第91話 隣町へ
出発の日の朝。隣町まではカリンのお兄さんが荷馬車で送ってくれるそうだ。
「おはよう、みんな。準備ができたら出発しようか」
旅の荷物を乗せて、俺達も荷台に乗り込むと馬車が動きだす。御者台には、カリンのお兄さんと結婚したばかりの奥さんも一緒で、にこやかに挨拶してくれる。隣町への仕入れだから、お兄さんだけと聞いていたが。
「お義姉さんも隣町に行くんだ、何か用事?」
「ええ、足らない物があるから、実家から持ってこようと思って」
新しい生活をしたばかりだしな。実際に生活してみると足らない物や、要らなかった物など色々出てくるものだ。
「アイシャさん。お祝いにもらったドライヤーの魔道具、あれすごく便利ね。気にいっちゃった」
「そうでしょう、一度使うと手放せなくなるでしょう」
アイシャもそうだしな。奥さんの髪は長いから、ドライヤーは重宝するだろうな。
「あの魔道具、ユヅキさんが作ったんですってね。本当にありがとうございます」
「あれは王都にいる、シルスさんが作ったもので、俺はほんの少し手伝っただけだ。気に入ってもらえたのなら、それでいい」
「毎晩、ケレイヤの髪をドライヤーで乾かしているんだが、髪に艶が出できてね。美しかった髪がさらに綺麗になったよ」
「そんな、ケルミさんったら恥ずかしいわ」
まあ、新婚さんだからな。のろけ話も仕方ないか。
その後も最近の様子などを話してくれて、アイシャやカリンは興味津々で聞いていたが、ほとんどのろけ話だった気がするぞ。
隣町に到着し冒険者ギルドの前で降ろしてもらって、ケルミさん達は奥さんの実家の方へと向かっていった。
このスハイルの町はアルヘナより少し大きいが、冒険者ギルドは同じような3階建ての建物だ。中の造りも同じようで、受付窓口の右側に掲示板があり、その裏手には酒場も併設されている。
掲示板でドワーフの町までの護衛依頼を探したが無いようだな。受付に行って聞いてみるか。
「時々ドワーフの町へ行く人はいますが、途中に盗賊が出るようで最近失敗も多く、戻ってこない冒険者もいます。あなた方は鉄と青銅のパーティーですので、少し難しいと思いますよ」
やはり盗賊は出るようだが、この町からドワーフの町へ行く人はいるみたいだ。少ないとはいえ、待っていれば護衛依頼があるかもしれんな。
「盗賊はどの程度の人数か分かるか?」
「正確には分かりませんが、主に王都からのルートが多くて、こちら側は比較的少ないと聞いています」
王都のルートで行く事も考えていたが、どうもこちらの方が安全なようだな。
「ドワーフの町へ行く人の護衛があれば、俺達に教えてほしいのだが」
「予約という事でしょうか? 通常、護衛の予約は白銀ランク以上の方でギルドが認めた方のみとなっています。申し訳ありません」
そうなのか。白銀ランクにはまだまだ手が届かんからな、仕方ないか。
「ユヅキ様、掲示板の依頼は朝と昼に新しいものを張り出します。それをお持ちいただいて、依頼人と交渉すれば鉄ランクでも護衛依頼を受けることができます。毎日掲示板を確認していただけるでしょうか」
少し面倒ではあるが、いつもの朝に加えて昼も確認しに来ればいいか。これ以上無理を言う訳にもいかんな。
「分かった、ありがとう。それとこれをマスターに渡してくれ、アルヘナのギルドマスターから預かっている」
「マスターのお知り合いなのですか? いえ、確かに預からせていただきます」
ジルから預かったデンデン貝を受付嬢に渡し、冒険者用の安い宿が無いか聞いてから冒険者ギルドを後にする。
受付嬢に聞いた宿屋は簡素な宿だが清潔な部屋だし、宿代も安いのでそこに決めて荷物を部屋に運び込む。
アイシャは前も俺と同じ部屋に泊まったから一緒がいいと言うと、カリンが口を挟んできた。
「アイシャは私と一緒に泊まるの、あんたは隣に行ってなさい」
部屋を追い出されてしまった。まあ、そうなるだろうな。
荷物を置いた後まだ時間もあるし、カリンのお兄さんがイヤリングを買ったというアクセサリー店に行ってみようか。ドワーフ族に関する情報がないか聞いてみるつもりだ。
「この店、品数多いわね」
「カリン、こっちに素敵なブローチがあるわよ」
いやいや、俺達は情報を集めに来たんだろ。店員にドワーフ製の品がないか聞いてみる。
「今は取り扱っていませんね。ドワーフの町へ行く行商人がいなくて、ドワーフ製の品は王都からの取り寄せとなっています」
ドワーフの町へ行っていた行商人も、盗賊に襲われて行方知れずだと言う。この町から直接ドワーフの町へ行く人は少ないようだな。
「これぐらいの丸くて薄い板のようなガラス細工はあるか? イヤリングとして売っていたようだが」
「ドワーフの町へ行った者から仕入れたガラスに、枠と鎖を付けて加工した私どものオリジナル商品ですね。王都にもない珍しい物ですが、今は売り切れていて商品はないんですよ」
なるほど。レンズだけがドワーフ製だったのか。どんな工房で作られているか知りたかったが、ドワーフの町の事は全く知らないと言っている。
「おーい、そろそろ宿に戻るぞ」
「もうちょっと待ってよ、まだ時間あるでしょう」
仕方ないな、女の子の買い物は長いと言うしな。アイシャも色々と見て回って楽しそうにしている。今日ここに着いたばかりだ、のんびりしてもいいだろう。
夕暮れに差し掛かり腹も減ってきた。近くのレストランで食事でもするか。
「この町からドワーフの町へ行く人はほぼいないそうだが、道自体は王都の道より安全らしい。これからどうする?」
「それなら、この町で待ってた方がいいんじゃないの。行った事のない道を私達だけで旅するのは無理だし」
「時間はかかるぞ」
「その間、ここの冒険者ギルドのお仕事をしましょう。宿代とか食事代とかはそれで稼げると思うわ」
宿代がひとり銀貨3枚と銅貨5枚、朝夕の食事を付けると銀貨2枚追加だったな。確かに安い宿だ、1日銀貨16枚と銅貨5枚なら3人で魔獣を狩れば充分賄えるな。
「それなら1週間ほど、この町に滞在して様子をみてみるか」
お読みいただき、ありがとうございます。
【設定集】目指せ遥かなるスローライフ! を更新しています。
(第1部 第3章 に関する地図)
(今回は地図のみです)
小説の参考にしていただけたら幸いです。




