さんも……私のことはいいから早く逃げてください!」
「師匠が逃げないのに弟子の私が逃げれるわけないでしょ!私も手伝います!!」
「俺やここにいるみんなも同じ気持ちだ。少しでも君の力になりたいんだ。頼む。手伝わせてくれ!」
「皆さん……」
本当私は幸せ者ね。私がみんなを笑顔にしなきゃいけないのに逆に私が笑顔を貰ってる。
私にはこんなにも心強いファンがいるんだ。
思い出した。
応援してくれるファンが1人でもいる限り私は絶対に諦めないって、アイドルになった時に誓ったんだった。
前を向け私。ビビるな私。リューだってまだ諦めてないのよ。それなのに私がここでボサッとしていいわけが無い!!
ピンチの時こそ笑顔で笑え。笑顔はアイドルの得意技。
「アイドルスイッチ……オーーンッ!!」
私は恥ずかしげも無く満面の笑顔と共に大声で雄叫びを上げる。
その瞬間、一瞬だったが私の周りだけをスポットライトのように太陽の光が照らしたような気がした。
「やれやれ。相変わらず騒がしい眷属だ」
「いいじゃない。私はスミレちゃんのああいうところ大好きよ」
スミレはお気に入りのヘアゴムを手にすると、慣れた手つきで手早く髪を縛り纏める。
「作る物はオムライス、親子丼、から揚げ、ナポリタン。そしてデザートは百層重なる巨大パンケーキ!レシピは私とダグラスさんで指示を出します。みなさん、力を貸してください!!」
「「「おう!!!」」」
多くの料理人達を鼓舞し引き連れるその様子は、さしづめジャンヌダルクのようだった。
手に持つのは包丁とフライパンだが。
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