TAKE3 『討伐対象』
「よし!作戦会議を始めるぞ────!」
どうやら“特攻隊長”にも作戦というものはあるらしい。相手は階級肆の妖魔。そして彼は上官だ。
いくら“特攻隊長”と呼ばれるほど突撃好きだからといって、まったく何も考えていない──などと疑うのは、さすがに失礼な話だっただろうか…?
殺魔師には階級という制度が存在する。壱〜拾までの十段階ある古くから続く由緒正しい階級制度だ。
そして、古くから階級が三以上上回った敵との戦闘は控えるように言われてきた…それは何故か?
当然だろう──階級が一つ上がる事に、その戦力値は自身の三倍に相当するのだ。
単純計算で一階級上なら三人、二階級上なら九人、三階級上なら二十七人分だ。
一クラス丸々的に回したようなこのイジメ的力量差を、どうやって無傷で戦えと言うのだ?
それこそ一度遭遇してしまえば逃げるだけでも一苦労だろう…。
確かに殺魔師十ヶ条には任務遂行を最優先するべしとある
──。が、それはあくまで“撤退してはならない理由“では無い。むしろ、逃げる事で得られる新たな道筋も確かに存在する──つまりはそういう事だ。
それじゃあ、結局うたほしはどうなったかというと──。
「うたほし。お前の階級は壱だ。三つ以上も格が離れたお前を戦わせるわけにはいかん。味方の支援が出来る魔法使いなら“例外特権“で参加させる事も出来るだろうが…そうじゃないのだろう…。後方で皆の荷物を見張っていろ」
(まさかの荷物持ち来た!!)
ピシャッ!と雷にでも撃たれたかのように固まるうたほし。
(……それにしても、まさか“勘違い“で応援要請がかかるとは全く…隊長にはしっかりしてもらいたいものだ──!!)
本来、階級差が三以上離れていれば救援要請には呼ばれないはずなのに、要請メールにはこうあった──
「階級参の妖魔が出現!!応援求む!!!!!(ババン!!)」
(ちがうじゃん!話違うじゃん!!)
壱階級を軍の新兵レベルと例えた時、参階級の強さが銃を持ったプロの軍人程度、肆階級は軍隊長レベルの強さに匹敵する。
つまり、もしうたほしが今回の敵に相対するとすれば、それは修羅場をくぐり抜けた鬼軍曹に新兵が特攻していくようなものである。
(そりゃあ…相手が肆階級なら応援要請呼ぶのも納得がいくけどさ…間違えて呼ばれた訳だよわたし?しかもさ、それで荷物持ちだよ?何よそれ?荷物持ちするくらいなんだったらわたし、要らなくない??でもまぁ…“特攻隊長“もちゃんと殺魔師十ヶ条は守っているんだな──。令和の特攻パワハラ隊長じゃなくて良かったよ──)
当然と言えば当然なのだが。
【其の陸・自身より参階級以上の妖魔と戦闘を行うべからず──】
(特攻隊長とはいえ、相手も人の子。鬼じゃあない。どうせ私は荷物持ちだし、メンバーも粒ぞろいだし、特に今回に限っては大した危険も無いだろうね──)
うたほしがそんな、前向きな気持ちを抱いた瞬間。『作戦』という甘美な言葉に期待の眼差しを向ける一同の視線は、次の一言で見事に打ち砕かれるのだった。
「俺たち“戦士“が先陣を切る! こころは後ろから援護しろ!! 以上だ!!」
(……前言撤回。さすがは我らが“特攻隊長”。わかっていらっしゃる──)
「ひぇぇぇぇ……」
後方で泣き崩れる同僚たちを横目に、うたほしはギョッとした目で見下ろした。
(う、うわぁ……かわいそう…)
「おれ…死ぬのかな?相手階級肆だぞ?おれ、9人分の強さだぞ?しかも残虐で有名な雪女だぞ?もう終わりだぁぁぁぁ!!」
「諦めるな!!隊長も居るし大丈夫だ……多分、半分…いや、三割くらいの確率で生き残れるハズだ!!」
(三割…普段だったら結構確率高めに聞こえるけど、命賭けてたらシャレにならない確率だなぁ〜)
「三割…おれ、三回勝負のジャンケンで勝てるのいつも三回目なんだよな…クジで当たり引くのも三回目だし…でも命は1個しかねぇよぉぉぉ!!」
「諦めるな!!まだ希望はある!!!!」
(いや初手確率ゼロやないかい!!!!!)
うたほしが申し訳無さそうな表情で恐る恐る振り返ると、女の隊員の子が悟りを開き出す。
「あぁ──神よ。どうか私の代わんりに、弟の事をお願いいたします──」
(あ、あの子もだいぶやられてるな…。か、かわいそうに。我らが同胞よ、骨は拾ってやるからな──)
グッ!!とガッツポーズをこっそりカマすうたほしを、恨めしそうに三人揃って視線を向ける。
(え、えぇ!?だ、だって隊長直々に正式任命された【職業:荷物持ち】なんだもん。仕方ないじゃん!!)
