《偽装感謝》崩壊――虚ろな鏡とナナの進化
偽装寄付の男が操る《偽装感謝》の群体。
襲い来る口先だけの言葉を前に、
ミチルの新たな固有スキル《虚ろな鏡》が発現する。
「偽装寄付。こいつも裏で人の弱みを転売してる」
ナナの声は冷ややかだった。
「宿屋の前で待ち伏せとは恐れ入ったぜ。
こういう善人の皮をかぶった屑は逸脱者の俺と同類だ」
俺は鼻で笑う――胸の奥で、似た匂いが疼く。
「よくも弟を追い出してくれたな!」
男は有無を言わさずじり寄ってくる。
笑顔の隙間から、息が湿った臭いを運ぶ。
「どんな言いがかりだ、俺は被害者だろうっ!」
《バリューバトル開始》
男の背後から、ぬるりと《偽装感謝》
と呼ばれる群体が這い出した。
「ありがとう」
「助かりました」
「感謝、感謝、感謝ァ……」
――その身体は領収書の束でできていて
擦れるたびに小銭のジャラジャラという音がした。
「きっしょ!何あれ」
俺は即座にスマホを構えた。
ナナが解析し、俺の胸奥から黒い光が弾ける。
「ミチル、また新しいスキル。
待って、これは……ミチルの固有スキルだよっ」
胸の奥で何かがざらりと剥がれ落ちた。
俺自身の冷たい心――。
《虚ろな鏡》
ミチル自身の「誰も信じない嘲笑」が形を得た鏡型召喚獣。
ひび割れた鏡面が、黒い言葉を歪んだ刃に変えて跳ね返す。
「おいおい、スキル解説してる場合か!」
「説明しないと、ミチルが混乱するでしょ!」
ただ、スキルの説明をするナナの顔は曇る。
(ミチル、私だけは特別だよね…)
群体が襲いかかるたび、呪怨が満ちていくが、
虚ろな鏡は怨嗟の言葉を残らず吸収し、
黒い光を二度、三度と瞬く。
鏡面からひび割れた言葉が広場に散らばり、
歪んだ刃が乾いた金属音になって跳ね返った
――ガキンガキン! と連鎖し、
領収書が引き裂かれ、群体の影が蜘蛛の巣のように崩れる。
広場は大混乱となっていた。虚像が虚像を壊す、乾いた連鎖反応。
壊れた領収書が空を舞い、
散った小銭が悲鳴のように鳴った。
「お前……お前らが悪いんだあああ!」
男の悲鳴が、鏡の反射で自分自身に突き刺さる。
やがて《偽装感謝》は次々と崩れ、
男の残価が一気にマイナスへと振り切った。
勝敗は決した。
「はぁ……終わったな」俺が息を吐くと、
ナナの身体がきらめきを帯びた。
それは戦場に残った残価エネルギーを吸収しているかのようだった。
小さな狐子の姿が揺らぎ、手足が伸び、尾が二股に分かれ
――眼はさらに深い赤へと変わっていく。
光の粒子が画面から溢れ、広場の空気を微かに震わせる。
「進化……?」
俺が眉を上げると、ナナは画面の中で二本足で立ち上がり微笑んだ。
「……ねえ、ミチル。あなたのことを信じられなくなったら、
あなたを喰らう。そして、私は完全になる。
それが、私たちの契約だから」
冗談のように聞こえた。
だがその瞳は冗談ではないのだろうが
――深い赤が、俺の残価を映すように輝く。
「その前にリサのアプリで服を買って転送して貰え、
さすがに目に毒だぜ」
……真剣に見入ってしまった俺は、慌てて話題を逸らす。
「えっ」
ナナはそっと毛皮の抜け落ちた肌を見つめ、
真っ赤な顔で胸を覆い隠した。
尾だけはもじもじと揺れていて、
怒っているのか照れているのか分からなかった。
「ちょっ、見るなってば!」
「俺は返済不能の逸脱者だから買い物もできん、悪いな」
「最低!」ナナが頬を膨らませる。俺は肩をすくめた。
――俺とナナの奇妙な関係は、まだ終わらない。
街の灯りが、かすかな“偽装のざわめき”を運んでくる。




