わがまま王子の嫁探し
むかしむかし、とある王国に、ひとりの王子様がおりました。
王子様は好奇心旺盛で思いついたことはなんでもやりたがる性格で、好き勝手に行動しては臣下を振り回す『わがまま王子』として有名でした。
たとえば、
視察中に転んで怪我をしたことで、激しく怒り王都中の道路を無理やり整備させたり。
おもしろい魔法が使えるからと、王国で忌み嫌われている西の魔女を勝手に教育係に任命したり。
市井で流行った身分違いの恋物語にいたく感動し、結婚制度を大々的に変えてしまったり。
突然『剣を極めるのだ!』と宣言しては、騎士団を引き連れ魔物を討伐しに行ったり、
かと思えば『ペンは剣より強し』と学問にのめり込み、自ら設立した大学に通い出したり。
『未知の世界を見てみたい』と、断絶していた魔族の国や獣人の国との国交を強引に結んだり……
挙げていけばキリがないほど、王子様はあらゆるわがままで臣下たちを困らせました。
しかし、どれだけわがままでも王子は王子。この国の未来の王様です。
彼に憧れる女性は多く、毎日のようにたくさんの縁談が舞い込んできます。
王国貴族の令嬢や、他国の姫君。若くして騎士団や魔術師団に所属する才女たち。聖女の称号を得た少女や、一代で莫大な富を築いた女商人。国交回復したばかりの魔族国や獣人の国からも、王子との婚姻を望む声がいくつも上がりました。王子様の行った結婚制度改革によって、彼なら身分も人種も関係なく受け入れてくれると考えたのでしょう。
城の者たちはたいへん喜び、さっそく王子様の婚約者選びをはじめました。
しかし、こうも数が多いといまいち決め手に欠けてしまいます。
悩みに悩んだ国王様は、「王子の妃は王子自身が選ぶべきだろう」と王子様に任せることにしました。
それを聞いた王子様は言いました。
「なるほどたしかに、この中からたったひとりを選ぶのは骨が折れそうだ。それじゃあこういうのはどうだろう? 僕が未来の王妃にふさわしいと思う条件をいくつか出す。それをすべてクリアした女性を、僕の妃として迎えよう」
王子様の言葉は瞬く間に国中、いや世界中に広まりました。
また王子のわがままか、という反発の声もありましたが、多くは好意的に受け取られました。
なぜなら王子様自身が、条件さえクリアすれば身分も人種も関係なく迎え入れると明言したからです。
平民でも異種族の者でも王妃になれるだなんて、まるで流行りの恋物語のよう——
世界中の女は色めき立ち、男たちは縁戚の娘を王族にと企み、国中誰もが王子様から『条件』が出される日を待ち望みました。
しかし、この状況に不信感を抱く者もいました。
彼の教育係である西の魔女です。
彼女は知っていました。つい最近まで王子様が、「婚約なんてしたら自由な時間が減ってしまう」とあらゆる縁談を断り続けていたことを。
それなのになぜ突然、態度を翻したのか?
教育係として彼のわがままに振り回され続けた魔女は、婚約者選びの名目で何か別のことを企んでいるのではないかと疑いました。
「いったい、何を考えているのですか?」
魔女がそう尋ねても、王子様はにっこりと笑みを深めるだけ。何も答えてくれません。
心配した魔女は、監視の意味も込めて王子様の嫁探しに同行することにしました。
*
『王妃とは、命を狙われやすい立場にある。そのため、最低限自分を守れる力のある者でなければならない』
これが王子様の出した条件のひとつ目でした。
そしてその証明のために、『西の森で聖樹の葉を手に入れ、城まで持って来ること』——と。
これを聞いた魔女は、正直拍子抜けしました。
王子様の出した『条件』が案外まともなものだったからです。
たしかに王族とは狙われやすい立場ではありますし、特に王子様はそのわがままさゆえに煙たがる者も少なくありません。その妃がある程度の強さであるというのは、臣下としてもありがたいことでした。
また、低級の魔物が棲みつく西の森はランクの低い冒険者の訓練場として有名で、その森の奥にある聖樹の葉を取りに行くというのはまさに『最低限の力』を試すのにうってつけです。西の森を根城にしていた西の魔女なら、子どもの頃にはとっくにクリアしていた条件でした。
縁談嫌いの王子様は、何かとんでもない条件を突き付けて妃に憧れる乙女の心を折るつもりなのかもとすら考えていたのに——
魔女は訝しがりながらも、おとなしくことを見守ることにしました。
——さて、いかに危険度の低い森とはいえ、聖樹まで辿り着けずに脱落してしまう者もいました。高位貴族の令嬢や、他国の姫君たちです。
蝶よ花よと育てられた深窓の令嬢たちが、低級とはいえ魔物の跋扈する森など抜けられるはずもなく、あっさりとドロップアウトしてしまいました。
これには一部の国や貴族からは不満が漏れましたが、軍国の姫君や能力主義の平民からは歓喜の声が上がりました。
王子様は本当に、身分で妃を選ぶつもりはないのだと。
これを皮切りに、王子様は次々と『条件』を提示していきました。
『王族たる者、賢くなければならない』——と、古語を操る古龍との会話を求めたり。
『国母となる者、自然を愛でる優しい心がなければならない』——と、花の精霊と心通わせ枯れた花畑を再生させたり。
『民を束ね導く者、労働の尊さを知らねばならない』——と、事業を起こさせたり労働階級の生活をさせてみたり——
王子が新しく『条件』を出すたび、魔女はどんどん焦っていきました。
あれほどたくさんいた婚約者候補が、みるみる減っていったからです。
それもそのはず、王子の出す『条件』は、ひとつひとつならともかくそのすべてをクリアするにはあらゆる面で優れていなければなりません。
ちからはあっても学はない女騎士が、精霊族とは相性の悪い魔族の姫が、商売という概念がない獣人国の娘が——どんどん脱落していく中、残ったのはたったひとり。王国で聖女と名高い少女でした。
平民出身だが治癒能力に優れ、多くの民を救ったことで神殿に認められ『聖女』の称号を得た少女。
たった一人しか残らなかったことに魔女は気を揉みましたが、今までの『条件』をすべてクリアできるほどの才女であり民からの信頼も厚い彼女なら、王子妃として文句はありません。
「なるほど、きみが噂の聖女様だね。これまで僕が出した条件をすべてクリアできたなんて、聖女としてだけでなくあらゆる面で才能にあふれた、すばらしい女性なのだろう」
唯一残った婚約者候補である聖女に向かって、王子様は言いました。
王子様からの褒め言葉に、聖女はぽっと頬を染めます。
「それでは最後に残ったきみを我が妃に——と言いたいところだけど、実はもうひとつ、考えていた条件があるんだ。王子妃というのは、もちろん公的な人間ではあるのだけれど、その前に僕の妻となる女性だろう? やっぱり、僕の好みの女性であってほしいんだ」
王子様の言葉に魔女は驚きました。
もう一人しか残っていないのに、これ以上条件を提示してなんの意味が……?
