11 花
男性はフールイに住む商人。
もともとどっかの田舎で生まれ育ってきたが、過疎化と賃金の不足によりフールイに来たんだとか。
フールイ周辺にはたくさんの植物や果実、動物も存在していて資源が蓄えられている。この男性はその資源を集めて毎週商売をしているらしい。
今日もいつも通りに資源を採取していたら、不注意により3,4mほどの高さの崖から落下してしまったそうだ。
頭の保護には成功したため致命傷ではなかった。しかし、足に深い傷を負ってしまった。
商人にとって足というのは客と同じくらい大切らしい。
今、彼は立とうとすると、足に多大な負荷がかかってしまい動かすのがほぼ不可能なようだ。
幸い右足だけけがをしており、左足なら動かすことは可能だ。
しかし左足だけで荷物を抱えたまま険しい道を進むのは不可能と言っていいだろう。
「これは完全に俺の不注意なんだが…頼む!!花を集めてくれ!!」
男性は両手を合わせて頭を下げた。
自分よりも年上っぽい人にこんな涙ながらにお願いされるのは初めてだ。
「まあ、別にいいが…。集めるのはこの花か?」
「いや、その花は集め終わったんだ。その…集めてほしいのはこれだ。」
そういって男性は紙を渡してきた。
俺とエイキは紙を見つめる。
そこには大きく花のイラストが描かれていた。
紫色を主体とした花だ。見た目はツツジっぽい。
集合になっているわけではなく、一本ずつ生えているらしい。
このイラストが原寸大なら、30㎝もなさそうだ。
「何だこの花。奇妙な色をしてるな。」
「あれ?この花って『テリア』だよね?僕これ知ってるよ!」
エイキは描いてある花を指さした。
「ああ、そうなのか。テリアはこの地域の川沿いに生えていてな。それを取ってきてほしいんだ。」
「ん?あれでもテリアってさ――。」
「そうだ…。その兄ちゃんは知らないだろうから言っとく。テリアは非常に珍しい花だ。正直、この長い川沿いに2,3本くらいしかないだろう。」
「え、そうなの!?ど、どうしよう…。もしかしたら何時間もかかっちゃうかも…。」
エイキは小さく言った。
俺はこの男性と時間、どっちを優先するか考えた。
(この人の要求に何時間使うのもなー。ただ、スルーしたらこの人もかわいそうだよな。うーん…。自分を優先するか、人を優先するか…。そもそもこの人を助けて俺にメリットはあるのか?人助けに得が欲しいと考えてるわけではないが、こっちにも事情がある。夜までにフールイに向かわないといけないんだ。いや、でも…。)
「別にいいけど、仮に花を集めたらあんたはどうするんだ?その足でフールイに向かえるのか?」
「俺は、この傷薬で足を回復させるさ…。だいぶ時間はかかるけどな。」
こんなひどい傷も治せるのか。この世界の傷薬は万能だ。
この人が動けるようになるなら…。
「そうか。俺たちが探し終わった頃には歩けそうか?」
「まあ、大丈夫だろう。もちろん時間にもよるが…。そうだな、1時間もあればまともに歩けるだろう。」
「わかった。なら探してくるから、その間に足を直しておけ。」
「わ、わかった!!ありがとう!!」
また男性は深々と頭を下げた。
さすがにこんな風に頼まれたら断ることなんてできない。
「それじゃ、探してくるから待っててねー!」
エイキは男性に手を振って歩き出した。
男性も座りながら手を振った。
「さて、どっちに行こうか。中途半端な場所だから川下も川上も探す必要があるんだよな。」
「そうだね…。二手に分かれて探す?その方が効率よさそうだし。僕が左に行くから、カイトは右に行くってことね。」
「二手に分かれて探すって、確かに効率はいいが…。お互いの状況を知らないから無駄に探すんじゃないか?」
例えば片方がすぐに見つけたとしても、もう片方がずっと探してしまうんじゃないかってことだ。
相手が探し終わったなんてこっちは知らないんだから。
電話みたいなのがあれば話は変わるけど、そんなものはこの世界になさそうだ。
「あ、そっか!ならカイト!これ使って!これを耳につけると…僕と通信することができるんだ!」
エイキはポケットから何かを取り出した。
