第十二話
「なんで……!なんでおっさんを置いて逃げてきたんだよ!」
「ごめんなさい、私のせいだわ。……どう詰って貰っても構わない」
激情に刈られたレックスは勇者の胸倉を掴み、批難の言葉を浴びせる。
勇者はレックスと目を合わせることはせず視線を斜め下へと向けながら、そう言った。しかし、それがレックスの癇に障ったのか、レックスは拳を振り上げる。
「お前がッ!」
「レックス、辞めなさい」
振り下ろされる拳を止めたのはクノアだった。その顔にはいつもと同じような無表情が貼り付けられており、どこまでも冷静な立ち振る舞いはレックスの怒りをさらに沸騰させるには充分だった。
「クノアッ!お前ェ!」
腕を無理矢理振り払ったレックスは、クノアを正面から見据える。背負ったロングソードに手を伸ばしながらレックスは言葉を続ける。
「お前、おっさんのことそんなに嫌いだったのかよ!?」
「好きだったに決まっているじゃないッ!!!」
しかし、予想していたものと違った返事が帰ってきたレックスは、どうして良いか分からず手を動かすことができなくなる。
「じゃあ、なんでっ!」
「レックスこそ冷静になりなさいよッ!あの人がどんな気持ちでこの子を逃したと思っているのッ!?この子がどんな気持ちで逃げてきたと思っているのッ!?……これ以上私達を惨めにさせないでよ!」
そう語るクノアの顔は、今までにないほど切羽詰まっていて、見ているだけで苦しくなってくるような必死さがあった。
そんなクノアの顔を見たレックスは自分が何をしようとしていたか理解し、手に込めていた力を抜く。
「だって……勇者だろ!勇者なんだろ……なんでおっさんが……ひぐっ、ひぐっ」
そう泣きじゃくるレックスの姿は、年相応の子供にしか見えなかった。
納得はいかず、しかし、誰かに当たることも許されない。ローランの隣にいなかった自分を赦すこともできない。そんな葛藤が渦巻き、どうすることもできなくなる。
「……ごめんなさい」
謝ることしかしない――否、謝ることしか出来ない勇者の前ではさらに己が幼稚に見えて嫌になる。
そこから誰も言葉を発することなく、数分の時を過ごす。普段涙を見せないレックスが泣いていることが、かえって周りを冷静にさせていた。
「……こ、これ、私がギルドに持って帰ります」
静寂の後、最初に口を開いたのはエマだった。その手は誰が見ても分かるほどに震えており、上には落ちていたマジックバックが乗せられていた。
皆がそのマジックバックに視線を向ける。しかし、誰もエマの言葉に返事を返すことはなかった。
「帰ろう」
それは、誰が放った言葉だっただろうか。その言葉を聞いた瞬間、全員がダンジョンの出口へ向けて歩き出した。
その歩みは、まるでアンデッドかのようで、まるで糸で操られた人形かのようで。
事の顛末を皆に知らせる。その使命の為だけに、歩き続けた。
「皆さんっ!帰ってきたんですね!ローランさんは……」
ギルドにて4人組の帰りを待っていた受付嬢は、レックスの顔を見るなり受付カウンターから身を乗り出す勢いで話す。
しかし、レックスの顔を見て言葉を止める。その顔は苦虫を嚙み潰したようにしかめられており、受付嬢は、ただ黙って入り口を見つめることしかできなかった。
レックスの後ろに勇者が続き、その後ろにクノアが続く。2人とも浮かばない顔をしており、受付嬢の胸中に嫌な予感がつのる。
そして、エマがギルドに入ってきた際、嫌な予感が的中する。暗い顔をしていたエマの手には、ローランが着けていたマジックバックが大事そうに抱えられていた。
「――ぁ」
言葉が出てこない。ギルドの受付嬢という職業柄、見慣れた顔が居なくなることには慣れている筈だった。
なぜそこまで動揺しているのか自分でもわからず、ただただ落ち着かせるために呼吸をすることしかできなかった。
「はあッ、はあッ……」
だんだんと動悸が激しくなり、呼吸が荒くなっていく。体が熱く発熱しており、しかし寒気が止まらない異常事態の中で口を開こうとすると、先にレックスたちが話し始めた。
「……すまん、間に合わなかった」
「私のせいです……私が、逃げたから……」
両者とも悪いことをしたわけではないのに責任を感じているようで、その顔には後悔の色が滲んでいる。
レックスは拳を強く握りしめ、勇者は震える体を止めるためか、右手で左腕を持ち、自身の体を抱きしめていた。皆、思うところはあるのだろう。しかし、それを堪えてなるべく悟られないように、なるべく外へ出さないようにしている。
そんな2人を見た時、受付嬢はハッとする。
(――強いのね。こんなに若い子たちが頑張っているのに……仕事よ!私っ!)
「ごひょ……ふぅ、ご報告ありがとうございます。こちらで処理させていただきますので、皆さんはお疲れでしょうし、お休みください。また後日、追ってご連絡させていただきます」
平静を装って声を出す。が、その声は震えており、周りには受付嬢の動揺が伝わる。
しかし、現場に行きたくても行けなかった辛さは、待つことしかできなかった辛さはレックス達にはよくわかる。そんな辛さを噛み殺して職務を全うしようとした受付嬢に少し尊敬すら覚える。
「あ、あの……これっ!受付嬢さんが……」
エマが差し出したのはボロボロになったマジックバックだった。ローランの形見とも言えるマジックバック。そんなものを渡すほど、エマから受付嬢への信頼は高かった。
「あ……ありがとう。……あれ、なんでだろ、涙が止まらないや……」
受付嬢は貼り付けたような笑顔のまま、涙を流す。それを見たエマの目にも涙が溜まっており、吐き出しきれていなかった悲しみを2人で吐き出す。
「出さないようにしようと、してたのにぃ……。わぁぁぁん!」
「ぐすっ、ひぐっ……」
しんと静まり返ったギルドの中、2人の泣き声だけが響いていた。ローラン・アルバートがこの街に来てから日は浅かったが、彼の普段の立ち振る舞いや行動、なにより実力は、皆の心に残るようなものだったということだろう。
受付嬢とエマがひとしきり泣き終わり、ギルド内に完全な静寂が訪れる。
その時、ギイ、という音がギルド内に響き、同時に入り口の扉が開く。酒場で呑んだくれていた者達はこんなタイミングでギルドへ入ってくる不運な奴の顔を拝もうと、皆一様に入り口を見つめる。
一瞬の緊迫の後、扉の奥から現れたのは……
「あれ、なんかタイミング悪かった?出直したほうがいい?」
「なっ……!」
「おっさん!?」
故人、ローラン・アルバートその人だった。




