商人、はじめます 5
「して、その『力を証明する』場所に、このハルモニアを選ばれた目的は?」
「はい。このハルモニアは、活気があり、公正な商売ができると聞いておりましたので。私の力を試すには、最高の場所だと」
これも、用意していた答え。
当たり障りのない、優等生の回答だ。
バルガスさんは、私の答えを聞くと、ふむ、とその手入れされた口髭を撫でた。その鷹のような目には、面白いおもちゃを見つけた子供のような好奇心の色が浮かんだが、決してその奥の鋭さは失われていない。
「なるほど、東の国からの試練、ね。いや、失礼。実に興味深い話だ。君のことは、少しだけ分かったような、それでいて、ますます分からなくなったような……。まあ、よろしい。では、まずは形式的な手続きから始めようか」
バルガスさんはそう言うと、一旦会話を区切り、改めて私に向き直った。
「コトリ君。商人登録には、まず君自身の名前が必要になる。それとは別に、もし決めているのであれば、君がこれから活動する上で使う『商号』……つまり、対外的に名乗るビジネスの名称を登録することもできるが、どうするかね?」
「商号、ですか?」
「うむ。個人の行商であれば本名だけでも構わん。だが、将来的に店舗を構えたり、人を雇ったりするつもりなら、組織としての名前……『屋号』と共通の商号を持っておくのが一般的だが」
バルガスさんの説明に、私は内心で大きく頷く。
個人名で登録することもできる。でも、私が目指すのは、ただの物売りじゃない。自分のブランドを確立し、大きなビジネスへと育てていくことだ。
そのためには、顧客に名前を覚えてもらう『看板』が必要不可欠だ。
(商号と屋号をバラバラにして、屋号を「コトリ商店」とかにする選択肢もあるけど……やっぱりここは、最初からビシッと統一ブランドでいくべきよね!)
私は、迷うことなく答えた。
「はい、決めています。『ヤマネコ商会』です。店の名前も、これでいきます」
私がそう答えると、バルガスさんは「ほう、『ヤマネコ商会』……。面白い響きですな」と呟き、手元の羊皮紙にその名を書き留めた。そして、まるで何気ない世間話でもするかのように、しかしその目は笑っておらず、私に問いかけた。
「『ヤマネ……コ商会』……。コトリ君の一族が経営している商会ですかな? その身につけている素晴らしい品々を取り扱っているとすれば、さぞかし大きな組織なのでしょう」
あれ? バルガスさん、なんか勘違いしてる!
一応訂正しておくか。
「『ヤマネコ商会』は、まだ生まれたばかりの、私の小さな商会です。今はまだ、私一人だけの。これから、この街で大きくしていくつもりです」
私の、偽りなき本心。
その言葉を聞いて、バルガスさんは、しばらく、じっと私の目を見つめていたが、やがて、ふっと、その口元に楽しそうな笑みを浮かべた。
「……分かりました。そういうことにしておきましょう」
彼は、まるで面白い芝居でも観ているかのように、楽しげに頷いた。
(……え? 『そういうことにしておきましょう』? なにその含みのある言い方!)
もしかして、このおじさん、私が今言ったことを、全く信じてない!?
それどころか、「私の背後には巨大組織などありませんよ」という、高度な情報戦を仕掛けるための、子供らしからぬ堂々とした『ハッタリ』だと勘違いしてない!?
(……うん、してるな! 絶対してる! この人の中で、私は今、巨大組織の存在を逆手に取って相手を煙に巻く、とんでもない交渉の駆け引きを演じたことになってる!)