見た感じ、イヤリングっぽい。ひし形のアクリル板っぽいのがくっついている。
これで通信?マイクやスピーカーみたいなのは一切見られないな。
「これは…?」
「これはね、『ティーリング』って言ってね、僕のティーリングのひし形の模型を押すと…カイトのティーリングが振動してるでしょ?」
「ああ。」
「この振動してるときに、カイトのティーリングのひし形の模型を押すと、聞こえる?」
その時、俺のティーリングからエイキの声が聞こえた。
これは、この世界の電話なのか。
さっき電話みたいなのがあれば…みたいに思っていたがこんな早く存在を知るとは。
「切るときはもう一度ひし形を押してね。たまーに聞こえにくいからって耳に近づけようと触ったときに切れちゃうから注意してね!」
「わかった。これってほかの人と話すことはできないのか?」
「えっと、ティーリングはお互いのひし形を合わせれば情報を交換できるの!あとは頭の中で相手を思い浮かべてひし形を押せば…。」
「相手のティーリングが振動するってことか。まるで電話だな。いや、電話より性能がいいかもしれないな。」
「…電話?それって何?」
「ん?こんな感じに通信するやつだ。あんま考えなくていい。」
この世界に電話という言葉は存在しないのか。
だから「電話をする」ではなく「通信する」って言葉になっている。
会話の時に違和感を感じたのはこれか。
「ティーリングは耳につけるのが少し難しくてね…。ピアスみたいに耳たぶを貫通できたら早いけど…それは怖いよね。だからちょっと面倒だけど魔力でくっつけるしかないの。…よし!できたよ!」
「思ったより軽いな。歩いても揺れないから邪魔に感じないし。」
あまり付いている感じがしなくて、落ちてるんじゃないか不安にもなる。
てか、不意にこれが振動するとかびっくりするな。マナーモードとかはなさそうだし、寝てるときにも振動したりするのだろうか。
「僕は左に行くから、カイトは右お願いね!もし見つかったら連絡してね!」
「おう。それじゃ早く見つけてフールイに行くか。」
俺たちは分かれてそれぞれ真っすぐ進んだ。
約5分が経った。
俺はどういう気持ちになればいいのだろうか。
右手には男性がくれた紙がある。エイキはテリアを知っているから、ということで俺に紙をくれた。
その紙に描いてあるのはテリアという珍しい花。
紫色のツツジみたいな、今俺の目の前にある花だ。
「なるほどな…。そういう展開か。周りに罠でもあるのか?それとも誰かが来て、これを盗むのか?」
こんな早く終わるわけがない。きっと何かイベントが起きる。
謎に疑心暗鬼になる。
目の前に花があるのに、手を伸ばすのを躊躇う。
ただ、周りを見ても誰もいない。人も魔物も動物も。
こっから誰かが来て妨害するなどはなさそうだ。
それに地雷とか罠もなさそうだ。
だが、手に触れた瞬間こいつが化け物に変わる、という可能性もある。
「いや、そんなこと考えたら日が暮れる。さっさと採って帰るか。」
優しく根元を触った。その瞬間、砂をすくうように簡単に手に入った。
あまりにも簡単に採れたため、一瞬レプリカかと思った。
しかし、花びらの触り心地的に本物だろう。それに花特有の独特な匂いもする。
俺は耳についているティーリングを押した。少し経ったら雑音とともに誰かの声が聞こえてきた。
「俺だ、カイトだ。テリアらしきものを発見した。だから戻ってきていいぞ。」
「……。」
「エイキ?」
「誰だい君は。聞いたことない声だね。僕の知り合いにカイトなんて名前の人はいないよ。きっと君は人違いをしているね。大丈夫さ。人は生まれた時から完璧なんかじゃない。君もそうだ。もちろん僕だってミスをする。最初僕はミスというものを恐れるあまり行動しなかった。だけど――。」
「すまない。間違えたから切る。」
俺はひし形を押した。
多分エイキのことを頭で思い浮かべるのを忘れていたから、知らない人につながったのだろう。
それにしても面倒な人につながった。聞いてもいないことをべらべら喋り出して、会話のキャッチボールを知らないのだろうか。
今度こそエイキを思い浮かべてひし形を押した。
すぐにつながってエイキの声がした。成功だ。
