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時空FBI捜査官(仮)龍  作者: 月華
5/7

図書寮での誤算


「あなたには文官の仕事のうち、一番簡単な仕事をしてもらいます」

簡単な仕事?何だろう。

「まず、文官は、位によって仕事内容が違います。あなたは新人のため、一番簡単な『清書』をしてもらいます」

清書……。何の?

「清書とは、主に箇条書きのものを綺麗に、提出用に書き写す仕事です」

いや、それは知っているよ!

俺がききたいのは、何の?ていうこと。

「それは、時と場合によります」

なんかよくわからないな……。でも、面白いに決まっている!

テンションも上がるし!

よし、がんばろー!


「つきました。ここが私たちの仕事場です」

そこは、巻物や長机がたくさん置いてある場所だった。

……なんか、図書館を思わせる場所だな。


「ここは、大内裏の寮の一つ、『図書寮(ずしょりょう)』です。ここでは主に図書の保管・書写などを行っています」

そのまんま!

図書って……。わかりやすいな、オイ!

まあ、いいけど。

それにしても書写か……。さすがに新人の俺にいきなり重要な物とかは任せないか。

まあ、平安時代の書物に触れて、読めて、書くことができるだけでも、すっげ―うれしい。

マジで、平安時代、サイコー‼

「よし、俺、精いっぱい頑張ります!」

意気込みを精一杯、正成に伝える。

それに対して正成は満足そうな笑みを浮かべた。

「これで説明は以上になります。何か質問はありますか?」

「いえ、特にはありません。改めて、これからよろしくお願いします」



人の見方の9割は第一印象で決まるという。

前に何かで習った気がする。

それは平安時代でも変わらない。つまり、図書寮での印象は、始めのあいさつで決まると言っても過言ではない。

「本日から、この図書寮に勤めます、阿部龍文です。よろしくお願いします」

俺は笑顔と一緒に自己紹介をする。


なるべく、真面目そうに。でも、少し人懐っこくする感じが俺の中の理想。

だから、俺の理想に近い感じであいさつをした。

どうだろうか。


俺は図書寮での仕事はとても楽しみだった。

それは、夜も眠れないほどに。例えるならば、明日の遠足が待ちきれないような子供に近い心情だと思う。

だから、失敗をするわけにはいかない。失敗をすれば俺の平安京ライフは終わりを告げるだろう。


「阿部……?」

「晴明と同じ苗字だ……。」

「どういうことだ?親戚かなんかか?」

そんなつぶやきが俺の耳に入ってくる。

でも、完全に歓迎されていないわけではない。そのことに少し、安堵した。

ほッ……!

良かった。でも、阿部っていう苗字、そんなに珍しいのかな。

でも、そもそも、漢字違うし。

「まあ、これからよろしくな。龍文」

代表して、前の長机に座っていた二十代くらいの男性が手を差し出し、挨拶をする。

「はい。よろしくお願いします!」

彼の手を握り返して、俺の自己紹介は終わった。



「それじゃあ、この箇条書きになっているものを清書、よろしく」

そう言って渡された巻物を受け取る。

「はい、わかりました」

龍文は早速中身を見る。どんなことが書かれているのだろうか。

そんなわくわく感とともに巻物を開いた。

————あ。

そこには、漢字が羅列した文が書かれていた。

はっきり言って、何が書かれているのか、わからない。

な、何だよ、これ。漢文?

漢字がたくさん縦に並んでる。送り仮名がない……。

あ……この漢字、なんか見覚えある。

あ、こっちも。

てことは、この文の意味は……こうか?

