第2話:秘策
俺は誰にも話していないが、前世の記憶がうっすらとある。どうもどこかの国の軍人だったようだ。さらに、そこの軍の兵站を担当していたようだっだ。その国は小さい国なのに柄にもなく帝国を名乗り、やめりゃあ良いのにそこいらじゅうの国と戦争をしていた。ほんと迷惑だった。
そして相手を攻撃する武器にばかりお金をかけ、食料や、弾薬、その輸送などの兵站はほとんど顧みられていなかった。ほんと馬鹿じゃないのかと思ったよ。
前世の俺は大変苦労したようだ。兵站が大事だという事を何度も上司に申し入れしたが、全く相手にされなかった。それに軽視されるどころか、馬鹿にされ、嘲られた。お前は戦わないんだから戦士じゃない。だからただ食い物を運んでればいいんだといわれた。ひどいよね,可哀そうな前世の俺。どんだけ苦労させられたんだか。
しまいにはジャングル地帯の戦闘を行うにあたって、奴らは武器弾薬はおろか、食料の補給さえ全く考えてない作戦を計画した。俺たちは、作戦の無謀さを何度も訴えたが全くの無駄だった。こんなんじゃ戦えないし飢え死にすると訴えたが、せせら笑われただけだった。
精神力で何とかしろといわれた。そんな無茶なと呆然としたのものだった。どう考えてもこの作戦は失敗するとしか思われなかった。食料が足りない、水が足りない、武器が足りない、弾薬が足りない。それを補給する方法が全く考えられていない。俺たちは頭を抱えた。こんなのどーしよーもないじゃん。
そうしたら食料が足りなければ牛を一緒に連れて行けばいいと言い出した。俺は心底あきれた。そんなことがうまくいくわけがない。いくら何でもそれは無謀だ、そんなのは作戦ではないと何度も訴えたが、完全に無視された。俺は絶望した。
一応まともな上司も少数いた。その人がこれでは戦えないと訴えたら、精神力が足りないと言われ罷免された。なんで理屈が通じないのか凄く悩んだものだった。悩んで悩んだ結果は、相手が心底馬鹿だから理屈が通じないという、どうしようもない現実に突き当たった。本当、どうしろというのよ。
残ったのは精神力があればなんとかなるという精神馬鹿ばかりとなった。
俺は死を覚悟した。
その後、予想通り補給が途絶え、食料も、弾薬もなくなり、途方もない大敗を喫した。
俺の記憶は、雨が降るジャングルの中、ぬかるんだ道をひたすら逃げ戻る途中で途切れていた。
多分死んだのだろう。可哀そうに。
今から考えても、本当に馬鹿じゃないかと思う。飯を食わなきゃ戦争なんかできっこないじゃないか。矢も槍も武器もなくて、どう戦うつもりなんだ。本当にどうかしていると思う。精神力で何とかしろって、それで何とかなるなら、誰も飢え死にしないよ。ひどい目にあったな前世の俺。
でも、それも今ではいい経験だと思っている。
それらの経験を生かし、兵站を工夫し、充実させて勝ってやる。前世の俺のためにも今回は兵站で勝つんだ。
俺が物思いにふけっていると、リュウがいった。
「しかしハンには驚かされますなあ、冬の戦ときいて、寒さとかどうしたもんかの思いましたが、ちゃんと考えていらしゃったんですね、この服は暖かいですなあ」
「ああ、前から考えていたんだが、冬の戦と聞いて、急いで用意したんだ。うちの領地は羊がいっぱいいるだろう、羊毛で防寒用軍服を作ったらいいかと思ったんだ。暖かいだろう」
「はい、この毛皮の帽子も最高です」
「他にも色々用意あるからな、楽しみにしてくれ」
「こいつは驚きました。まだ何かあるんですね、楽しみです」
この時代には兵站という概念はない。食料は、敵地から略奪など普通のことである。戦地での食料は、良くて干し肉とパンのみである。それで、今まで戦ってたんだから仕方がない。ここなら俺の経験も生かせそうだ。
もともと冬にはあまり戦争をしないのだから、わが軍には冬季装備など無きに等しい状態だった。当然敵にもないだろう。あいつらが今までどうしていたんだか不思議である。下手するとランド王国軍は、かなり大変な状態になってることも考えられる。まあ俺たちにとっては、敵が疲弊してくれているのは好都合なんだが。
俺は、冬季装備を考えた。まず羊毛の産地であることを利用し、羊毛で冬季戦用の軍服を作った。天幕も生地を二重にし、間に空気が入るように薄いタオル生地を入れるようにした。寝るときも、毛皮の敷物を用意し、羊毛の毛布も支給するようにした。
行軍するうえでの最大の問題は、靴が足に合わないことである。靴が合わないと靴ずれになり、最悪深い傷になり歩けなくなる。
前世で俺も散々苦労した。足に靴を合わせるんじゃなく、靴に足を合わせるんだと言われた。そんなこと無理にきまっている。冗談かと思ったが本気だった、勘弁してくれよ。全く馬鹿じゃないかと思うよ。よくそんなで戦ってたもんだと逆に感心するよ。
それで、靴は兵の足の大きさを計り、それに合った靴を用意した。さらに寒さ対策として羊毛の内張をつけた。これはやってみると大した手間ではなかった。そして、それにより行軍速度が上がり、兵の足のケガが格段に減少した。
食事にも気を使った。まずキッチンカーとでもいうべきものを工夫した。荷馬車に、粘土で焼いたカマドをのせたものを作った。カマドの熱が馬車の木の床を焼かないように砂を敷き詰めた。これはカマドの安定にも役立った。