「俺だ、カイトだ。テリアらしきものを発見した。だから戻ってきていいぞ。」
「ほ、ほんと!?ずいぶん早いね。それちゃんと紫色?」
「ああ。形も色もこれに描いてある絵にそっくりだ。きっとテリアだろう。」
こんなに似てて別のものだったら、デザインしたやつを解雇させたい。
俺の喜びを台無しにする罪は重いぞ。
「そっか!ならさっきの場所に集合ね!」
すぐに通信は切れた。
俺はこのテリア探しは最低でも1時間はかかると思っていた。
それなのにこんな早く終わってしまうとは。
やはりこれが違う植物なんじゃないかと思ってしまう。たまたま2,3本というのが近くにあっただけだろう、と考えて俺は戻り始めた。
「あ、カイト!!テリアを見つけたってホント!?」
すでにエイキは戻っていた。
俺は早歩きで戻ったのにそれよりも早いとは。
「これだろ?この絵とそっくりな花だ。」
俺は右手に持っている花をエイキに渡した。
エイキは驚きつつも花を受け取り、30秒ほど花を観察した。
その後、俺の持っていた紙を眺めて再び花を観察し始めた。ずいぶんと慎重だ。
「確かにこれはテリアだね…。でも…。」
エイキは花びらと絵を俺に見せてきた。
両方とも同じ花…だと思っていたが、何かが違う。
見た目は瓜二つだ。それにエイキはこれをテリアだと言っている。それは正解だろう。
「この二つをよーく見て。気のせいかもしれないけど、色が違くない?」
色。確かに違う。さっきまでは気が付かなかった。
違う部分は花びらだ。
絵の花びらは鮮やかな紫色だ。純粋で穢れのない色だ。
しかし、俺の持ってきたテリアの花びらは深く、濃い紫色だ。
手を伸ばしても届かないくらい深くて闇を感じる色。見るからに毒がありそうな感じだ。
「ただ、色が違くても同じ花なんだろ?それとも腐ったりしてるのか?そうは見えないが。」
「腐ったりはしてないかな…。一応『結晶花』の一種だし。」
「結晶花?」
「あ、結晶花っていうのは数千年前から生えている花のこと。中で蓄えられている不思議な魔力によって腐ったりすることは絶対ないんだ。」
「なら、育つ環境によって色の変化がある、とかはないのか?」
「…ちょっと話しにくいんだけど、テリアの色って持ち主の過去によって変化するんだよね。テリアは『過去を見通す花』とも呼ばれているし。」
エイキはテリアの色について語った。
テリアの花に最初に触れた人の過去によって花の色は変化する。
過去も現在も善と言える行動だけをしてきたのなら、花の色は鮮やかになる。絵の色はこれだ。
過去に大きな過ちを犯したもの、もしくは今の精神の状態が不安定かつ危険な時は色が濃くなる。
もし過ちを心から反省し、更生しているのなら花びらは鮮やかな色になり、茎だけが濃くなる。
花に触れた後に反省をしても色の変化はない。
しかし、花に触れた後に精神が回復したら花の色は鮮やかになる。
俺の持ってきた花は色が濃い。
つまり俺が過去に大きな過ちをした、もしくは精神の状態が悪いということになる。
しかし、俺は別に病んでいるわけではない。
「つまり、俺は何かしら過去に大きな過ちを犯した、ということか?」
「カイトはそれについて身に覚えはない?」
「…ないな。罪悪感が手元から離れず永遠と纏わりつく、そういうのを恐れる人間だ。」
その性格のため、昔から悪行とは無縁だった。
俺が罪を犯すはずがない。そう思っていたが、あることが頭に思い浮かぶ。
この体、この人物は元々存在していたんじゃないか、と。
つまり、俺がこの世界に入ってきた昨日にこの体に憑依した。
それまでは別の人間、いや、この体の持ち主が動作をしていた。
この体の持ち主、まぁ元ネタと呼ぶか。
その元ネタが昔大きな罪を犯した。しかし、今は俺が憑依しているため記憶は無い。ただ、体は変わってないためテリアが反応してしまった。
あくまでも仮説にすぎないが、この考えなら筋が通る。
ただ、それだと元ネタはどこに行ったのかが分からない。
消滅した、それとも誰かに乗り移った。あり得るなら前者。
消滅したのにテリアが反応するのも何かおかしい。完全に存在が消されるというわけではないのか?