いや、でも、なんか違う気がする。

しかも、意味が万が一分かったとしても、書けなきゃ意味ないし。

頭が真っ白になるのがわかる。

このままだと、晴明の期待にもこたえられない。

龍文は茫然としたまま、固まった。

「おい、大丈夫か?どうした?」

先輩方が聞いてくる。

だが、そんなのにかまっている余裕はない。

「はい……、いえ……大丈夫です」

「そ、そうか……。まあ、がんばれよ。なんてったって、お前の初の仕事だからな」

「はい……。精一杯頑張ります……」

どうしよう、どうしよう、どうしよう。

俺は自分の指定された席に着きながら、真っ白になった頭で必死に考える。

これでは第一印象どころの話ではない。

最悪だぞ、初めての仕事の、しかも箇条書きから清書する、なんていう簡単な仕事もできないのか、なんて思われるのは。

ああああああ!マジでどうしようっ⁉

俺は何もできぬまま、午前の仕事が終わった。

「どうだー?仕事の調子は?」

「っ!……え……っと……」

ふと、俺の隣に座っていた人が話しかけてきた。

「俺は芳宗。歳は二十一歳。よろしくな!」

「は、はい。よろしくお願いします」


あ……。ど、どうしよう。こんな一文字も書かれていない俺の紙を見られたら…。

龍文はとっさに手で紙を隠した。

「ん?どうしたんだ?見せてみろよ」

あっ!と思ったときには、手をどかされて、清書用紙を引き抜かれていた。

「何だ、何も書いていないじゃんかよ。ほんとに大丈夫か?さっきも、なんか顔色悪かったし」

驚いた。てっきり、怒られるのかと思った。全然できていないから……。

そのことを伝えると、「あっははは」と大声で笑われた。

「な、何で笑うんですか⁉」

どこにも笑う要素なんてなかったはずだ。

「いや、すまん、すまん。別に、お前を責めようと思ったりはしていないぞ?ただ、新人なら仕方がないな、って」

?どういうことだ?

「いや、別に仕事が遅い奴はいくらでもいるっていうことだ。それが、新人なら、なおさらな」

へ?そうなのか?

それじゃあ、別に俺のこの状態は珍しくない、ということか?

大丈夫なのか?図書寮。

「心配はない。ほぼ全員が7日程たてば、残業をすることはなくなるから。最長残業日数は10日だったかな。だから、お前もきっと大丈夫だ!」

「その根拠は?」

「勘!」

いよいよ本格的に頭が痛くなった。

ほんとに大丈夫かよ……。

「だーいじょうぶだって!俺を信じれないってか?」

いや、そういうことではない。

それは断じて違う。

ただ、俺はほかの人と違って漢文、読めないから……。

でも、これはバレるわけにはいかない。

バレたら、即、図書寮から追い出されるだろう。でも、足を引っ張るわけにはいかないし、どうしよう……。

でもその前に、とりあえず、この場を切り抜けなければ。

変な勘繰りを淹れられても困るし。

てことで、

「まあ、精いっぱい頑張りますので!できるだけ、残業をすることのないように努力します!芳宗様!」

俺は満面の笑みでこの場を乗り切ることにした。

「お、おう!頑張れよ!龍!」

この人にも『龍』って呼ばれた。なぜだ?俺の名前、そんなに呼びにくいのか?

気になったので、聞いてみると、「晴明様がそう呼んでいたからだ!」と言われた。

———え?

俺が晴明に『龍』と呼ばれ始めたのは出会って初日の時だったはず。

もうそんなに俺の呼び名が広まっているの⁉早くない?

怖いよ、その噂が広まる速さ!

なに、暇なの?いちいち噂を拾うくらい暇なの⁉大丈夫か、大内裏!いや、マジで。

しかも、晴明って、まだ陰陽師になって一年目の新米陰陽師だよね⁉

そんなに影響力のある人なの?

俺はこの時、噂と、晴明の恐ろしさを改めて認識することになったのだった。


まあ、そうはいったものの、文字が読めない、書けない俺は、その日、一文字もかけずに定時を迎えた。

そして、図書寮のトップ、道頼にこっぴどく怒られたのであった。



「お。お帰り、龍!どうだった?初めての図書寮は。どんなところだった?面白かったか?」

へとへとになって晴明の家に着くと、吉平が出てきて、俺に矢継ぎ早に質問する。

はっきり言って、うるさい。ぎゃんぎゃんとした声が脳内に響く。

いつもでもダメージが大きいのに、疲れ切っている時は、さらにそれが何倍にもなってのしかかってくる。

何だろう。例えるならば、そう。瀕死の状態で、味方にとどめを刺されるような感じに似ていると思う。とどめ、刺されたことないけど。

などと適当なことを思いながらも、「あー、うん。まあまあでしたよ」と、投げやりに答えた。

「何だよー。張り合いねぇなー」

誰のせいだと思っている!

