バッドエンド作家が自作に転送されてしまったら
『こうして、ショウはこの世界を1人彷徨う事となった。永遠に……』
「ふぅ……。書き終えた」
俺は、出来上がったばかりの小説を前に、一息ついた。
「お兄ちゃん。またバッドエンドにしちゃったの?」
背後から声がして振り返ると、年の離れたユイナがタブレットの画面を覗き込んでいってきた。
「ユイナだって、ハッピーエンドの話ばかりで、つまんないって言ってたじゃないか」
「そうだけど……。お兄ちゃんの作品、バッドエンドばっかりだもん」
俺は、趣味で小説を書き、出来上がるとネットにアップしていた。
そして、最近はユイナの言う通り、専らバッドエンドの作品を手掛けてばかりいた。
ユイナの『ハッピーエンドの話ばかり』という言葉がきっかけでバッドエンドを書くようになったのだが、シスコンと言われるのが嫌だから黙っておこう。
「ま、いいや。また今度読んどくね」
ユイナはそう言って、タブレットを渡してきた。
「俺はナイーブなんだから、批判は程ほどにしてくれよな」
俺は、軽く笑いながら、タブレットを受け取った。
と、次の瞬間、タブレットの画面が眩しいくらいに光った。
◇◆◇ ◇◆◇
「なんだったんだ?なぁ、ユイナ」
目を開けると、いや開けなくても、風や草の匂いで、ここがさっきまでの部屋の中じゃない事はすぐに分かった。
「夢でも見てるのかな?ユイナ」
草原にいる自分の事を理解できず、ユイナに話しかけるが返事がない。
振り向くと、ユイナどころか誰もおらず、俺は独り言を言っていたようだ。
「おーい。ショウ」
聞き慣れた名前を呼ばれた。
さっき書き上げた小説の主人公の名前だ。
振り向くと、道から俺に向かって呼んでいるヤツがいた。
槍を持っているところから、シュナイダーと名づけたキャラだと思う。
「ショウ、どうした?そんな所で。街にでも行こうぜ」
とりあえず俺は、シュナイダーという男と一緒に街に向かう事にした。
日は少し傾いていた。
「どうしたんだよ。ボーッとして。魔王を倒しに行くのが怖くなったか?」
街の酒場で飲んでいると、シュナイダーが話しかけてきた。
◇◆◇ ◇◆◇
そうだ。
俺の小説では、主人公ショウは、現実世界から転送されて、魔王を倒しに行く設定になっている。
だが、倒しに行くのを渋っていた所へ、魔王自ら乗り込んできたのだった。
からくも、魔王を倒したショウだったが、国はメチャクチャ。
仲間も全滅。
そして、転送装置の水晶玉も戦いの最中で、砕けてしまっていたのだった。
◇◆◇ ◇◆◇
「おい!シュナイダー!今日はいつだ?」
(くそっ!日付を適当に設定していたから、いつ魔王が攻めてくるか、分からねぇ)
シュナイダーがポカーンとしている。
分かっている。
俺の聞き方がおかしいんだ。
「なぁ、ショウ。もうすぐ決戦だ。テンパるのも分かるが、明日にはショウの新しい剣も完成する。いっちょ、やってやろうぜ!」
「新しい剣!?」
「炎龍を倒して、その牙を素材にして作っている剣だよ。お前のバスターソードは炎龍との戦いで折れちまったからな」
(そうか。今は炎龍を倒したタイミングか。終わりは近いが、まだ時間はある。しかし、バスターソードって折れたっけな?)
