表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/67

第一話:発端


周辺は、見渡す限りの草原だ。雲一つない青い空の下、緑の草原がどこまでも広がっていた。

しかし、今は冬のため、草原特有の青臭いにおいはしない、深呼吸しても冷たい空気が肺に入ってくるだけだった。晴れていて陽光は降り注いでいるがあまり暖かさは感じられなかった。


俺は風の冷たさに眉をしかめた。それから前後を進む騎馬隊に目を配った。特に問題があるようには見えなかったが、この俺の率いる二百五十騎の騎馬隊は、ブルク王国の北部東方国境に向かっているところである。


周辺は見わたす限り雪原であった。そこに、そこだけ色の違う茶色の道がどこまでも続いていた。そこを騎馬隊が進んでいた。


軍勢はブルク王国の北部部隊を率いるシュバルツ侯爵率いる約三千人の部隊である。それに俺たちも属している。それがこのくそ寒い冬の時期にさらに北部に向かっているのだ。


何だそりゃと思うだろうが、そうなってるんだから仕方がない。この時代、冬に戦争なんかしない。というか普通はできない。その普通でないことを俺たちはやっている。


隣にいる俺の副官のパウル・リュウが聞いてきた。

「ランド王国も、あの城は簡単に落とせない事は知ってるはずですが」

「なにとち狂ってせめてきたんだろう。秋から攻めて、冬前にはなんとかなると思ったのかもしれないな、でもそりゃ、どう考えても無理な話だな」

「冬になったら退散すると思ってたんですがね。面倒なことです」

リュウの言葉に、俺はわずかに笑った。


「まあ、あちらさんにも何か知らない事情があるかもしれないし、もしかしたらあくどい計略が有るのかもしれないしな」

「計略があるとまずいですね。だから、俺たちがこうして出張ってきているってことですか」

「まあ、そういうことだ」


俺はそう言ってうなずいた。しかしこんな真冬にどんな策があるのか、どう考えても思いつかなかった。俺たちが計略で引っ張り出されたという事も考えたが、たとえ俺たちが負けても、あの城がある限り占領なんてできない、その後の展望がない。やはり意味がない。馬鹿みたいに意地になっているとしか思えない。しかし、もしもということはあるからな。出動は仕方ないだろう。


俺たちのブルク王国とランド王国との境目の城は、「騎士の城」といわれ、小さいが物凄く硬い城で有名なのだった。草木が一本もない荒れた小高い丘の上に、垂直な石の壁が同心円状に二重に築かれ、多くの防御塔もあり、死角は全くないのだった。


丘の頂上部全体を利用して城が築かれており、攻城兵器を据える足場もない。


攻める兵も、ずるずる滑る砂利の斜面をようやっと上っても、まっすぐ立てる場所もなく、すぐ目の前に見上げるような城壁がそびえている。どうやって攻めろというのだ。死にに行くようなものだ。


その城を、ランド王国軍がもう3か月も攻め続けている。狂気の沙汰だ。どういう意図があるのか、全く読めない。


その城に籠城しているのは忠誠心の高い王都軍五百人で、それが交代で駐屯している。さらに地下の岩盤をくりぬいた広大な倉庫には5年分もの食料も備蓄している。また、内堀を兼ねた貯水槽の水量は膨大であり、食料も水も大量にある上での硬い城の籠城戦は、敵にとっては覚めない悪夢でしかない。


だから、秋に敵がこの城に攻め入ってきたときは、誰も信じなかった。伝令が来て、それが本当と分かった後も、大したことなかろうと思われていたが、念のため一応監視の部隊は配置されていた。


最悪雪が降れば、いくらなんでも退却するだろうと思われていたのだ。しかし、雪が降っても、気温が下がっても、なぜか退却しなかった。そのため我々を含む北部軍が解囲軍として出動となったわけである。


この時代は、ヨーロッパ中世前期といったところで、兵器は弓と槍と剣が主体となっている。我々のブルク王国はアークハルト大陸東部に南北に長い国土をもっている。その王国北部の東に低い山脈があり、それをさらに東に行ったところに大きな半島がある。そこにいまは敵国となっているランド王国がある。