いつもなら、投げ飛ばしたい衝動に駆られるが、今はそんな元気もない。

「兄上。龍さんが困っていますよ。……大丈夫ですか?」

おぉ……!吉昌、マジで神。本当にありがたい。

向こうで吉平がケッとそっぽを向いているのが見えるが、そんなことは気にしない。

「向こうで少し、お休みになられてはどうですか?布団の準備もできていますし」

マジで⁉吉昌、万能すぎじゃね?

「ありがとうございます……!吉昌様」

「いえ。それに、休ませるようにと、父上から言われていたので」

晴明から?あの人が、俺を休ませろと?

にわかには信じられなかったが、吉昌がそういうにはそうなのだろう。

ああ、だんだん視界もかすんできた。たぶん、はたから見れば俺は半分寝ているような状態なのだろう。

「それじゃあ、お言葉に甘えて、少し寝ることにします……」

ああ、早く布団にダイブしたい。もう、限界だ。目も、開かない。

こんなんで、俺、やっていけるのかなぁ。体力には自信が合った方なんだけどなぁ。

一瞬、不安がよぎったが、そんなことは夢の世界に足を踏み入れると、すぐに忘れてしまった。


次の日。

「……い、……ろ。……きろ!……おい!おい起きろっつてんだろ!」

んー?なんか、聞こえるような……。

まあ、いいか。それよりも、まだ眠い……。

もう少しだけ……。

「おい、何まだ寝てんだ!出仕の時間だぞ!遅刻するぞ!」

ハッ!

『遅刻』というキーワードを聞いて慌てて飛び起きる。

「うわっ!」

見ると、何故か後ろに向かって転がっている吉平が見える。

「……おはようございます。何しているんですか?」

「お前のせいだ!……お、やっと起きたか。それじゃあ、さっさと準備しろ!」

準備?

まだ完璧には働いていない頭で思考を巡らせる。

出仕?出仕って……。

あ、あああああああ!

昨日の図書寮でのことを思いだし、目が完璧に覚めた。昨日できなかった分、仕事が山積みなことも。

「吉平様、今、何時ですか⁉」

ヤバい、ヤバい、ヤバい。昨日めちゃくちゃ怒られたばかりなのに、遅刻でまた怒られるとか、マジ勘弁だ。

「なんじ……?あと一刻程で出仕の時間だ!走らないと間に合わないぞ!ちなみに吉昌はもうとっくに出仕したぞ!」

はああ?マジかよ、オイ!



ハアハア、ゼイゼイ。

俺は図書寮まで全力疾走した。

今まで、こんなにも全力で長時間は知ったことはない。

な、何とか間に合った!

もうだめ、もう動けない。でも、机までは移動しないと……。

龍文は何とか自分の机までたどり着いたけれど、すぐに突っ伏した。

「おい、何やっている?昨日できなかった分、頑張ってもらうぞ」

「はーい。頑張ります……」

俺は動かない体に鞭を売って何とか仕事に取り掛かることにした。

むーう。やっぱり、何回見てもわからん。わからないものはわからない。

しかも、今日はぽかぽかといい天気。

それがまた、何とも言えない眠気を誘う。おかしいな、昨日あれだけ寝たのに。

必死に眠気と、わからない文字と闘いながら、巻物を見る。

ああ、今日も怒られるのかな。

さすがにまずい。二日連続で怒られるのは非常にまずい。

でも、文字もわからない俺にこの仕事は向いていないと思う。いや、向いている、向いていないの問題ではない。それ以前の問題だ。

などと、誰に向かって言うでもないことを思っていた。



ん?何だ?

