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初めての航海はワクワクがいっぱい

2巻発売記念、2話目です。

「すごいね、レン」

ミーシャは飽きることなく、どこまでも続く水平線を眺めていた。

船の甲板にある手摺に体を預けるように、うっとりと目を細めている。


足元には、レンが、丸まってウトウトしていた。

最初は、ミーシャの腕に抱かれて一緒に海を眺めていたのだが、変わり映えしない景色にすぐに飽きてしまったようで、足元で惰眠を貪りだしたのだった。


そんな2人の様子を、少し離れたところに置かれたベンチにだらしなく寝そべりながら、薄目でジオルドが見守っていた。


いかにもやる気がなさそうだが、自国では名のある騎士である。

ほとんどその目は閉じられているように見えたが、きっと何か有事があれば素早く動き、護衛としての役目を果たすはずである。

……多分。


そんなふうに、ミーシャ以外のみんなのやる気メーターが著しく低いのには当然訳がある。


初日に船が出航してから、ミーシャときたら暇さえあれば甲板に出て海を眺めているのである。


どこまでも続く青い海と青い空。

遠くに伸びる水平線。

ほとんど並のない滑らかな水をかき分ける舳先から立ち上る白い波とそれらが作り出すレースのような美しい紋様。


もちろん、全て文句なく美しいけれど、それを何時間も眺め続けていれば、普通は飽きてくる。

人間は耐性というものがあるのだ。

どんな感動も、そうそう長続きなどしない。


ところが、ミーシャの心のどこかにしっかりと刺さるものがあったらしく。


夕焼けに赤く染まる海に感動し、黒くうねる波とこぼれ落ちそうな星空にうっとりと見惚れ。

朝は昇る朝日と共に起き出し、色を変えていく海に歓声をあげ、朝食をとって。


そして今である。


「ミーシャ、中で本でも読まないのか?なんか、船に中の暇つぶしにどうぞって神父様に貰ってなかったか?」

クワっと大欠伸をして、ジオルドが体を起こした。


「ん〜〜。もう少ししてからでいいわ」

 次々と舳先から生まれては消えていく白波を眺めていたミーシャは、上の空で答えた。

 

そんなミーシャに苦笑いをこぼして、立ち上がる。

「じゃあ、悪いが少し席を外すぞ。国に着いてからの動きを打ち合わせてくる」

ポンとミーシャの頭に軽く手を置くと、足元のレンに目配せをして去っていった。

 

