第62話 初報酬ゲット! 日本円で4万3千円の大金星です
「……分かった! 分かったよ! 一本、中銅貨1枚と小銅貨3枚! これが限界だ! これ以上は、俺の首が飛ぶ!」
「交渉、成立です!」
満面の笑みで、モーガンさんの手を取った(心の中で)。
(『首が飛ぶ』って……。薬草の買い取り価格ごときで、そんな物騒なことにはならないでしょ! 大げさなんだから。まあ、それだけ譲歩してくれたってことよね。よしとしよう!)
一本あたり13リント。依頼外で採ってきたのは310本だから……4,030リント。
依頼の報酬が300リントだから、合計で4,330リント!
(日本円に換算すると……約43,300円!? 半日の労働で、前世の新人アルバイトの月給の半分くらい稼いじゃった!? 私、商才あるかも!)
たった半日の労働で、孤児院のみんなに美味しいものをたくさん食べさせてあげられる金額を、稼いでしまった!
モーガンさんは、疲れた顔で、カウンターの下の金庫から銀貨と大銅貨を取り出すと、一枚一枚数えながら、重々しくカウンターの上に置いた。
「……ほらよ。確かに、銀貨4枚と大銅貨3枚と中銅貨3枚だ。数えな」
「ありがとうございます!」
カウンターの上に置かれた、10枚の硬貨。
特に、銀貨の輝きは、銅貨とは比べ物にならないくらい、重厚で美しい。
私は、その硬貨を、震える手で一枚一枚、大事に拾い上げる。
ずしり、と。
10歳の小さな手のひらに、確かな重みが伝わってくる。
これが、お金。
私が、この世界で、初めて自分の力で稼いだ、お金。
ポイントと違って、ちゃんと重みがある。
汗と、知恵と、そして少しのハッタリで手に入れた、労働の対価。
なんか、すごく、嬉しい……!
前世で初めて給料をもらった時みたいな、そんな、むずがゆいような、誇らしいような気持ちが、胸いっぱいに広がっていく。
私の初めてのビジネスは、大成功に終わったのだ。
◇
ギルドからの帰り道。
私の足取りは、羽が生えたように軽かった。
四次元バッグの中に大事にしまった硬貨たちのことを思うと、自然と笑みがこぼれてくる。
(ふふふ……これぞ、労働の喜び……!)
私は、稼いだお金で、早速「未来への投資」を行うことにした。
向かったのは、メインストリートの市場。
まずは、お土産。
パン屋で、焼きたての丸パンを人数分(もちろんコロの分も)買う。
八百屋で、真っ赤なリンゴもたくさん。
次に、本命であるビジネスの種への投資。
市場の隅っこで、様々な種類の瓶を売っている露店を見つける。
(ふむふむ、これがこの世界の標準的なガラス瓶ね。どれどれ……)
私は、商品を吟味する主婦のように、商品を手に取る。
ガラスは少し厚めで、よく見ると小さな気泡が入っている。形も、一つ一つ微妙に不揃いだ。蓋は、シンプルなコルク栓。
「おじさん、この一番小さい瓶、一ついくら?」
「へい、毎度! 中銅貨1枚 だよ!」
(一つ10リント……100円か。品質を考えると、ちょっと割高な気もするけど、これが相場なのね)
私は、サンプルとして、その瓶を一つだけ購入した。
さらに、雑貨屋で、リボンとラベル用の羊皮紙も、それぞれ一番安いものを少量だけ買う。これもサンプルだ。
ついでに、羊皮紙を瓶に貼るための「貼り付け糊」という、茶色くて少し粘り気のある液体が入った小瓶も購入しておく。
人通りの少ない路地に入り、私はこっそりと【異世界インターネット接続】を起動する。
通販サイトを開き、『ガラス瓶』『リボン』『ラベルシール』をそれぞれ検索。
(……!)
表示された結果に、私は息を呑んだ。
『高品質! クリアガラス瓶(スクリューキャップ式)10個セット 300P』
『業務用! サテンリボン(10m巻・各色あり) 150P』
『セミオーダー! 防水ラベルシール(100枚セット) 200P』
(……安っ! しかも、品質が天と地ほど違うじゃない!)
計算するまでもない。
瓶は一個あたり30ポイント(30円)。さっきの市場の半額以下だ。しかも、透明度が高く、形も均一で、密閉性の高いスクリューキャップ式。
リボンも、市場の麻紐みたいなものとは比べ物にならないくらい滑らかで光沢がある。
そして、ラベルシール! セミオーダーって何!?
詳細をタップすると、そこには信じられない機能が。
テキストボックスに商品名を入力すると、それが自動的に異世界文字に翻訳され、美しいフォントで印刷されたラベルのデザインがプレビュー表示されるのだ。
(……は? 何この神機能!? 羊皮紙にインクで一枚一枚手書きする手間が、完全にゼロになるってこと!?)
