新たな拠点探し 4
(安全、清潔、コロと同室可、そして市場調査も兼ねられる食事付き。うん、これは経費として十分に元が取れる投資だわ!)
先行投資としては、非常に優秀な選択肢だ。
(……よし、決めた)
第一候補は『木漏れ日の宿』。
第二候補として、念のため『石壁の宿』も見ておくか。もしかしたら、中庭の小屋が、意外と快適なログハウス風かもしれないし。
私は、ウィンドウを閉じると、静かに布団をかぶり直す。
脳内には、明日からの行動計画が、すでに完璧に描き上がっていた。
(……ふん。百聞は一見に如かず、ってね!)
ネットの情報だけで判断するのは、三流のやることだ。
一流のビジネスパーソンは、必ず自分の足で現地を調査し、最適な選択をするのだ!
前世で、何かにつけて「現場を見ろ!」が口癖だった、あの腹の出た部長も、そう言っていた。
(まあ、その部長自身は、一年中ふかふかの椅子に座って、ネットサーフィンしてるだけだったけどな! あんたが見るべき現場は、まず自分の体重計だっつーの!)
そう、口だけ達者な大人になってはいけない。
私は、ああはならない!
ちゃんと自分の足で歩き、自分の目で見て、そして最高の選択をするのだ!
たとえ、それが面倒くさくても!
……うん、ちょっと面倒くさいけど!
私は、そんなことを考えながら、静かに目を閉じる。
明日からの戦いに備えて、今は、この温かい寝床でしっかりと休んでおこう。
私の異世界での本当のビジネスが、もうすぐ始まろうとしていた。
◇
孤児院のある旧市街の、ひっそりとした空気に別れを告げ、私たちはハルモニアの心臓部である商業地区へと足を踏み入れた。
一歩、メインストリートに出ただけで、空気が変わる。
昨日までの、どこか諦めにも似た静けさが嘘のように、活気に満ち溢れた喧騒が、まるで温かい波のように私たちを包み込んだ。
(……うん、やっぱりすごい活気)
この通りは、冒険者ギルドへ行く時や、買い物に来た時にも通ったことがある。
でも、これまではただの「異世界の風景」として眺めていただけだった。
それが今日は、違って見える。
行き交う人々の話し声、露店商の呼び込み、馬車の車輪が石畳を叩く音。
その全てが、これから私が飛び込む「市場」の息吹として、ダイレクトに肌に伝わってくるのだ。
(これが、ファンタジーの街のエネルギー……! 前世の満員電車みたいな殺伐とした空気とは大違いね。ここには、生きるための力強い熱気があるわ!)
私は、改めて気を引き締めるように、自分の頬をパンと叩く。
観光気分はここまで。ここからはビジネスモードだ。
昨夜の事前調査 (デスクトップリサーチ)で、本命は『木漏れ日の宿』、対抗馬として『石壁の宿』に当たりはつけてある。
でも、一流のビジネスパーソンは、プランAとプランBを用意しただけで満足したりはしない。
現場では、常に想定外の事態が起こるものだ。
もし、本命の宿が満室だったら? あるいは、ネットの情報とは似ても似つかない、とんでもない宿だったら?
(リスクヘッジは、多ければ多いほどいい。それに、他の候補を実際に見ておくことで、なぜ『木漏れ日の宿』がベストなのか、比較検討の材料にもなる。うん、これも重要なフィールドワークの一環よね!)
それに、地図によれば、リストから除外した『銀のゴブレット亭』も、本命への通り道から少し入った場所にある。ついでに見ておいて損はないだろう。「なぜダメなのか」を自分の目で確認しておくことも、立派な市場調査だ。現場百回とも言うしね。
私は、まず、その「ダメな理由」を確認するために、メインストリートから一本入った路地へと足を向けた。
次回の投稿は、2025/12/22 12:00-12:15頃の予定です。




