暗闇の中の光
ここはファラント村。
ホーリーストーン王国の片隅にある、小さくて貧しい村。
地図にすらろくに載っていない。
そこに住む人々は皆、「ノール」と呼ばれる。
魔力を持たない、いわば“無能”と呼ばれる存在だ。
アインも、その一人だった。
――少なくとも、二週間前までは。
二週間前、彼は高熱で倒れ、意識を失った。
そして目を覚ました時、彼の中にはもう一つの“魂”が宿っていた。
前世、日本で天才科学者として知られた男――鏡 達夫。
「……ここは……どこだ?」
最初は戸惑いと混乱しかなかった。
目の前で泣き崩れる中年女性。
「アイン! 良かった……生きてて……!」
彼女はアインの母親――ナイナだった。
だが、タツオは彼女を知らない。
彼の記憶に、この温かい手も、涙も、存在しない。
それでも彼は知っていた。
これは、元の「アイン」の人生だ。
自分は、死んだ誰かの身体を借りて生きているに過ぎない。
だからこそ――
「……せめて、この命で何かを残さなければ。」
---
数日が過ぎた。
彼はアインとしての日常に馴染もうと努力した。
粗末な服を着て、水汲みに行き、父親の手伝いをし、子どもたちと遊ぶ。
リュト、フェノ、ナリ。
みんな、ノールの子どもたち。
貧しく、弱く、そして静かに笑う。
だが、そんな日常の中にも、冷たい現実が潜んでいる。
「おい、どけよ。貴族様のお通りだ。」
馬車が通るとき、ノールは道端にひざまずくのが当たり前。
たとえ相手が同い年の子どもでも、魔力を持っていれば立場は天と地ほど違う。
彼らにとって、ノールは人間ですらない。
それが、この世界の常識だった。
---
夜、ろうそくの明かりの下で、アインはひとり思考する。
「……本当に、こんな世界でいいのか?」
父の咳、母の疲れた笑顔。
空腹のまま眠る子どもたち。
そして何より、自分の中にある“知識”。
「オームの法則、エネルギー変換、熱力学……この世界には存在しない概念だ。」
ふと、彼の目に留まったのは、床に転がる“魔石”。
ノールの子どもたちが遊びに使う、価値のない石。
だが彼にはわかる。
あれは、未利用のエネルギー資源だ。
「……もし、魔石の魔力を電気に変換できたら……?」
小さな試作装置を作り、彼は魔石を挟んで電流を流す。
しばらくすると――針が、わずかに揺れた。
「やはり……使える。」
---
年月が流れた。
アインは成長し、少年から青年へと変わっていく。
貴族たちは変わらず傲慢で、ノールは変わらず虐げられる。
だが、彼の心には確かな炎が宿っていた。
「俺は、ここで終わる人間じゃない。
アインとして生きるからには……この世界を変えてみせる。」
高台で彼は一人、古びた歯車を回す。
魔石から生まれるわずかな力が、機械を動かしていた。
小さな変化。
だが、それは確かに――革命の始まりだった。
---
*次回へつづく*
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
今回はアインの新しい生活と、ノールたちの厳しい現実を少しずつ描いてみました。
生まれ変わったタツオ(=アイン)がどのようにこの世界に「革命」を起こしていくのか、今後の展開にご期待ください。
次回からは少しずつ技術の種が芽吹き始めます。
どうぞ、引き続き応援よろしくお願いします!
※物語のイメージをより伝えるため、表紙イラストを用意しました。
↓こちらからご覧ください↓
https://imgur.com/a/mcT2qHD