第75話 アップデートと旅立ちの決意 13 ~リックの葛藤と、新たな決意~
俺は、目の前の少女――コトリの言葉を、すぐには理解できなかった。
パートナー?
俺が? この、とんでもない女の?
冗談じゃない。
俺は、この数日間で、コトリという存在の異常性を、誰よりも間近で見てきた。
汚れた孤児院を一日でピカピカに変える、規格外の魔法。
一口食べただけで、誰もが笑顔になる、魔法のような料理。
そして、たった半日で、大人が稼ぐような大金を、いとも簡単に稼いでくる底知れない才覚。
こいつは、俺たちとは違う。住む世界が、見ている景色が、まるで違うのだ。
パートナーだと?
笑わせるな。
お前と俺が、対等になれるはずがない。
お前が太陽なら、俺は地面に転がる石ころだ。
そんなこと、自分が一番よく分かっている。
なのに、なぜだろう。
胸の奥で、何かが熱く疼く。
「信頼できるパートナーなの」
そう言った時の、コトリの真っ直ぐな瞳。
それは、俺が今まで、誰からも向けられたことのない種類の、期待の眼差しだった。
孤児院の最年長として、下の子たちの面倒を見るのは当たり前だった。
だが、誰かに「頼られた」ことは?
誰かに「必要とされた」ことは?
思い出せない。
いつも、一人で突っ張って、一人で全部背負ってきた。それが、当たり前だったから。
「……なんで、俺なんだよ」
ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど、か細かった。
「レオやルークじゃ、ダメなのか?」
「ダメだよ。レオとルークは、まだ小さいもの。それに、私が必要なのは、ただの力仕事をしてくれる人じゃない。一緒に考えて、お店を大きくしていってくれる、信頼できるパートナーなの」
コトリは、そう言って、一枚の羊皮紙を俺に見せた。
そこに書かれていたのは、子供の落書きなどでは断じてない、緻密で、論理的な『計画』だった。
市場、顧客、投資、利益……。
一つ一つの言葉の意味はよく分からない。
だが、それが、とてつもなく『すごいもの』であることだけは、俺にも理解できた。
こいつは、本気だ。
ままごとじゃない。本気で、この街で、何かを成し遂げようとしている。
そして、その隣に、俺を立たせようとしている。
(……無理だ)
心のどこかで、冷静な自分が囁く。
俺に、何ができる?
魔法も使えない。難しい計算もできない。
できることと言えば、少しばかり腕っぷしが強いことと、年下の子たちをまとめることくらいだ。
こいつの隣に立つには、あまりにも、俺は無力すぎる。
自嘲の笑みが、自然とこぼれた。
「……はっ。お前、本当に、何者なんだよ……」
そうだ、俺には無理だ。
こんな馬鹿げた話、断ってしまえばいい。
そうすれば、傷つかなくて済む。
期待されて、それに応えられなかった時の、あの絶望感を、もう味わわなくて済む。
そう、思うのに。
口から出た言葉は、全く逆のものだった。
「……失敗するかもしれねえぞ、お前の商売なんて」
「うん、そうかもね」
「俺は、お前みたいに頭も良くねえし、魔法も使えねえ。足手まといになるだけかもしれねえぞ」
「ならないよ。リックお兄ちゃんには、リックお兄ちゃんにしかできないことがある」
「……」
ああ、ちくしょう。
こいつの、その真っ直ぐな目が、眩しすぎる。
俺は、一度ぎゅっと目を閉じ、そして、覚悟を決めたように、再び目を開いた。
「……分かったよ。手伝ってやる」
その言葉に、コトリの顔がぱっと輝く。
俺は、慌てて付け加える。
「か、勘違いすんなよ! パートナーなんて、大層なもんじゃねえ! 俺は、ただ……お前が失敗しないように、見張っててやるだけだ! 手伝いが必要なら、まあ、やってやらんでもないってだけだ!」
もう、迷いはない。
この、とんでもない少女と一緒に、どこまで行けるのか。
この、石ころみたいな自分が、どこまでやれるのか。
試してみたくなったのだ。
「もちろん! よろしくね、リックお兄ちゃん!」
コトリが、満面の笑みで手を差し出してくる。
俺は、一瞬ためらった後、その小さな手を、少しだけ乱暴に、でも確かに、握り返した。
「……ああ」
◇
こうして、私にとって、初めての、そして何かと便利そうな『お手伝い要員その1』の確保に成功した。
私の小さな会社、『ヤマネコ商会』(今、名付けた!)の記念すべき人員確保の瞬間だった。




