第6話 聞きたくない言葉
それは、ヴィリーたちの隠れ家で世話になってから、しばらくのことだった。
ナンは王城にいるラルフから軍資金をもらったとかで、日々、私の身の回りの物を整えていた。
「そんなに服を買っても出歩けないのだから、これ以上の無駄遣いはおやめなさい」
特にナンが気合いを入れていたのが服だ。当人は新たに仕立てる気はないのか、自分のものは買ってこないのに、私の服ばかり買ってきては、着せようとするのだ。
「いいえ。これは無駄遣いではありません。今は身を隠さなければいけない時なのですから。とはいえ、フィリス様の気品あふれるお姿を、服如きが隠せるとは思えません。なので、どれがいいのかこのように日々研鑽をですね」
「そうね。いざという時は、変装する必要もあるかもしれないわ」
「はい。今まではドレスばかりでしたので、どのような服がフィリス様に似合うのか……いえ、印象を変えることができるのか、色々と試したいのです」
つまり、ラルフからの軍資金で、楽しんでいるのね。普通なら怒るところだけど、ここの隠れ家生活でナンもストレスが溜まっているのだろう。
私の服で、少しでもナンの気持ちが収まるのなら、いくらでもつき合ってあげるわ。
なにせ今の私は、本当に身動きが取れないばかりか、ナンとヴィリーの助けなくしては、何もできない状況にあったからだ。
見守るしかない、というのは案外、辛いものね。
だが、その中にあっても、ナンのような楽しみは、私にもあった。それは……。
「さぁ、召し上がれ。今日はパンと野菜が色々と中途半端に余っていたから、野菜のグリルとオニオンスープを作ってみたわ」
ナンに教わった料理だ。ヴィリーも時々、料理の本を買ってきてくれるお陰で、今では二人に出しても恥ずかしくないものが作れるようになっていた。
食材はナンが買ってきてくれるため、色々と考えるのが楽しい。ナンはナンで考えがあって買ってきているとは思うもの、私が作れるレパートリーは、残念ながらそんなに多くはない。
今日も似たようなメニューで、申し訳なく感じていた。
「……ほんの少し教えただけで、もうこんなに上達されるなんて……さすがは私のお嬢様」
「もうお嬢様ではないが……そうだな。あの男とは離婚なさるのでしょうから、お嬢様でいいのか」
「もう、あなたたちったら。そんなお世辞はいいから、早く食べてみて?」
この隠れ家に来て、日は浅いとはいえ、ギレッセン公爵家にいた時の名残が強い。グレッグと結婚していたのも一年だから、二人がまだ、私をお嬢様だと感じるのも、無理はなかった。
「今日も美味しいです」
「良かったわ」
「……どうかなさったのですか? 椅子に座った途端、顔色がよくないように感じますが」
口調が良くなったか、それとも食事に手を出さなかったのか。ヴィリーが心配そうに尋ねてきた。
「兄さんもそう思う?」
「ん? それはどういうことだ?」
「実は、このオニオンスープを作っている時なんだけど、私に味見をしてほしいっておっしゃって」
「別に変なことだとは思わないが……」
「匂いが、ね。なんだか、いつも作っていたオニオンスープと違うように感じてしまって。材料も手順も、変なところはないんだけど。それでナンに確認してもらったのよ」
「おかしいですねぇ。私には美味しそうな匂いと味に感じますが……」
そう、作ったばかりの時のナンにも同じことを言われた。けれど不快感というか、胸のモヤモヤ、そして……。
「ごめんなさい。やっぱり吐き気がして、私……」
気がついたら、椅子から立ち上がり、ダイニングから飛び出していた。
その異変にナンが勘づき、ヴィリーが医者を呼んだのは言うまでもない。私とて、これでも人妻だ。これが何を意味しているか、など知っている。身に覚えもあるし……。
だけど、なんでこんな時に。ヴィリーたちがギレッセン公爵家を取り戻そうと、グレッグを倒そうとしている、そんな矢先に、こんな……。
「おめでたですね」
本来なら嬉しいはずの言葉なのに、一番聞きたくない言葉を、医者から告げられた。
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