H・E(1)
2人目、同じくS・Mに名前のみ登場した『エリカ』のエピソードになります!
フェリンとはまた違った環境で戦うのを、よかったら見届けてあげて下さい!
──鈴ヶ屋マイカの拠点であった龍ノ根から、遥かに北。他の守神達とはかなり離れた距離に暮らす。
明るく、優しく。それでいて強い心を持つ、この世代の守神の1人。
翡翠エリカ。通称、『H・E』。
彼女は今日も、己が拠点とする『久司木道学園』にて──
「んあああああああああああああああああああ──!!」
屋上から転落していた。
※
真夏の焼き尽くすような日差しが照りつける中、高等部1年生であるエリカはグラウンドに仰向けでいた。
熱された地面と太陽からの熱で、ブラウスが透ける程の汗が流れる。
「あっつぅい……」
当たり前だ。現在の気温は28度で、北に位置すると言っても8月なため、かなりの暑さとなっている。
そんな状況で寝転がっているのだ。横になっているのだ。暑くないわけがない。
「……落ちたなぁ」
むくりと身体を起こし、目の前に聳え立つ7階建ての校舎を見上げる。太陽の眩しさに、目が眩む程の高さを誇る校舎だ。
──そう、エリカは先程その屋上から落ちたのだ。
「まだあるよね、あの繭。だ〜ってまだまだ感じるもんなぁ災厄の気配。急いで戻らないと」
面倒くさそうに溜め息を吐いて、ぴょんっと立ち上がる。その際に背中から、守神のアイテムである衝撃吸収装置が落ちた。
エリカが助かったのは、これのお陰である。
「バズーカでも粉砕出来ない繭……燃えないってことじゃん? さーてどーうしましょーかぁな〜」
校舎の中を歩きつつ、策を探す。驚異的な頑丈さを持つ繭を破壊するには、バズーカですら足らなかった。
守神のアイテムも万能というわけではない。更に言えば、5人の守神が共有しているため消費も早い。
残されたアイテムで、突破しなければならないのだ。
「ルーナとマイカがめっちゃ使うから、全然無いんだよねぇ。もうちょっと効率的に使えないのかなぁ。まー私もそんな脳持ってないんだけど」
再び屋上に戻って来たエリカは、高さ3メートルにも及ぶ巨大な繭をじっと見つめる。
直後眉を情けなく曲げた。
「いや無理だよねこれ。どーう考えても無理だよね。明らかに突破方法無いよね」
──まさかの弱音だった。
バズーカでどうにもならないのなら、他に打つ手は無いと察したのだ。
「火炎放射器は多分ルーナが消費して、在庫切れ。てかバズーカで燃えなかったんならどの道無駄だと思う。むー、お札貼ったとこでな〜」
「こうは考えらんねーか? 繭が硬くてどうしようもないんだったら、中身が出て来るのを待つ」
「おおっ、それナイスアイディア!」
エリカの脇に並んだのは、同じく高等部1年・『紺珠汐レーナ』だ。
エリカ同様に守神──ではなく、一般人である。
一般人だが、度々エリカと共闘し災厄を片付ける、非常に戦闘能力に長けている女子生徒だ。
「さっすがレーナ! そうだよね! 繭のままで害があるわけじゃないんだし、中身倒せばそれでいいわけだもんね! あったまいい!」
「んま、出て来たら出て来たで、そっこー仕留めなきゃだけどな」
「そうだねぇ、いつも通り援護お願いしますよっ」
「任せとけって。あたしを誰だと思ってんだ」
「ヤンキー!」
「テメェ髪の毛毟るぞコラ」
災厄を前にしてここまで呑気なのは、お互いを信頼しているからこそ。二人が出会ったのは今年の4月だが、それ程認め合っているのだ。
現状、先代の後を継ごうと守神と成った御野口ユラ以外の一般人で、災厄との戦闘を許可されているのは、レーナくらいである。
「……いつ孵るだろうね?」
「さーな。今直ぐかも知れないし、何時間も後かも知れねーな」
「この炎天下にそんな待つの?」
「今直ぐ産まれて来てくれないと、熱中症になんぞこれ」
二人で、眩し過ぎる空を見上げる。
この日差しの中、屋上で何時間も待つのは極めて危険だ。しかし、屋内に避難していては、空を飛ぶタイプの災厄が孵った場合に面倒なことになる。
飛ばれてしまえば、直ぐに対処は出来ないからだ。
「……自販機でも行くか?」
「その間に出て来ちゃったら?」
「バズーカ使えば撃ち落とせるんじゃねーの?」
「そんな精度ないよ私……」
「まぁあたしが何とかするよその場合。それよりお前が倒れる方が問題だろ、行こーぜ」
レーナに連れられ、校舎3階の自販機まで降りる。ここら辺は少し涼しいため、休憩しながら待つことにした。
屋上には誰も寄り付かないよう、扉に注意書きを残してある。
「……んっ、ぷぁ。なぁ、あの繭何が出て来るか分かってんの?」
立ったまま緑茶を飲むレーナは、慎ましくベンチに腰掛けるエリカに問いかける。エリカはよく冷えた牛乳を買った。
「んっとねー、分かんないの。これまでにも繭は見たことあったけど、見た目がまーったく同じなんだよね〜」
「孵化するもんは違うのか?」
「うん、違うみたい。鳥だったり、ライオンだったり」
「あー、どっちもめんどくせぇな」
「一番厄介なのは飛ぶ生物だよね〜」
んー。と、二人はまだ不明な敵を予想し、それぞれ対策を考える。
そんな中、授業開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
「……チッ、いいかエリカ。何かあったらちゃんと呼べよ」
「うん、ありがと! 授業頑張って!」
気怠そうに歩き出すレーナに、エリカはガッツポーズを向ける。
守神は授業よりも災厄を優先することになるため、出席しなくても問題はない。その理由の一つとして、どうせ災厄と共に封印されるため、卒業は不可能というものがある。
レーナは災厄と戦えはするが守神ではないため、授業に出なくてはならないのだ。余裕で遅刻しているわけだが。
「────あ、産まれた」
すっと立ち上がり、階段を駆け上がって行く。
産まれたかどうか判断出来たのは、守神と災厄のみに存在する特有の直感によるものである。ただ、何が孵ったかまでは分からない。
「……おっきなコウモリ」
体躯が4メートル程の、かなり大きなコウモリが待ち構えていた。