俺は王国北西部にある領民3万人くらいの領地をもつヨハン・ハンという。いちおう貴族で、子爵である。当年とって25歳。領国は北部にあるため小麦などはあまりとれないが、牧畜による羊毛と、乳製品の販売と、馬の生産で日々の糧を得ている。豊かではないが、それなりに領民の暮らしはなりたっていると思っている。


昨年父が病で身罷り、その後を俺が継いだばかりである。長い病の末の死であり、それなりに悲しいが、覚悟していたことではあり、また息子は俺一人であった事もあって、後を継ぐのに、特に混乱はなかった。おれは後を継ぐ覚悟をしていたつもりだったが、実際領主となってみると、そのやることの多さに呆然となったものだ。その矢先に出兵となったので、領内のことは後回しとなっている。帰った後が大変だ。


帰れたらだけれどね。


この国にハンという姓は珍しいが、それは俺の先祖が西のキタイ平原に多く住んでいる騎馬民族だからである。


俺のひい爺さんの時代にブルク王国に帰化した。実は帰化した後も、キタイとはつながりがあり、あちらが食料不足で困っているときはこっそり穀物を融通してやったり、羊や、羊毛、乳製品のやり取りをしたりしている。


さらにキタイの民が、遊牧のため国境線を超えてきてもしらんぷりしている。実はこっちも必要ならあちら側に越境したりもしているので、おあいこなのだ。


こんなだからキタイの方も、俺たちのことは、半分仲間だと思っているようで、西の国境線ではあまりもめ事にならない。それで東に戦力を割くことができる。もっとも今回は全力出撃ではなく、せいぜい半分くらいだが。


キタイ出身のため、俺は黒い髪に黒い瞳を持っている。王国の中央から北部の民は金髪碧眼が多いため少し目立っている。しかしこの王国では南部では各種民族が入りまじり、髪の色も、肌の色も様々の物がも混在しているため、民族差別はあまりないのだった。


別に王都に行ったとしても、多少珍しがられるが、差別されたり、嫌がられたりは全くない。そんな訳で俺たちはそれなりに楽しく暮らす事ができている。


というか、元々この国では、能力があれば、民族なんてどうでもいいという実際的な風潮があり、俺の祖先も馬術の腕を買われて貴族にまでなっているくらいなので、まあそういうことだ。


隣にいるリュウが俺に言った。

「若が、屈強な騎士団をもっているので、きっと頼りにされてますよ」

「若はやめてくれよ、昔からのハンでいい。父上なら頼られるだろうが、若造の俺では、どこまで信頼されているか」

「じゃあハン、ここで手柄をあげれば、名も挙がりますよ」

「騎士団が屈強なのは確かだからな、頑張って手柄をたててみるよ」

「その意気ですって。我々も力の限り戦いますから」

「頼んだよ、ホントに」ホントにホントに頼んだよ。君たちが頼りなんだから、本当に。


ペーター・リュウは、私より5歳年上で、子供のころから一緒に剣術を習ったり、勉学をしたりした兄のような存在なのだ。俺と同じ黒髪黒眼で、背が高く、屈強な体をもっている。剣術も馬術もうまく、そのうえ思慮深く、何かと頼りになる男である。さらに気が良く、渋い男前ときている。


単に貴族に生まれたというだけで、こんないいやつの上役となっているなんて情けない限りで、落ち込んでしまうが、こればかりはしかたない。何とか良い上司になろうと頑張らないと。ガンバラないとな。


リュウは俺の副官だが、他に士官として、百騎をまとめる騎馬隊長が二人いる。ヴィリー・ヤンとクラウス・シュタインである。


そして、軍人なのだが、帳簿仕事ができるものを抜擢し、主計担当としたジロー・キムがいる。このへんが俺の幕僚かな。これで、今回の戦いをなんとかしてみるつもりでいる。なんとかするさ、なんかとしないとな。


それというのも、今回俺には秘策があったからだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