荷車の横の壁は上に開くようにし、煮炊きの時の炊事兵の屋根になるようにした。一つの荷車にカマドを六つおき、六個の大鍋で煮炊きをするようにした。大鍋は一つで10人分のシチューが作れるものを用意した。鍋は天井からつるした鉤につるせるようにした。これ作るのにけっこう苦労したんだよな。
このキッチンカー一つで60人分の食事が作れる。
そのうえ大量の荷馬車を用意し、野菜を含めた食料、薪、松明、敷物、天幕を運んだ。
騎馬隊のほとんどを徒歩にし、その軍馬を運搬用に使ったのだ。これで大量の荷馬車をけん引できた。
「みんな歩かされて、ブーブー文句行ってるでしょうな。」
「その代わり暖かい寝床と、温かい食い物が食えるんだ。みてろよ、そのうち俺に感謝しだすから。」
「そうなるといいんですがね。」
ホント、絶対に文句言ってると思う。誇り高い騎馬兵だかんな。でも飯食えないと戦えないからな。夜寒くて寝れないと辛いからな。今いくら文句言ってもいいけど、後で俺に感謝しろよ。
夕方になった。明日には軍勢が終結する街に到着するだろう。野営をしようと停止した時に、道の前方に、うっすらと軍勢がいるのが見えた。旗を見るとシュバルツ様の軍勢のようである。あいさつにいくか迷ったが、明日には目的の街で集合するんだしと思い、念のため伝令のみを出すにとどめた。
今日はここで野営となった。皆が天幕を張っているときに、当番兵が、キッチンカーで食事を作っていた。地面には雪が積もっており、ここで火をつけるのはかなり難しいと思われた。しかし馬車に乗った乾いた砂のカマドなので、火を起こすのは簡単だった。鍋には、干し肉、たまねぎ、にんじん、ニンニク、豆、羊のミルクが入ったシチューである。大変美味しそうである。他には黒パンと干し肉が支給される。
俺がキッチンンカーでシチューができるのを眺めていると、誰か訪ねてきた。
「なんだうまそうなにおいがしているな、俺にも食わせろ」なんと、シュバルツ様が、エーデル様を伴って現れたのだ。
シュバルツ様は、われら全軍の総司令官である。エーデル様は、20歳くらいの女男爵である。
「これは、わざわざシュバルツ様、エーデル様がご訪問とは恐れ多いことです、私からお伺いすべきところ、申し訳ありませんでした」
「よい、明日には集結するのだ、うさわのキッチンカーというものをを見に来ただけだ」
「ここだけおいしそうなものがあるのはずるいわね」エーデル様が少し怒ったように言った。
「いや、とんでもありません。皆さまにももちろんご馳走します」俺はびっくりしてへどもどしていった。
「これが例のキッチンカーか、よくできている。全軍にほしいな」
「自分だけこんなものつくって、ずるいです」
「いや今回は時間もなく、試しの意味もあり、その、なんというか」
「よいよい、この戦が終わったら、制作を依頼する。これは便利だ、金はもちろん出す。」
「あら、私も出すので、お願いね」エーデル様だ俺にウインクして見せた。こんな美人に頼まれたらほっとけないよ。あ シュバルツ様のも作るけどね。
「わかりました。喜んで制作します」
「うむ、頼んだっぞ」
「お願いね」
そこに兵が、湯気の立った椀を持ってきた。
「どうぞお召し上がりください。」
俺は椀をもって、天幕に誘った。
「よい、ここで食べる」
俺は急いで、椅子とテーブルを用意した。
シュバルツ様と、エーデル様は、しばらく黙って、シチューを食べていた。
「うん、うまかった。戦地でこれほどのものを食べられれば、士気も高くなろう。全軍に導入したい。よろしいか」
「は、全力を尽くします」
「期待しているぞ」
「おいしかったわ、また、来るわね」またウインクされた。
「お待ちしております」
「エーデルにも気に入られたか、これは面白い」
「お戯言を」
そう言って、二人は帰っていった。
「びっくりしましたね」リュウがいった。
「なんか命が縮んだよ、でもキッチンカーが全軍に導入されれば、兵の栄養と士気が高められる。いいことだ」
「そうなりそうですね」
俺たちも食事をしてから、天幕で寝た。暖かかったし、なんか気持ちよく寝られた。
翌日は一日行軍し、目的の街が、遠くにうっすらとみえてきた。
「そろそろ目的の街に着きますが」部隊長の一人のヴィリー・ヤンがひかえめに私に言った。
この男も先代からの家臣で、40代前半の黒髪黒眼の寡黙な大男である。俺が幼少のころに教育係をしてくれた人なので、忠誠心には全く問題なかった。さらに沈着冷静であり、経験も豊富で頼りになる男である。槍の使い手である。そして騎馬の戦いなのだが、粘りある戦いが得意で、守りがうまかった。もちろん攻めも強かった。その場その場に応じた戦いができる男だった。俺にはもったいない男だよ。
もう一人の部隊長クラウス・シュタインは、18歳の赤髪で灰色の瞳をもつ若者である。町の孤児の頭目だったが、そのケンカの強さをみこんで俺が抜擢した。だから俺には絶対服従している。小柄だが力が物凄く力が強く、重い戦斧を軽々と操ることができる。まだ粗削りだが、攻撃となるととてつもない力を発揮する。やんちゃな自信家である。生意気だが、なかなか愛すべき性格をしている。俺は結構この男を気に入っている。
「そうだな、街に入る準備をするか。」