「は〜い。いってらっしゃい」

軽く手を振って見送ると、ミーシャは今度は視線をあげて空を眺めた。


空には綿をちぎったような真っ白な雲が浮かんでいた。

それを船はどんどん追い越していく。

少し視線をずらせば、これまた真っ白な帆が大きく風をはらみ膨らんでいた。


風が吹けば、波が立つ。

それが自然の摂理のはずなのに、海は不思議なほど凪いでいた。


通りすがりの船員が教えてくれたが、船は稀に見る快走で、このままいけば予定よりも早く到着できそうとのことだった。


「こんなに気持ちいいのに」

海風に目を細めながら、ミーシャはポツリとつぶやく。


昨日は楽しそうに付き合ってくれたミランダも、今日はやらないといけないことがあるからと部屋で書き物をしていた。

そばにいるジオルドは、ベンチの上でゴロゴロするばかりで、レンも同じく。


もちろん、お仕事は大事だから邪魔する気はないけれど、刻一刻と変わるこの美しい景色を見逃すなんて残念だと思うのだ。


せっかくだから、この感動を誰かと分かち合いたい。

だけど、意外とミーシャのように外で海を眺めている人は少ない。


「むぅ……」

1人でも綺麗なものは綺麗だけれど、誰かと分かち合う方が楽しい。

ほんの少しの不満と寂しさを感じて唇を尖らせた時、スッと隣に誰かが立った。


「お嬢さん、昨日から楽しそうだね」

それは豊かな白髪と同じ色の長い髭を蓄えた老紳士だった。

シワに埋もれそうな目が優しそうに細められている。


突然話しかけられてびっくりしたミーシャは、その優しそうな笑顔に直ぐ緊張を解くと、ニコリと笑い返した。

「はい。私、初めて船に乗ったの。とても楽しいわ」


無邪気に笑い返された老紳士が、嬉しそうに口元を綻ばせる。

「そうなんだね。私も船旅が大好きなんだ。同好の士が増えて嬉しいよ。私は、ジョーンズ=オルコット。よろしくね小さなお嬢さん」


「私はミーシャよ。よろしく、ジョーンズさん。お知り合いになれて嬉しいわ」

差し出された手を握り返すと、ミーシャもあいさつを返した。


それから2人は、海を眺めて色々な話をした。

ミーシャは、初めて海を見た時の感動や船に乗って感じたことを。

ジョーンズは、これまでに見た素晴らしい海の景色を。


ミーシャは、老紳士の口から語られる美しい風景の数々に、うっとりと目を細めた。

「すごいわ。私も、見てみたい」

心の底から溢れた言葉に、ジョーンズは嬉しそうに目を細めた。


「そうだね。では、せっかくできた年の離れた友人に、特別な風景を見せてあげよう」

「特別な風景?」

「そう。高いところは平気かい?」


手招かれて、ミーシャはチラリとベンチの方へと目をやった。

そこには、ジオルドと入れ替わるように護衛役の騎士が1人立っていた。


「あぁ、大丈夫。私の身元は君の保護者もご存知だから。きちんと警戒できていい子だね」

ミーシャの戸惑いに気づいたようにジョーンズが笑い、護衛の騎士がジョーンズの言葉を肯定するように頷いた。


そうして導かれた先は。





「すっご〜〜い!!」

ミーシャは思わず叫ぶと、両手を大きく広げた。

「すごいわ!風になったみたい!!」


ミーシャがいるのは、地上からはるか上。

メインマストの上に設けられた物見台の上だった。


「あはは。楽しそうで何よりだが、あまり身を乗り出したら落ちてしまうよ」

感激するミーシャの体を、ジョーンズの老いてまだなお力強い腕が抑える。


「ジョーンズさん!スゴイわ!!海も空もさっきよりずっと近くにあるみたい!」

興奮に頬を染め、キラキラと光る瞳で振り向くミーシャに、ジョーンズが満足そうに笑った。


ここに昇るためには細い縄梯子を登らなければならない。

大人でも怯んでしまいそうな高さだし、普通の子供なら怖がるだろう。


だから、つい誘ってみたもののどうなることかとジョーンズは少し心配していたのだが、ミーシャはスルスルと見事な速さで昇り切ってしまった。


実は、ジョーンズはこの船の船長だった。


顔見知りだったジオルドに、「あなたと同じくらい海に取り憑かれてしまった女の子がいるから、暇なら相手をしてくれると助かる」と声をかけられ、好奇心のままに様子を見にきたのだ。


話してみれば、数日前に初めて海を見たという少女は、キラキラとした笑顔で美しい風景を見たのだと、海の素晴らしさを語ってくれた。


そして今。


船員でも新人なら震えて動けなくなってしまうこともある、メインマストの物見台の上で楽しそうに笑う笑顔に、ジョーンズはすっかり魅了されてしまっていた。


「喜んでもらえて嬉しいよ。次は操舵室に行ってみるかい?」

だから、ちゃめっ気たっぷりにウインクして。


「いいの?嬉しい!!」

やっぱりキラキラの笑顔で歓声をあげたミーシャに満足そうに頷くのだった。

読んでくださり、ありがとうございます。


時系列的には、一巻末。

出航2目です。ちなみに船旅は2泊3日の予定……です。


この後、本当に操舵室訪問して舵を握らせてもらったり、一緒に夕食をとったりと仲良くなっているかと思います。


お年寄りって、自分の話を嬉しそうに聞いてくれる子供大好きですよね。

ジョーンズさんもついつい過剰サービスしちゃってます(笑

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