その答えを探すのも、この冒険の目的なのかもしれない。
「僕はカイトを信じるよ。でも問題はこのテリアをあの男の人が受け取ってくれるか、だね。こんな禍々しいテリアって売れるのかな?」
「…それは分からない。ここから新しいのを探すのは面倒だな…。」
「だ、大丈夫だよ!一応あの男の人のところに行ってみよっか!」
もし俺のせいでさらに時間を食われたら――そう考えると気が滅入る。
ただ、それより気になるのはあの男性はテリアの性質を知っているかどうか。
さすがに自分の求めるものの情報は知っているか。その場合、俺を見てなんて言うんだ?
俺を罪人だ、と軽蔑するのか。あるいは俺の心身の状態が悪いと気を使うのか。
どっちに転んでもあまりいい気持ちにならないな。そもそも罪人ではないし、心身に以上もないからだ。
あの商人は俺が違う世界から来たって言ったら信じるか?
無論、信じるわけがない。さっき知り合った人が異世界から来た、なんて言われて信じる人なんていないだろう。
多分、俺がエイキに言っても信じてくれなさそうだ。
(結局はどのルートに行ってもバッドエンド。最悪何もなかった、と目的を忘れてこの場を離れるのもありだが、そんな人間の屑みたいなことできるわけねーよな。すべての元凶は『元ネタ』だ。一体こいつは前世で何をやらかしたんだ?盗みや詐欺など軽犯罪じゃなさそうだな。なら大規模犯罪組織のボスとか?元ネタと俺の顔が変わってなかったら終わりだぞ…。こんな世界で警察のお世話になんかなりたくねーよ!)
足がどんどん重くなる。
こんな憂鬱な気分、久しぶりだ。
「お、どうした?まさか、もう見つかった…とかはないか。」
「いや、一応見つかったんだけどね…。」
「何!?ど、どれだ――って痛ッ!」
「安静にしろ。それで、テリアってこれだろ?俺には正確に判断できないから自分で確かめてくれ。」
俺は座っている商人に花を渡した。
商人はポケットから絵を取り出した。俺の貰った絵と同じだろうか。
花びらを見た時、一瞬目を丸くしたのが分かった。
さて、この商人は何て言うのか。
「おお!確かにこれはテリアだ!すごいな!」
「…?」
テリアの性質を知らない?
てっきりそれについて話題を出してくると身構えてたんだが。
もし知らないんだったら言わないほうがいいな。知らぬが仏という言葉もある。
ただ、これが売り物ならどうだろうか。きっと売れないぞ。
「その、いいのか?これで。」
「別に問題ないぞ?ちょっと色が気になるが売り物じゃないから別にいいんだ。」
「売り物じゃない?ならどうして――。」
「もしかして、『風魔病』を治すため?」
エイキがボソッと言った。
商人は少し顔を困らせている。
「あぁ、そうだ。実は弟が風魔病を患ってしまったんだ。それを治すためにここに来たってことだ。ほんと、お前たちがいてくれて良かった。あとはこれを弟に届ければ完了だ。」
「風魔病っていうのは病気か?」
「うん。魔物の血を体内に取り込んでしまうと、稀に発症してしまう恐ろしい病気。これは人に感染することはないけれど非常に致死率の高い病気なんだ。そしてこれを治すのには、テリアが必要なの。」
そう考えると俺たちの行動は人の命の役に立った、ということか。
売り物じゃないから俺の過去がやばくても特に関係がない。
つまりさっきまで不安だったことはすべて消し去った。
「そうか。早く届けなくていいのか?ってその足じゃまだ無理か…。」
「いや!気力で戻ってみせる!幸いフールイまでの距離はそこまでだ。」
そういって男性は震えながらも立ち上がった。
しかしまだ両足で歩けそうにない。片足だけで頑張って移動しようとしてる。
俺とエイキは目が合った。考えてることは一緒だ。
「俺たちもフールイに向かう予定だ。途中で倒られちゃ困るからな。道案内たのむ。」
「僕がこの籠持っていくよ。ずっと背負ってたら重いでしょ?」
俺は男性の腕を肩にまわした。
男性は『すまない。』と言って前を向いた。