「シュナイダー。明日、剣を手に入れたら、そのまま魔王城へ向かわないか?もちろん、リオにも話して」
「どうした?この前の王城会議で、王の間で迎え討つって事になっただろ?」
「どうも嫌な予感がするんだ」
(ホントは、王の間にある水晶玉が砕けるのを知ってるからなんだが)
「という事で、今からリオの所へ行こう」
「今からって、もう夜だぜ?いくら同じ仲間とは言え、女性の部屋に入るのはちょっと、な」
(あ、シュナイダーはリオに片想い中っていう設定だったな)
「そうだな。リオには明日伝えよう。それで、リオの準備が出来次第、出発にしよう」
「お、おぅ。いいけど、何か人が変わったような感じだな」
「ん?」
「この前までは、『罠があるかもしれない』とか言って、なかなか出発しようとしなかったのに、今は即決だもんな」
(確かに中身は入れ替わった。ここからは、俺がこの話の主人公だ)
◇◆◇ ◇◆◇
翌朝、俺は目を覚ました。
「やっぱ、夢じゃないか」
そうポツリと呟いた。
一縷の望みをかけて、寝てみたが、起きた所は宿屋のベッドの上だった。
「まぁ、仕方ない。魔王を倒して、水晶玉で戻るしかないか」
(ん?魔王を倒さなくても、こっそり転送装置を起動させて還れないか?)
ふといかがわしい考えがよぎったが、神官クラスの能力がないと、起動しない設定にした事を思い出して諦めた。
危うく、腰抜けと呼ばれる所だった。
事実、そうなんだが。
そんな事をしている間に、シュナイダーが呼びに来た。
「おはようさん」
「おはよ。武器屋ってもうやってるかな?」
「いや、まだ早いだろうな。先にリオと合流しようか」
シュナイダーからそんな返答がきたので、リオを迎えに行く事になった。
リオの家を知らない俺は、シュナイダーの後をついて行く事にした。
(魔王城かぁ。中身複雑そうだな……)
そんな事を考えていたら、シュナイダーがドアの前で固まっていた。
(ここがリオの家か。それよりシュナイダーの設定、純情過ぎないか?)
「ノックするぞ?」
「あぁ、してくれ」
俺は、緊張しているシュナイダーを適当にあしらった。
コンコンコン。
「はーい」
中から女性の声が聞こえた。
「あら。ショウにシュナイダー。朝早くからどうしたの?」
ドギマギしているシュナイダーを他所に、今から魔王城に乗り込もうと俺が伝えた。
「やっと行く気になったのね。私は準備できてるよ。ちょっと待ってね」
リオは、一度家の中に戻るとすぐ出てきた。
ザ・魔法使いといった格好になっていた。
(そういえば、魔法使いの設定だったなぁ)
「2人とも準備は、それでオッケーか?」
こうして、3人になった俺たちは、俺の武器を受け取るため、武器屋に向かった。
◇◆◇ ◇◆◇
俺たちが武器屋に着いた頃には、武器屋はちょうど開店しようとしているところだった。
「やぁ、店主。武器はできてるかな?」
「おぉ、お前さんか。炎龍の牙の武器だろ?できてるよ」
店主はそう言うと、一度店の中に入り、ガサゴソしてから出てきた。
「大きさは、前のバスターソードと同じくらいにしといたから、使い勝手はいいと思うぜ」
「ありがとう」
俺は、その剣を受け取って、一振りしてみた。
「フン!」
少し焦げ臭く、熱風も感じた。
「ソイツは、炎属性が付与されていてな。力を込めれば焼き切る事もできるかもな」
店主が満足そうに言った。
「んじゃ、これはファイアソードだな」
(シュナイダーが名付け親か)
そんな事を思いながら、俺はシュナイダーに話を振った。
「シュナイダー、お前はその槍のままでいいのか?」
「俺は、このままでいい。一番慣れ親しんだ物がいいのさ」
「見て!」
俺とシュナイダーが話していると、リオが叫んだ。
リオを見ると、空を指差していた。
その先には、飛龍の軍勢があった。
「あれは、闇の竜騎士団。あそこには魔王がいる可能性が高い!」
「先を越された!王城へ向かうぞ!」
シュナイダーが言うのを聞き、俺は叫んだ。
◇◆◇ ◇◆◇
闇の竜騎士たちは、直接、王の間を狙ったようで、城自体は大して壊れていなかった。
俺たちは、階段を駆け上がり、王の間に飛び出した。
すでに近衛兵たちは、倒されており、王様であろう人物と神官っぽいのが4人程立っているだけだった。
転送装置は無事なようだ。
「ハァハァ。貴様が魔王か?」
俺がそう問うと、魔王は仮面を外した。
魔王の顔は、俺そっくりだった。
「誰だっ!?」
「俺はお前だよ。少し前に転送されたお前だ」
ヤツが言うには、以前に魔王を倒したが、水晶玉は小説通り砕けてしまった。
ぼう然としていると、いきなり光に包まれて、気がつくと魔王城の玉座に座っていたという。
(ヤツの言う事が正しければ、バッドエンドを迎えた途端、次の俺が転送される事になる。そして、俺は魔王側に……)
「シュナイダー、リオ。コイツは俺が引き受けた。竜騎士を頼む!」
「分かった!」
「気をつけてね」
「あぁ」
◇◆◇ ◇◆◇
俺と魔王は、何合も打ち合った。
「俺には、ユイナが待っているんだ!」
「俺にだって、ユイナはまだ待ってるはずだ!」
ギィィーン!