聖女も、他の臣下たちも、困惑しながらも王子の次の言葉を待ちました。そして——
「最後の条件は——『僕の未来の妻として、大好物のアップルパイをおいしくつくれる人がいい』」
そして、安堵のため息をつきました。
最後にどんな無理難題をふっかけるつもりだとハラハラしましたが、今までと比べたらずっと簡単なものだったからです。
アップルパイは、教育係である西の魔女にもよく作らせるほどの王子の大好物です。彼にとっては、『条件』として挙げるほど重要なものだったのでしょう。まあ、オーブンの温度調節が苦手な魔女はよく焦がしてしまうのですが……。
最後の条件を聞いた聖女は、勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべました。
平民出身で自炊に慣れている彼女にとって、お菓子作りなど赤子の手を捻るより簡単です。むしろ自慢の料理を王子様にふるまうことができると、さっそく取り掛かりました。
そうしてできあがったアップルパイは、ほくほくとしたリンゴとカスタードのとろける、パティシエ顔負けの出来でした。
これにはさすがのわがまま王子も文句ひとつつけられないだろう、とまわりからは感嘆の声が上がります。
甘い匂いのただようそれを、王子様はまじまじ見つめ、もったいつけるようにゆっくりと口に運びました。
そうして咀嚼し、呑み込み、紅茶を一口飲んだ後、聖女に向き直りにっこりと微笑んで——
「不合格」
屈託のない笑顔で、そう言い放ったのでした。
*
「——いったい何を考えているんですか、王子様!?」
騒然とした城のなか、聖女も臣下たちも置いて立ち去る王子様を追いかけ、魔女は声を荒げました。
「アップルパイ、あんなにおいしそうだったじゃないですか! 間違いなくプロ顔負けですよ!? それなのに不合格なんて、いちゃもんもいいところです!」
あからさまに怒った様子の魔女に、王子様は笑みを浮かべたまま肩を竦めました。
「残念だったな、僕はアップルパイは少し焦げているほうが好みなんだ」
「はあ!?」
そのにこやかな表情に、魔女はすべてを察しました。
やっぱり王子様は、最初から婚約者なんて選ぶつもりはなかったんだ。あれこれ難癖をつけて、すべて断るつもりだったのだ——と。
すべてを悟った魔女は、その場で膝から崩れ落ちました。
「もう、いったいどうするつもりなんですか、この状況……これだけ大々的に婚約者選びをしておいて、結局誰も選びませんなんて通りませんよ……」
「誰も選ばないなんて言っていないだろう。僕は、僕の言った条件を満たせる女性なら、いつだって大歓迎だ」
「あれだけ厳しい条件を出しておいて……いるわけないでしょう、そんな女性!」
「いるじゃないか」
「……へ?」
魔女は頭を捻りましたが、どう考えてもそんな女性は思い当たりません。どんなに思いめぐらせても、最後まで残ったのはあの聖女ただひとりでした。
「僕の出した条件を思い出してみなよ。まずは——『最低限自分を守れる力があること』」
そしてその証明のために聖樹の葉を持って来ること——魔女なら子どもの頃にはクリアしていたような条件でした。
「そして、古語を操れるほど『賢いこと』」
古語は魔術言語の祖ですから、魔女にとっては挨拶のようなものです。
「『自然を愛でる優しい心であること』『労働の尊さを知っていること』——」
以前は森に住みついていた魔女にとって花の精霊と心を通わすことは簡単でしたし、城に来る前は身一つで生きてきたのですから、労働の経験だってあります。
「そして最後に、『僕好みの少し焦げたアップルパイを作れること』——つまりこれってプロポーズなんだけど、わからない?」
「…………へ!?」
*
——さてはて時は流れ、わがままで有名だったその王子様も、王様として即位するときがきました。
あらゆるわがままで王国を改革し、果ては忌み嫌われていた西の魔女を妃に迎えたというその王様の噂は、身分も国籍も関係なく能力を買ってくれるという噂とともに千里を渡り——
新たな時代を築いた偉人としていつまでも愛され、語り継がれたそうな。
めでたしめでたし