第14話 冬の戦い2
騎士の城をでて、国境を越えた。
何もない平原が広がっているが、時折雪が舞い、周囲は一面の雪景色だった。
俺たちは大量の荷物を抱えて、ゆっくり行軍していった。
「おいおい、本当にこんなところで戦をするのか。きちがい沙汰だぜ」
「冬季用の服着ててもさむいっすよ」
「戦になんなきゃその方が良いだろう、冬季訓練だと思えばいいさ」
これ、冬季訓練でも死傷者がでそうだな。これは無理な作戦だと俺も思うぞ。シュバルツ様は、何考えてこんな行動をとったんだろうか。何か意味あんだろうな、なけりゃやってられんぜ。
「兵に告げよ、汗をかいたら小休止の時に着替えよと。その時焚火をするので濡れた衣服は極力乾かせ」
「足を濡らさないよう気をつけよ、油紙が破損したら、申し出よ、替えはたくさんあるので遠慮は無用だ。唐辛子の粉もたくさんあるからな」
「顔の革マスクは外さないようにしろ、下手すると鼻が落ちるぞ」
「手はなるべくこすって循環を保て」
ひとりでも兵を失いたくない。凍傷もできるだけ減らしたい。できるだけのことはしている。だがこの寒さは予想外だ。極力注意しないと、凍傷者どころか死人がでかねない。
そうこうするうちに、やっと敵のドーバー城に着いた。
城を囲むように天幕をはった。天幕の周囲に、素焼きの皿をおきその上に泥炭を置き、火が起きたら薪をくべて、焚火を作った。
敵もまさか攻められるとは思っていなかったようで、内部があわただしくなっているのがうかがえた。
城から本国に伝令が走るのもみえた。
シュバルツ様は、伝令をわざと見逃していた、なにか考えがあるのだろう。
シュバルツの天幕で、軍議が開かれた。といっても、作戦はきまっており、確認作業のようなものだった。
「前に言ったように、明日から城の周囲を囲む。その後、例の機械で城門を攻める。よいか」
「ははあ」
「では配置に着け」
シュバルツは、ハンスの機械に興味津々で、とにかくやってみろといった。失敗してもこちらに損害がないだろうから、やってみろと。
まあ、やってみますけどね、本当に役に立つとは思わないで下さいよ。攻城塔でもなく、破城槌でもなく、投石器でもなく、石弓でもない、みたこともないとんでもない機械なんですからね。ハンスは絶対大丈夫、城門なんて一撃ですとか言ってるけど、屋敷燃やした奴の言う事だからなあ。心配でしかたないよ。
翌日の朝、俺たちは配置に着いた。
その日は吹雪いていた。その雪に紛れて、俺たちは、白い布に覆われたその機械を、城門前までゆっくり運んでいった。城からは矢を射てきたが、この吹雪では狙いも定まらず、かつ風に流されて、全く脅威にならなかった。
城門前に着いた。その機械の先端を城門に密着させた。機械の後部にあるバネを縮めた状態で地面に固定し、機械の先端を城門に押し付けるようにした後、布を外し、俺たちは後退した。
出発前
「ハンス君、これはいったい何だね?」俺は異形の機械の前で、ハンスを質した。
「ドリルカーです。これで城門を破壊します」
「どういうものか説明してくれるかね」
「喜んで。本体は破城槌と同じくらいの丸太です。その先端に円錐状の鉄塊が装着されています。その円錐は螺旋状に溝が掘っておりドリルになっています。そのドリルのついた丸太が車台の上の二つの軸受けに嵌っています。軸受け部分は鉄でできており、それに対応するドリルの丸太側も鉄で覆っています。そこには油が塗られ、潤滑剤とされています。そして、丸太の中央には巨大な石でできたはずみ車が装着されています。ドリルを回す力は、巨大な弓の上半分が四基車台に装着されていて、これが担当します。この弓の先端に丈夫な紐がつながれており、それが丸太につながっています。弓を撓めながら、ドリルを回し、紐を巻き付けていきす。極限まで撓めたのち、楔でドリルを固定します。その楔をぬくと、弓が伸びることで紐を引っ張りドリルが回転し、城門を破壊します」
「テストはしたのか」
「いえ、ぶっつけ本番です」とても澄んだキラキラした瞳でいいかえされた。
だめだこれは。ハンスは頭はいいんだろうが、精神に何か根本的な欠落があるような気がする。
しかたない、まあダメでも損害はないであろう。やってみるか。なんかハンスに毒されているような気がするな。気をつけなければ。
俺たちは、白い布をかけたドリルカーを、城門前まで押していった。ドリルカーを敵城門も前に配置し、俺たちは楔を抜く兵を残し撤退した。
「くさびを抜くぞ」
白い布を被って偽装した兵が機械から遠く離れたところに隠れ、紐を引っ張って 楔がぬかれた。
ドリルは、はじめはゆっくり回転していたが、徐々に回転が増し、最後は物凄いスピードで回転していった。
そのドリルは城門に突き刺さり、あっという間に深く貫いていった。城門には穴が開き、その奥の閂も簡単に破壊した。
「やったぞ」あちこちで歓声が上がった。
しかし、そこでドリルの強大なトルクに負けて、横に伸ばしたアウトリガーが折れた。
そのため支えを失った台車が横転して地面に激突し、バラバラに壊れた。
ドリルは軸受けから外れて自由になり、城門に刺さった部分を支点として、上下左右に暴れまわった。その力を支えきれず、城門の左の扉がはじけ飛んだ。
それによりドリルはさらに自由を得て、地面に大きくバウンドしたと思ったら、上空に高く舞い上がった。そして城門の上の木造の櫓をぶち壊しながら、城内に落下していった。
城内から悲鳴があがった。
「うわー、なんだこれは」
「逃げろ、逃げろ」
「助けてくれー」
「ぎゃー」
「なんだこれは、悪魔の兵器か」
「痛い、痛い」
「死ぬ―」
俺たちはなすすべもなくボー然としてそれを見ていた。
城の中からは次々と悲鳴が聞こえ、なおかつゴロンゴロン、ガツンガツン、という何かが転がるような、ぶつかるような鈍い音が響いていた。
「中で何が起こっているかは、だいたい想像がつきますが」
「考えたくないが、とんでもなく悲惨なことになってるぞ」
「最初は良かったんですがねえ、強度が足りませんでしたねえ。次はなんとかしませんと」
ハンスがウンウンうなずきながら言った。
「次はないぞ、今回は運よくあれが敵に向かったが、こっちに来ることもあり得たんだぞ。そうしたらどんだけ大変なことになっていたか、少しは反省しろ」
俺はハンスを殴った。
「いたい」
「うるさい」
その時ドカンという音がして、残った右の城門の扉が吹き飛んだ。
もはやはずみ車のみとなったドリルが、城門を破壊してこっちに転がってきた。
「うわあ」
「こっちに来るぞ」
「気をつけろ」
全員蒼白となって身構えた。
しかし、流石に力を使いつくしたようで、数メートル転がってから、動かなくなった後ゴロンと倒れ、停止した。その石には、あちこちに赤黒い染みがあった。
それがなんであるかはそこにいた全員が分かっていた。
あちこちからため息が漏れた。