1ー1 火球
火球と呼ばれる現象がある。
隕石が大気圏に突入する際、空気との摩擦熱で真っ赤に燃え上がる現象のことだ。
その明るさは満月を超え、その落下の衝撃音は雷に匹敵することがある。
紀元前の古い文献にもそれとおぼしき記述がみられ、人知の及ばぬ超自然現象、もしくは神や天魔の御業とされてきた。
紀元前3000年頃、エジプト。春。
日没後、雲ひとつ無い南の空に、真っ赤に輝く火球が尾を引いて流れた。それは数秒で炸裂、全てを拒絶するかのような衝撃波と轟音が聖都まで押し寄せ、それから砂を一斉に舞い上がらせた。人々は恐れ戦き屋内に隠れ、跪いて神に祈った。砂が落ち着くと不自然なほどの静穏が戻り、不吉の前兆ではないかと噂された。
翌朝、神官や兵士から成る数十人の調査隊が駱駝で進発した。内密に隕石を回収するためだ。実は知識階級において火球が隕石であることは既に知られており、寧ろ稀少な鉱物を入手できる好機とされていた。目的地は一面の砂漠だが砂丘は小さなものしかなく平坦で、捜索は難しくはない。大風が吹いて砂紋が掻き消される前なら尚容易だろう。
調査隊は五日目の朝になって四人だけ帰ってきた。駱駝も含め傷だらけだった。隕石をめぐって賊共と争いになったのだという。盗賊団もしくは反乱軍の連中か、捨ておけない。
帰還者たちは傷口を雑菌に侵されたのか治りが悪く、回収した隕石を引き渡して数日後、全員死んでしまった。
隕石の大きさは西瓜ほどもあった。角張った形状で、規則的な条痕が無数に刻まれ、見かけよりも遥かに重い。
若くとも腕利きで知られた王宮付きの刀工に託された。割ったり熱したり叩いたりすると鉄が得られたので、彼は短めの片手両刃直剣を作ることにした。
ヒッタイトが製鉄技術を獲得する1000年以上昔の話である。隕鉄は一点物の宝物に用いられることが多かった。
刀工は神官の指示に従い、金の柄にクリスタルの柄頭という豪勢な装飾を施した。鍛え上げた剣身には流水状の刃紋が浮かび、従来のものとは隔絶の輝きを示した。持つと重さが心地良く散って過不足無い。彼自身、驚くほど会心の出来栄えだ。
試し切りをしてみた。
パピルス束を切ってみると空振りと錯覚するほど無抵抗に切れ、切断面が全く潰れない。
馬の太い骨を切ってみると果物のようにストンと切れ、刃こぼれ一つ生じない。
「なんじゃこりゃあ! 我ながら天才過ぎるぞ俺! 万歳!」
普段扱う青銅剣とはまるで違う。かつて研いだ王家の宝剣のひとつ、星屑の剣をも上回る切れ味だ。
傑作の完成に気を良くした彼は、王宮への納品を数日遅らせた。即席の祭壇を作って祀り、酒を供えたり、眺めながら酒を飲んだりした。
刃に西日を当てて見ると虹色の反射光が室内を染めた。刀工はうっとりと見詰め、跪いて真剣な気持ちで祈りを捧げた。
「ありがとうございます。俺なんかのところに来てくれて」
翌日、剣作りの進捗を確かめに、王宮の役人が刀工の元を訪れると、そこには刀工が眠るように穏やかな顔で横たわり、冷たくなっていた。外傷は胸を鋭利な刃物でひと突き。即死だったろう。争った形跡は無い。酒盃が二つ出されて客の存在を匂わせた。
何かの祭壇が築かれていたが、何も見付からず、剣は完成を告げることもなく行方を眩ませた。