とはいえ、討伐対象は肆階級の雪女。戦力としては同格の隊長に参階級の魔法使いがいるのだから、下手な事をしなければ生き残れるだろう。
とはいえ、気乗りしない同僚達が涙目で特攻を仕掛けて、雪女につらら針で全身めった刺しにされるシュールな展開が安易に想像出来てしまう。
「そんな光景、出来れば目にしたくないけどなぁ〜。…いや、ワンチャン見てみたいかも…??」
非人道的と言うなかれ。
人間とは、いつも好奇心に逆らえない生き物なのだ。
そんな、うたほしの中で勝手に渦巻く不吉で血も涙もない好奇心が騒ぎ立つと同時に、一人の少女が前へ出る。
「隊長、ひとつよろしいでしょうか?」
そう言って前へ進み出たのは、隣の少女──魔法使いの星波こころだ。
(大丈夫かなあの子?相手は“特攻隊長“らしいけど…?)
「君は……星波こころ、だったな。何の用だ?」
彼女は手書きのメモ用紙を差し出しながら、この特攻隊長に落ち着いた声で一言申す。このイカついコワモテを前にしながら一歩も引かないとは…同じ魔法使いとして鼻が高い。
「差し出がましいのは承知の上です。お時間取ってしまい申し訳ありません…。ですが、この作戦はとても“妙案“とは思えません。雪女は接近戦を苦手としますが、相手の階級は『肆』。隊長もそうですよね?』
「ああ──それがどうした?」
(お?割と上手くいってるのかな…??)
「隊長ならともかく、私たち格下の者では一瞬の油断が命取りになります。…戦闘に携わらないとは言え、中には壱階級の者もいるのですからもう少し安全性を考慮した案を再考した方が良ろしいのではないでしょうか?」
スッ──とうたほしの方を流し見るこころ。
(ご、ごめんなさい…気を使わせてしまったようで…)
ズゥンっ、と杖を握りながら肩を落とすうたほし。気分を紛らわせようと、愛用の杖をにぎにぎとしている。
「少し私なりにアレンジした作戦案です──これならきっと、皆も少しは安心出来るのでは無いでしょうか…?」
メモを見て、それをこころに返す隊長。
それを見ながら、“特攻隊長“は頭の中で思案する。
(実は特攻隊長と言うのは周りの偏見で、意外と人の話を聞く頭脳派タイプなのだろうか──?)
そんなうたほしの考えは、瞬きをする間もなくあっさり裏切られる事となった。
「必要ない。それに、荷物持ちであれば多少離れた所で戦闘に支障は出ないだろう──。そこの魔法使いの安全性を考慮する必要などない──」
隊長もまた、スッ──とうたほしの方を流し見る。
(し、仕方ないじゃない!!そもそも間違えて呼んだのはそっちなんだし!!…というか隊長、結局聞かん坊やないかい!!っていうか荷物持ち!?えぇっ!?今荷物持ちって言ったの聞こえたんだけど!?)
「自分で自分を荷物持ちって言うのはまだいいけど、人に荷物持ちって言われるとなんか腹立つなぁ〜…」
ギョッとした目で遠巻きに不貞腐れるうたほし。
「作戦自体は悪くなさそうだが…今回はあくまで俺たちの補佐をしていればいい。お前たち“魔法使い“は──」
ピクッ、と一瞬。金髪の前髪から覗かせるこころのこめかみが揺れ動く。
しかし呆れんばかりの表情で一息ため息をつくと、目を伏せ、落ちたメモ用紙を拾ってこころは下がる。
「わかりました──。失礼します」
他者の意見を一蹴して、自分を正当化する……。
さすがは我らが“特攻隊長”である。
「ん? これは……」
地面に残っていた一枚を拾い上げる。そこには、こころが入念に下調べしたであろう作戦メモが書かれていた。
「ええと、なになに…?──『雪女』。雪の精霊、あるいは雪山で亡くなった女性が妖魔となった存在。主に豪雪地帯で確認される。旅人を小屋に泊めて暖めたり、迷い人を案内すると言って人気の無いところへ誘い込んだりして命を刈り取る女型の妖魔…。性格は残虐かつ温厚で、迷い込んだ旅人に惚れ込ませ、夫婦の関係にせまる事があり、断ると氷漬けにされるという。それと──今回目撃されたものには……〝熊のような耳“がある??
要点を押さえ、改行や書き方にまで工夫が凝らされている。よほど読み手を意識して書いたのだろうか──。
作戦の資料としても十分に通用するほどだし、この短い時間で調べ上げたと言うのがまた信じ難い程のクオリティだ。
だがしかし──最後の「熊の耳」に中身を全部持っていかれて、それまでの内容が全く頭に入って来なかった──。
「熊の耳のある雪女……何その新種──」
かわいい…というかちょっと気になりすぎて見てみたい──。
そんな、わたしの中に沸き立つ危うい好奇心が…新たな出会いを待ち受けようとしていた──。




