第93話 ドワーフの町へ
護衛依頼をしてきたのは、初老のドワーフ族の男だった。
「ワシは今から行くハダルの町の出身で、ゴーエンという」
ゲームやアニメで見たような、小柄でずんぐりした体だ。しかし腕や脚周りがガッチリしていて、特に肩から背中の筋肉が盛り上がっている。
ハンマーを持たせるとすごい威力の一撃を叩き込めるだろう体形をしているぞ。
「今は共和国に住んでいるが、行商の仕事でこの近くに来たんで里帰りをしようと思っておる。昔は危険な道でもなかったんだが、盗賊も出るようなんで往復の護衛を頼もうと思ってな」
そう言う依頼人とギルド職員を交えて、別室で依頼の交渉を行なう。
「今回の依頼は鉄ランクの護衛依頼としています。危険区域の護衛は白銀ランクとなるのですが、ユヅキ様は青銅ランクのメンバーがおられますので、あえて鉄ランクとしました」
カリンにも実績が付くように配慮してくれるのは、ありがたいことだ。護衛予約してくれたりと、ここのマスターは気を使ってくれているようだな。
「報酬が安くなってしまいますが、ユヅキ様どうされますか?」
報酬もそれほど安くはない。元々俺達がドワーフの町に行くための護衛だし、これで充分だ。
「俺達はそれでいい」
「ゴーエン様はいかがでしょうか」
「鉄と青銅のメンバーというのが少し不安だが、その分安いのであればいいかとも思うが……」
やはり、低ランクの冒険者だと不安がるのも分かる。だが俺達も野営を含む護衛の経験はある。十分対応できる自信はあるんだがな。
「この方々の実力はワンランク上とギルドでは考えていますので、依頼には充分応えられると判断しました。他のパーティーを探すのであれば、白銀ランクを含む3名以上の護衛パーティーを今から一般公募しますが、少し時間をもらうことになります」
掲示板に張り出し依頼を受けるメンバーを募集する事になる。
以前はドワーフの町への護衛は、王都行きの護衛と同じで、鉄ランクを含む2名以上という条件だったそうだが、危険と判断され白銀ランクを含むように変わったそうだ。
しかし同様の依頼が失敗続きで敬遠され、受ける冒険者は少ないらしい。
「なるほどな、冒険者ギルドがそこまで言うのなら、この人達に護衛を頼もう。よろしくお願いするよ」
「こちらこそよろしく頼む。ドワーフの町へはいつ出発する」
「今日はこの町で仕入れなどするから、明日朝、鐘2つ半に東門に来てくれ」
「分かった、では明日東門で」
ゴーエンさんが部屋を出た後は、ギルド職員が今の状況を再度詳しく教えてくれた。情報では盗賊は3、4人程度の集団で襲っているらしいな。
「ユヅキ様、装備なども盗賊に合わせて準備してくださいね。実力的には充分と思いますが、気を付けて行ってきてください」
「ああ、分かった。色々とありがとう」
この町に来て対人戦闘用に俺は小さな鉄の盾を買っている。アイシャ達には弓避け用の木の盾を買い、ナイフによる訓練もしている。
準備はできているが魔獣とは違い、人相手はやはり不安がある。
盗賊とはいえ、俺は人を目の前にしてちゃんと戦えるのか? 対人戦をまったく経験したことのない俺自身が一番の不安材料だ。
何はともあれ、宿屋に戻って旅の準備をしよう。野営する分の食料や装備と道具等をまとめておく。
「ユヅキさん、やっとドワーフの町に行けるわね」
「ああ、そうだな。もう少し先かと思っていたが、早く見つかって良かったよ」
「ユヅキ、ドワーフの町に行ったら珍しいお土産を買いたいわ」
はい、はい。その前にちゃんと護衛の仕事しような。
翌朝。
「おばちゃん、世話になったな。またこの町に戻ったら泊めてもらうよ」
「しっかり護衛の仕事をしてきて、ちゃんと戻っておいでよ。待ってるからね」
世話になった宿屋の女主人と別れて、俺達は東門に向かう。
東門でしばらく待っていると、荷馬車に乗ったゴーエンさんがやって来た。
「少し遅れたかな。荷物を後ろに積んで乗り込んでくれ。すぐに出発しよう」
荷馬車は幌付きの馬車で、王都に行った時の乗り合い馬車より小さいが6人ぐらい乗れる大きさの馬車だ。
俺達が乗り込むと、荷馬車はゆっくりと動きだし東門を出ていく。
俺は御者台の横に座り前方を監視する。アイシャ達には荷台から後方を見てもらう。
「ハダルの町までは、この馬車で5日ほどだ。急げば半日くらいは短くなるかな」
「この道には詳しいのか?」
「若い頃はよくスハイルの町まで往復していたからな。久しぶりだが町の者に聞くと道は変わっとらんそうじゃ」
最初は王都に向かう街道を進んで、途中から北の山の方に向かい左に曲がる。
「ワシは、25年ほど前にハダルの町を出て、いろんな所を転々として共和国に入ったんだよ。ハダルは小さな町でな、広い世界を見てみたかったんじゃ」
馬を操りながらゴーエンさんは、昔を懐かしむようにゆっくりとした口調で話してくれる。今回も共和国からここに来るまで相当な長旅だったはずだが、ずっとひとりで旅したそうだ。
「ワシは共和国のドワーフが沢山住むトリマンという町に住んでおる。そこで結婚もし鍋や包丁など生活用品を作る鍛冶仕事をしていてな。今は息子夫婦に工房を任せて、ワシはたまにこうして行商をしとるんだよ。旅が好きなんでな」
仕事を兼ねているとはいえ、国境を越えてエルトナ王国の北方に位置するこの場所まで来るとは、余程旅慣れているんだろうな。歳の割には体もしっかりしているようだし、まだまだ元気そうではあるが。
「鍛冶仕事を辞めた割には、がっちりした体をしているな。特に肩の筋肉がすごいようだが」
「ドワーフ族を見るのは初めてかね? この肩は筋肉じゃなくて鱗なんだよ。触ってみるかい」
触ってみると鉄のように固いゴツゴツした肌触りの肩だった。
「我々はこの鱗を利用して力強くハンマーを振り降ろしているんだよ」
鉄バネのような鱗をしならせて、その力を利用しているのか? 確かにそれなら鍛冶仕事や木こりに向いた体だ。顔形は似ているが、やはり人間とは全然違うようだな。
「ワシも人族を見るのは初めてだが、噂とは少し違うようだな。やはり自分の目で確かめてみんと分からんもんじゃの。これだから旅は止められんな」
いろんな場所を旅しているなら話を聞いて、見知らぬこの世界の事を知りたいものだ。
「ユヅキさん」
「どうした」
「後ろに盗賊らしき人影が見えるわ」