魔王のバスターソードが折れて、俺のファイアソードが魔王の身体に深く斬り込んだ。
「ぐぉぉ」
魔王が低く唸った。
「炎龍を倒しておいて助かったな」
俺はそう言うと、ファイアソードに力を込めて、炎を解き放った。
ボゥワッ!
魔王の身体は、炎に包まれた。
「ぐぁぁ!なんだ、この武器は!?」
「ファイアソードさ。お前の時は、作らなかったようだがな」
「ゴフッ!だが、せめてバッドエンドにはしてやるぜ!!」
言うが早いか、魔王は折れたバスターソードを水晶玉目掛けて投げた。
「いけない!『疾走!』」
リオは加速する魔法を使い、水晶玉の前に移動した。
ザクッ!
魔王が投げたバスターソードは、リオの胸に突き刺さった。
「リオ!」
シュナイダーが、すぐさま駆け寄った。
「神官たちよ。早く回復の魔法を!」
シュナイダーがその場にいた4人の神官たちに頼み込んだ。
「きっさまぁぁ!」
俺は魔王に向き直り、即座に魔王の首をはねた。
それを見た残りの竜騎士は撤退を開始した。
その後、俺もリオの元へ駆け寄った。
「なんで!盾になるような事をしたんだ!?」
「だって、ショウは元の世界に帰りたいんでしょ?」
「だからって……」
「私なら大丈夫。キズも深くなさそうだし」
そう言って、シュナイダーの肩を借りながら、立ち上がろうとした。
だが、やはりダメージが大きいのであろう。
足元がふらついている。
「お前に死なれちゃ、それはそれでバッドエンドだ。神官たちよ、何としても回復させてくれ」
「はい。全力を尽くします」
◇◆◇ ◇◆◇
それから、2日間。
回復魔法と縫合などの医学との連携で、リオは峠を越えた。
その間、魔族の侵攻はなかった。
向こうもリーダーを倒されて、それどころじゃないのだろう。
「もう大丈夫そうだな」
俺はリオに声をかけた。
「うん。この通り!」
リオは軽く動いてみせた。
「もう行くのか?」
「あぁ、在るべき場所に帰るだけさ」
俺はシュナイダーと軽く言葉を交わして、王の間へと向かった。
「本当に行ってしまうのか。心配になるなぁ」
王様は、気弱な言葉を発した。
「シュナイダーたちがいれば、大概の事は上手くいきますよ」
王様は渋々引き下がった。
そして、神官たちが転送装置に魔力を流し込み始めた。
「シュナイダーもリオも元気でな」
最後にそう言うと、俺は転送されていった。
◇◆◇ ◇◆◇
眩しい光の中、目を開けると、俺はベッドに腰掛けていた。
俺の部屋だ。
戻って来れたんだ。
喜びながら、周囲を見渡していると、ユイナが俺のタブレットを見ていた。
「お兄ちゃん、バッドエンドじゃないじゃん。でも、最後に『また光に包まれる』って事は続編でもあるの?」
「えっ!?ウソだろ……」
こうして、またタブレットは、まばゆい光を放ち始めたのだった。