論理的に考えれば、答えは一つ。全部、通販で揃えるべき。コストも品質も、比較にすらならない。
私は、迷わず通販の購入ボタンに指を伸ばしかけ……そして、ぴたりと動きを止めた。
(……待てよ)
もし、私がこの街の誰も見たことのない、完璧に均一なガラス瓶と、滑らかなリボン、そして印刷されたような美しいラベルの付いた商品を、突然売り始めたら?
「あの子はどこから、あんなものを仕入れているんだ?」
絶対に、そうなる。
最初は「珍しい」で済むかもしれない。でも、商売が大きくなればなるほど、その不自然さは、嫉妬や憶測、そして要らぬトラブルを招く火種になる。
(私のチート能力は、最大の武器だけど、同時に、絶対に知られてはいけない最大の秘密。それを、たかが瓶やリボンのために、今ここで不用意に晒すのは……リスクが高すぎる!)
スパイが、缶詰を開けるためだけに、最新鋭のレーザー兵器を使ったりはしない。
今はまだ、雌伏の時。
この街の「常識」の範囲内で、目立たず、しかし確実に、利益を上げるべきだ。
(よし、決めた!)
私は、通販サイトのウィンドウを、すっと閉じる。
(最初のうちは、この街で手に入る材料だけで勝負する。品質で劣るなら、味と、売り方でカバーすればいい! 通販の高品質な資材は、私の『切り札』。いざという時や、もっと事業が大きくなってから、『遠い国の、秘密の取引先から仕入れている』っていうストーリーが通用するようになるまで、温存しておくべきだわ!)
そう、これは戦略的撤退。いや、戦略的『現地化』だ!
ふふふ……着々と、私のビジネスプランが形になっていくわ……!
今日のところは、これ以上の買い物は不要ね。
サンプルは手に入れた。本格的な仕入れは、商業ギルドに登録して、正式に商人になってからだ。慌てる必要はない。
……と、一度は市場を後にしようとした私の足を、ふと、ある匂いが引き止めた。
じゅうじゅうと肉の焼ける、香ばしい匂い。
匂いの元は、市場の隅にある肉屋だった。店先には、様々な部位の肉の塊が吊るされている。
(……そうだ)
今日の夕飯は、私が腕を振るって、豪華なごちそうを作ってあげよう。
初めて自分の力で稼いだ、この記念すべき日に。
子供たちの、あの最高の笑顔を見るために。
私は、肉屋の店先に並ぶ商品の中から、ひときわ目を引く一品を指差した。
丸々と太った、生の丸鳥だ。
「おじさん、この丸鳥、一羽くださいな!」
「へい、お嬢ちゃん、景気がいいねぇ! 特別まけといて、大銅貨1枚だよ!」
(大銅貨1枚……! 1000円か……! ちょっと贅沢だけど、今日の稼ぎを考えれば安いもの! これは、みんなの笑顔への必要経費よ!)
さらに、今日のMVPであるコロのために、大きな骨付き肉も一本購入する。これは、今日の夕飯で、コロへの特別ボーナスだ。
こうして、私の四次元バッグの中には、未来のビジネスの種だけでなく、今夜の幸せの素も、ぎっしりと詰まったのだった。
私は、市場の喧騒を後にする。
さっき買った不揃いなガラス瓶と、少しごわごわしたリボン。
これが、私の最初の武器になる。
全ては、私の輝かしいスローライフを、余計なトラブルから守るために。
私の商人としての本当の戦いは、すでに始まっているのだ。
買い物を終え、孤児院への道を歩きながら、私は、頭の中で、未来の事業計画をさらに具体的に組み立てていく。
薬草採取は、安定した収入源として、今後も継続する。
でも、それだけじゃ、ただの労働者だ。
私が目指すのは、もっと上のステージ。
現代知識を活かした、新商品の開発と販売。
つまり、『知的財産ビジネス』。
森苺ジャムはその第一弾。
これが成功すれば、次は『安らぎハーブティー』、『森の恵みクッキー』と、矢継ぎ早に新商品を投入していく。
そして、将来的には……。
私は、ハルモニアの街並みを見渡す。
石造りの家、木造の店。
活気はあるけど、どこか古めかしい、中世ヨーロッパのような街並み。
この街に、私の知識を使えば、もっともっと、便利で快適なものを生み出せるんじゃないだろうか?
例えば、もっと効率的なかまど。
衛生的な上下水道システム。
あるいは、もっと美味しいお菓子や、肌に優しい石鹸。
私の頭の中には、ビジネスのアイデアが、それこそ無限に湧き上がってきていた。
スローライフを送るためには、まず、この世界を私がスローライフを送りやすいように、快適な世界に変えちゃえばいいんだ!
なんという、壮大で自己中心的な発想!
でも、それがたぶん一番手っ取り早い。
ふふふ……! 燃えてきたじゃないの!
私の商人としての魂が、完全に覚醒し、もはや誰にも止められない状態になっている。
孤児院のあの古びた扉が見えてきた。
今日の夕飯で、豪華なごちそうを食べる子供たちの笑顔を見ながら、私は輝かしい未来のビジネスプランに、思いを馳せるのだ。
私の快適なスローライフのための、第一歩。
それは、思っていたよりもずっと刺激的で、ずっと楽しいものになりそうだ。




