第16話 冬の戦い4
この日は晴天で、寒さは少し和らいでいた。
俺たちは城をでて、城の前に陣を展開した。
全軍に白いユニコーン旗が翻っていた。まず様子を見るために、横陣をしいていた。
敵も同様の横陣で布陣している。
「総員、雪で防壁を作れ」
伝令が俺の陣に駆け込んできて、そう命じた。シュバルツ様がそう命じたのだ。
「なんだって」おれは愕然となった。これはダメだ。
「本陣に行ってくる、一時ここはリュウにまかせる」
「おう、任されたが、どうしたんだ」
「この寒さで、この命令はまずいんだ」そういって、俺は馬に乗り、本陣に駆け付けた。
本陣の天幕にはいり、急いでいった。
「シュバルツ様、これはまずいです、この寒さで、汗をかくと致命的です。命令の撤回を進言します」
「ハン、来ると思ったぞ。これはよく考えてのことだ。お前は、汗をかいた後のどうすればいいか知っているだろう。今すぐ全軍にそれを伝えるのだ。大事な役目だぞ」
「では、これは策ということですか」
「そのとおりだ」シュバルツはにやりと笑った。
「頼んだぞ、この作戦の要はおまえだ。汗を何とかしろ」
俺は本陣を飛び出して、自分の陣に戻った。
「伝令を、各陣に伝える。この書状を各陣に伝えてくれ、その後俺もすべての陣に行き説明する、急いでくれ」
各部隊では、積もった雪で壁を作っていた。これが結構楽しいようで、みんな遊んでるように作業していた。
「なんか雪だるまを作るようで楽しいな」
「なんか、子供に帰ったようだな」
天気もいいので、皆けっこうウキウキと作業していた。
これはまずい。本当に大変なんだ。
急いで俺は各陣地に行き、叫んだ。
「汗かいたら、絶対に着替えること。濡れた衣服はそのままにはしないように、下着の替えはたくさんあるから、なくなったら言ってくれ」
「濡れた衣服はすぐ乾かすように」
「焚火はちゃんとあるか」
「はい、薪がたくさんありますので、盛大に焚いています」
「よろしい、薪も泥炭もたくさんある。火を絶対に絶やさないようにしてくれ」
「手袋も、靴下も濡れないように注意してくれ」
俺は口を酸っぱくして、何度も注意した。汗は凍傷につながる。この作業は危険だが良く分からないが必要なら仕方がない。各陣の焚火もちゃんとも燃えているか、確認し続けた。
ふと敵陣をみると、敵も真似をして雪の防壁を作り出していた。
俺は血の気が引いた。
シュバルツ様はこれを狙っていたのか。遠めに見るだけだが、敵は外套以外の防寒設備はないように見えた。焚火の煙もあまりみえていない。その上運動して汗をかかせる。どうなっても知らないぞ。
その日は他には動きもなく、一日にらみ合いに終始した。
そして、その夜からこの平原に吹雪が襲ったのだ。
俺は吹雪の中、夜もあちこち回って、注意した。
「衣服、靴下は汗で濡れていないか、歩哨は、二時間交代を厳守する」
「歩哨は、手袋、靴下に、唐辛子の粉を入れろ。油もすりこんでおけ。革のマスクを絶対に忘れるな」
「焚火は絶対に絶やすな」
「暖かい食事は足りているか」
どうやら、俺の言いつけは守られているようで、防寒対策は何とかなっているようだった。暖かい食事もいきわたっているようだった。
「今日はひどく寒い、寝る前に、甘酒を配るぞ」北部では馴染みがないが、南部では、米から作った甘酒というものがある。俺もユングから聞いて、作ってみたが、寒い時にはこれが体を温めてくれるのだ。ここぞの時に配ろうと用意していたが、今がその時と思い、すべての兵に配っている。
「甘酒だ、酒ではないが、体が温まるぞ、一人いっぱいずつ配るぞ」
食事係の兵が、各天幕を回り、配った。
「酒じゃないのか」
「うわ、でもおいしいな。体もぽかぽか温まるじゃないか」
「この寒さにこれはうれしいな」
次の日は快晴だった。
という事は、放射冷却現象がこの戦場を襲ったのだ。この冬一番の寒波がこの平原を覆った。
ランド王国軍の兵士は寒さに震えた。
「寒い、寒いなあ」
「手足が真っ白で、全く感覚がない」
「靴が凍って脱げない」
「背中が凍っている」
「なんだか眠いなあ」
「ああ、眠いなあ。寒さも気にならなくなってきた」
朝、兵たちが起きてきて、伸びをしながらあいさつしあった。息が白かった。
「うわー昨日は寒かったなあ」
「ああ、羊毛の毛布二枚掛けで寒かったぞ」
「でも甘酒のおかげで何とか寝られたな」
「飯ができたぞ、温かい野菜スープだぞ」料理兵が天幕をまわって食事を配っていた。
「ありがてえなあ、温かい飯は」
「うまいなこれは」
兵たちが三々五々集まっては朝飯を食べていた。
「シュバルツ様おかしいです、敵に動きがありません」
幕僚の一人が報告した。
「静まり返っています」
「何かの罠じゃろか」アンゲルがいぶかった。
「この状態でどんな罠があるというのだ、私が偵察にでよう」
エーデルが進言した。
「よし、エーデルに偵察を命じる」
「有難く、行ってまいります」
エーデルが30騎従えて、偵察に出た。
敵の天幕まで騎馬で近づいたが、敵の天幕は静まり返っており、全く反応がなかった。
「いくらなんでもこれは変だわ」
「半数下馬、敵情を調べよ、残りは周辺を警戒せよ」
半分は下馬し、徒歩でゆっくりと慎重に、敵天幕に近づいていった。残り半数は騎乗で、敵襲に会ったときに備えていた。
「この雪の柱はなんだ?」
兵の一人が、ところどころにある、雪の柱に気付いて、近づいた。
そして雪の柱に触ったとたん、柱が倒れた。
「これは」兵が驚いた。
雪の柱が倒れ、上の方の雪がはがれた。そこには人間の顔があった。
兵が慌てて雪を払うと、敵兵の姿が現れた。それは完全に凍った人間の姿だった。
「これは、死んでいます。完全に凍っています」
その報告を聞いて、エーデルは言葉を失った。
「この雪の柱は全て凍死した人間か」流石のエーデルでも動揺した。
「警戒をとく、急いで敵天幕を確認せよ」
全ての兵が下馬し、天幕の確認に急いだ。
「現在確認された天幕すべてで、敵兵は凍死していました」
報告した兵の顔色は土気色となっていた。その報告を聞いたすべての兵が動揺した。
「シュバルツ様に報告、確認できる範囲で敵兵ほぼ全員凍死、大規模な救難活動が必要と思われると」
その後ほぼ全軍で敵兵の救難活動にあたったが、敵一万人ほぼすべてが凍死しているのが確認された。十数名息がある者があったが、助けることはできず、間もなく全てが息を引き取った。
つまり一万人が凍死したのだ。