新たな拠点探し 7
そして、ついに、その宿は、私の目の前に現れた。
メインストリートに面した、一番地価の高そうな一等地。
そこに、その宿は、まるで絵本の中から抜け出してきたかのように、静かに佇んでいた。
『木漏れ日の宿』。
その名の通り、建物の壁を覆うツタの葉の間から、柔らかな日の光が差し込んでいる。
白く塗られた壁は清潔で、窓辺には、色とりどりの花が植えられたプランターが飾られている。
入口の扉は、重厚な木製だが、磨き上げられていて、温かみのある光沢を放っている。
(……ここだ)
直感が、告げていた。
ここが、私の求めていた場所だと。
建物の中からは、騒がしい声は一切聞こえてこない。
代わりに、食器の触れ合う心地よい音と、人々の穏やかな話し声が、かすかに漏れ聞こえてくるだけ。
出入りしている客層も、高価そうな服を来た商人や、小さな子供を連れた家族連れがほとんどだ。
うん、客層の質は、企業の信用度と直結する。これなら安心だ。
私は、ごくりと唾を飲み込むと、少しだけ緊張しながら、その美しい扉に手をかけた。
カランコロン、と。
ドアベルの、軽やかで、可愛らしい音が鳴る。
「はい、いらっしゃいませ」
カウンターの奥から現れたのは、ふくよかで、人の良さそうな笑顔を浮かべた、年配の女性だった。
白髪を綺麗に結い上げ、清潔な白いエプロンをつけている。
その、あまりにも完璧な「優しい女将さん」像に、私は内心で拍手喝采を送っていた。
(キター! これよ、これ! 私が求めていたのは、この安心感!)
「あらあら、可愛いお客さん。どうかなさったのかしら?」
女将さんは、カウンターから身を乗り出すようにして、私の目線に合わせて、優しく微笑みかけてくれる。
その、温かい眼差しに、私の心の緊張が、すーっと溶けていく。
「あの、一人なんですけど、泊まれますか?」
「まあ、一人で旅をしているの? 大変だったでしょう。ええ、もちろん、お部屋は空いていますよ」
彼女は、私の事情を根掘り葉掘り聞くことなく、当たり前のように受け入れてくれた。
その、さりげない配慮が、とても心地よい。
「それで、あの……この子も、一緒なんですけど……」
私が、おそるおそる、足元のコロを示す。
すると、女将さんは、ぱあっと、さらに顔を輝かせた。
「まあ! なんて賢そうで、可愛いわんちゃんでしょう!」
彼女は、カウンターから出てくると、私の前にしゃがみ込み、コロと視線を合わせる。
「こんにちは。お名前はなんていうのかしら?」
「コロと言います」
私が答えると、女将さんは優しく目を細めた。
「そう、コロちゃんっていうのね。よろしくね」
その、あまりに自然な振る舞いに、コロもすっかり警戒心を解いたらしい。嬉そうに尻尾をぱたぱたと振り、女将さんの手に、自分の鼻をすり寄せていく。
「あらあら、人懐っこいのね。もちろん、一緒のお部屋で大丈夫ですよ。こんなに可愛い子を、外で寝かせるなんて、可哀想なこと、できるもんですか」
女将さんは、そう言って、コロの頭を優しく撫でてくれた。
その手つきは、本当に動物が好きな人の、愛情に満ちた手つきだった。
(……満点だ。いや、満点どころか、120点だ!)
安全、清潔、客層良し、そして何より、この神対応の女将さん。
もう、ここに決めた。
いや、ここに決めさせてください! お願いします!
「ありがとうございます。……あの、申し遅れました。私、コトリと言います。ヤマネ・コトリです」
「コトリちゃんね。可愛いお名前。よろしくね、コトリちゃん」
女将さんの温かい笑顔に、私はもう一度心の中でガッツポーズをする。
よし、好感度はバッチリだ。
私は、財布の紐を握りしめ、最後の交渉に挑む。
「あの、女将さん。料金は、一泊大銅貨5枚で朝食付き、で合ってますか?」
「ええ、そうですとも。うちの朝食は、焼きたてのパンが自慢なんですよ」
「実は、私、これからこの街で、少し商売を始めようと思っているんです。なので、拠点として、しばらく、まとまった期間お世話になりたいな、と考えていまして」
次回の投稿は、2025/12/25 12:00-12:15頃の予定です。