何か、人影が見えたような……。

気のせいか?———うん。気のせいだろう。

「おい、何を見ている。少しは進んだか?」

道頼が声をかけてきた。

「あ……。———すみません」

「——何だ、何も進んではいないじゃないか。————本当にやる気があるのか⁉」

最後の言葉は、怒声となって図書寮中に響いた。

ヒッ……!こ、怖っ!

雷がすぐ近くに落ちたような感じだった。

俺は心臓を氷の手でわしづかみされたような心地になった。

おかげで目も一瞬で覚めた。

これは、晴明とはまた別の怖さだ!

「す、すみません!実は、ここに書いていることが、読めなくて……。すみません。こ、こんなの、言い訳にしかなりませんよね」

「ああ。そんなのは言い訳にしかならない。なぜ、読み書きもできないような者がこの図書寮で働いているんだ⁉」

いや、そんなの、俺に聞かれても、知るわけないじゃん!

俺は八つ当たりだとわかっていても心の中で突っ込まずにはいられなかった。

だって、そもそも勝手に決めたのは、晴明だし。

俺、知らないし。

「なんでって言われても……。ここが一番人手不足だと聞いたので」

俺は、色々と心の中で考えた結果、一番使えそうな情報を言い訳にした。

うん。嘘は言っていないよ。

「確かに今は例年以上に人手が足りていない。それは事実だ。だが、読み書きもできないような奴に手伝ってもらうほど人手が足りていないわけではない!」

そ、そんな……。

つまり俺、お払い箱ってこと?え、出仕して2日目でまさかのくび⁉

あー、マジかよ……。どうしよう。

思っていたよりも重くのしかかってくる現実に俺は押しつぶされそうになった。

でも、こういう時の人間て、思っていたよりも冷静なのな。

これからどうしよう、とか、晴明の家からも追い出されるかな、とか考えていた。

「それで、だ。君のことは、これから決める。そこで、君にはほかのことで働いてもらうことにした」

ん?他のこと?もしかして、図書寮からは追い出されるけれど、働き次第では、別のところで働かせてもらえる、ということか?

「ああ、そういうことだ。もうすでに話は通してある。———何か自分でできる、と思うことはあるか?」

おお……!よかった。まだ猶予はある。

でも、もう話を通してあるの?早くね?昨日の時点でもうこうなるの見こしてたの?

でも、さっきまで鬼のようだった人が、今では神様に見える。

でも、これは失敗できない。

さて、どうしよう。

俺、料理とか、掃除とか、からっきしだったもんなー。

せいぜい、得意なのは歴史と柔道くらい。でも、柔道は大会で何回も優勝する、ってわけでもなかったし。

歴史は未来を教えるわけにはいかないし。

うーん……。

「まあ、得意、と言ったらいいのかはわからないんですが、柔道くらいですかね」

「じゅうどう?」

「えっと、武術みたいなもんです。こう、相手を投げ飛ばすような……」

相手を一本背負いで投げ飛ばすかのようなジェスチャーを付けて何とか説明する。

「ふむ。君は文人ではなく、武人のほうが向いている、というのか?」

向いているっていうか……。読み書きよりだったら、そっちの方がまだましかなってだけだ。

「でも、どれくらいできるのかはわからない。何かそれに関して功績を遺したら採用を考えよう。———そうだな、検非違使とかどうだ?」

———検非違使?マジで?

や、やりたい!検非違使、やってみたい!

でも、どうしたら功績を遺したらいいんだろう?

何かを捕まえるとか?何を?泥棒とか?例の、殺人鬼とか?

むーう。なんか、ハードル高くね?いや、図書寮を追い出される俺が何言ってんだ、っても思うけれど。

「どうした?やるのか、やらないのか、どっちなんだ?」

「あ、はい。すみません。やらせていただきます!いや、やらせてください!」

「そうか、頑張れよ!いい知らせを待っている」

「はい!頑張りま———」

「た、大変です!しょ、書物が、盗まれました!」

話がまとまり、俺が意気込みを入れている時、ことの事態は起こった。


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