借金が膨らむ宿屋で、至福のご機嫌ナイト
殉教者の町の宿は信仰の名を借りた高額料金。
リサの借金はまたしても膨らむ
殉教者の町は噂どおり――いや、それ以上に金がかかった。
「¥143,000…一泊っ、この値段で二人分?」
リサが青ざめる。
宿の主人は涼しい顔で帳簿をはじき、手慣れた口ぶりで言った。
「巡礼客相手ですのでね。信仰も贅沢も、等しく価値あるものです」
「等しく財布を殺しにきてるだけだろ」
「部屋は一つでいいわ」
「食事はお二人ですから一人部屋でも¥112,000ですが」
「ぐっ、それでいい」
俺は肩をすくめつつも、結局リサはスマホから自動引き落とし。
《リサ借金:+¥112,000》
数字が赤に染まっていく音が、俺には聞こえるようだった
――リサの指先が、微かに震える。
「ミチル、変なことしないでよね」
ナナがぼそりとつぶやく。右手に持ったスマホが急速に熱を持つ。
「それ、私のセリフだから。
スマホで変に意識高めて来るのやめてくれる?」
リサは呆れたようにため息をつく。
「ふんっ」
ナナは着せ替えアプリで少し大きめの白いブラウスと
茶色のロングスカートを買ってもらったが、
爪があるので裸足のままだ。
「また借金増えたね、リサ」
ナナは挑発的に話しかけた。
「し、仕方ないでしょ!」
リサは真っ赤になって抗議するが、明細は冷酷だった。
魔獣シルクは、同期率八〇%を超えたおかげで
俺の影に収納できる。
黒い影がさらりと揺れるだけで、
ベビードラゴンがすっと消えるのは何度見ても不思議だ。
◆
夕食は町名物の香辛料たっぷりの煮込み肉に、
聖樹の実を練り込んだパン。
スパイスのピリッとした匂いが鼻をくすぐり、
俺は久々のまともな食事にがっつく。
「うまっ、これうまっ!」とせき込むまで頬張り、
リサはスマホの画面を眺めつつも結局完食していた。
俺は……ただただご機嫌だった。
「はぁ~……やっぱ戦いの後は、飯と布団だな」
ふかふかの羽毛ベッドに身体を沈めると、
筋肉の軋みがほどけていく。
思わず声が漏れた。「……極楽」
「はいはい、ご機嫌で何より」
ナナがスマホでちょこんと膝をついている、
身長が伸びてからポーズのバリエーションが増えたようだ
――白いブラウスがふんわり揺れ、
爪の先でベッドを軽く掻く仕草が可愛らしい。
シルクはこっそり影から出して、
夕食で確保した残りものを与えている。
「便利だけど……息苦しくないのか?」
俺が問いかけると、
「ふすぅ」と満足げな寝息が影から漏れ、影が優しく波打つ。
どうやら快適らしい。
「さあ、作戦会議だ」
リサは鎧を脱ぎ、物陰で汗を拭いていたが、
出会った頃に比べて、ずいぶん顔色が良くなった。
「勇者パーティーは先行して光神殿に向かったわけだが、
近道はあるのか?」
「光結晶には盗掘避けの迷宮が備えてあるから、
簡単には辿り着けないよ」
ナナは欠伸をしながら言った
――欠伸の後、赤い瞳が一瞬輝き、
迷宮の地図のような幻影が画面に浮かぶ。
「俺は近道を知らないか聞いているんだ!」
「ちょっと、口調が強いよ」リサが諫める。
「信仰があれば光結晶と惹かれ合う。
私が迷宮に入れば、最短距離で辿り着けるよ…」
ナナは目をつぶってうとうとし始める。
「勇者パーティーにも聖女がいたはずだ。
どの程度の信仰ポイントを持っているかわからないな」
「もう、行ってみるしかないでしょ」
リサも席を立った。
「俺達、いつもそんな感じだな」
光神殿に向かったジンの憔悴した顔が思い出された
――影のように青ざめ、かつての輝きを失った瞳が、
俺の残価のように疼く。
日常回でした!宿代で泣くリサ、
食事と布団で幸せなミチル、影に収まるシルク。
次回はまた波乱です。




