F・L(2)
この九宮川に襲いかかる災厄は、基本的に『災害』ではない。何故か八割型、生物となってパニックを引き起こすものだ。
実際、これまでにフェリンが解決した災厄の殆どが、牛やカエル。烏や蛇などが巨大化したものあるいは、大量に発生したものとなっている。
「……紐滝くん。放送室に向かって、全生徒を校舎に誘導しておいてくれる……? もう直ぐ、グラウンドに災厄が現れるから」
「……えっ!? てことはまた生物!?」
「うん。だからなるべく、急いで欲しいわ。お願い」
「わ、分かった! 唖杉さん気をつけてね!」
「……うん」
弁当を放置して駆け出すクイスを見送り、フェリンはグラウンドに目を向ける。鋭い視線の向く先には──
「「ポポポポポポポポ」」
おぞましい数の鳩らしき巨大な生物が、この学園を目掛けて飛んで来ていた。
フェリンは身軽な動きでフェンスに跳び乗り、再び鳩の大群を見つめる。そうしている間に、避難警報と緊急放送が響いた。
これで時期、外にいた生徒・教師は中に逃げる。しかしその時を迎えるまで動かなければ、先に鳩が辿り着いてしまう。
──フェリンは大群に、掌ビシッと伸ばした。
「「ボボボボボボボボ」」
鳩達は、まるで視えない壁に衝突するように、次々と停止。先に被害に遭った鳩達を見てか、後続の鳩達は急ブレーキでそれを回避した。
この視えない壁は守神の能力であり、歴代でも数少ない、生物型の災厄にも有効な非接触技である。
「……ん、多分もう誰もいない」
グラウンドが静まり返ったのを確認し、フェリンは屋上からふわりと跳び降りた。先程ぶつからずに済んだ鳩達が、獲物に襲いかかるかのように、正面から大口を開けて突進して来る。
フェリンは、守神専用のモバイルを空中で素早く操作し、その場に二つ召喚した。
「……来ないで」
右手に装備したソレの先を、鳩に向ける。
──1つは、『サブマシンガン』だ。
「んっ……!」
中学生とは思えない、片手でのサブマシンガン乱射。その精度は百パーセントとは言えないが、殆どが鳩に命中している。
その間にも落下を続けるフェリンの身体は、左手に備えられた特殊な傘によって、ゆっくり安全なスピードとなる。
この姿は一つの校舎から丸見えであり、その校舎の生徒達は、フェリンを「容姿だけじゃないんだ」と感動していた。
「……流石に、これだけじゃ倒し切れないか」
静かに着地したフェリンは、弾が切れたサブマシンガンを丁寧に置く。傘は元に戻し、今度は刀のような物を装備した。
まだ息のある鳩達が、ゆらりと起き上がる。フェリンはチラリとそれを見て、再び刀に目を向けた。
「あんまり、得意じゃないけど……」
「「ポポポポポポポポポポ!!」」
恐ろしい叫びと共に、鳩が一斉に飛びかかる。狙いは、邪魔となるフェリンだ。
その光景は恐怖でしかなく、校舎の中で悲鳴が飛び交う。
「──消えなさい。私がいる限り、ここには触れられないわ」
叫声に気を取られることなく、フェリンは刀身を薙ぎ払う。
しかし鳩には届いておらず、誰の目から見ても空振りだった。
が……
「ポッ!?」
最も近かった鳩の胴体が、横に切れ、真っ二つに分かれた。
当然、この武器も普通の刀とは別物なのだ。
「あと……分からない。とにかく切るしかない」
次々と襲いかかって来る鳩達を、一羽一羽両断して行く。血の出ない死骸を踏み台にし、近づくのを躊躇う鳩も、容赦なく叩き切る。
「……二、一……終わり!」
「ポポポッ!?」
最後の一羽の首を、空中で切り落とす。胴体と離れた頭部に乗り、危なげなく着地した。
「……」
ふぅ、と息を吐き、鳩の死骸塗れになった校舎前を眺める。昇降口が塞がれており、これではここから誰も外に出られない。
少しだけ休憩すると、フェリンはモバイルを取り出し、守神の担当組織・つまり国の上層部に電話をかけた。
「災厄を鎮めました、生物タイプです。残骸の処分をお願いします。……数は分かりませんが、三メートル級の鳥が二十はいるかと」
守神は災厄を防いだ後、報告書を書かなければならない。正直面倒なのもあり、大抵の守神は二、三回に一度くらいしか書こうとしないが、フェリンは真面目であり、毎回熟す。
それでもやはり、面倒なことに変わりはない。
「……はぁ」
「唖杉さん! よかった、無事で」
他の校舎から回って来たらしいクイスは、息を切らしながらフェリンの元へ駆けて来る。
「紐滝くん、直に処分が行われるから、それまで中にいたら?」
「え、でも……それじゃお礼を言うのが遅くなっちゃうし。授業も、始まっちゃうから……」
「お礼なんていいから。これが私の使命。──守神の生きる意味なの」
「え、でも……」
「紐滝くん」
クイスは、ただ自分達を守ってくれていることに対する、感謝を伝えたいだけ。決して、他意などはない。
しかし、何か。
何故かフェリンは、納得がいかなかった。
「……今、思い出したわ」
不安そうに自分を見つめるクイスに、凍えてしまうような、冷め切った目を向ける。
「私は守神。たとえ長生きしても、あと三年と一ヶ月程度で人生を終える身。あなたと恋人になったとしても、既に終わりが見えている。そんな儚い幸せなんて、苦しいだけでしょ……? 諦めてくれた方が、お互いのためになるわ」
思いつく限りの言葉を、畳みかけるように放って行く。
クイスの想いは決して嫌ではない。それでも、絶対に幸せを掴めないということを、フェリンはよく理解している。
「……早々に別の、終わりの見えない幸福な時間を過ごせる相手を、探すべきだと思う。それが紐滝くんの幸せ……それじゃあ、また」
「唖杉さん……」
胸の奥がキュッと締めつけられるのを感じながら、フェリンはクイスに背を向けた。