第90話 ドワーフの町に行こう
俺はドワーフの町に行ってみたいと、冒険者ギルドに相談してみた。
冒険者ギルドにドワーフの町までの護衛依頼はないそうだ。
商業ギルドに聞くか、隣町か王都の冒険者ギルドなら護衛の依頼はあるかもしれないと言われた。
聞くところによると王都からは、現在でもある程度の交易ができているそうだが、他はあまり交流がないという。
ドワーフの町に行ってみたいというのは、俺個人の思いなのでアイシャ達に迷惑をかけたくはない。
危険なら俺ひとりで行ってくればいいと思うが、一度相談してみよう。
「アイシャ。実は俺、ドワーフの町に行きたいと思っていてな」
「いつ行くの、私も用意しなくっちゃ」
「えっ、いや、アイシャはここに残っても……」
「ユヅキ、何言ってんのよ。あんた兄さんの結婚式でドワーフ族の話聞いてから、ソワソワしてたじゃん。もちろん私も行くからね」
「盗賊が出るかもしれないし、危険だから俺ひとりで行こうと思ってるんだが……」
「そんな危ない所なら、ユヅキさんひとりで行かせられないでしょ。私達は家族みたいなものなんだから」
アイシャはそんな風に思っていてくれたのか。
「カリンもなのか?」
「アイシャとあんたは家族みたいなものだって、父さんも言ってたじゃない。放っておけないでしょ」
カリンまでそんな事を言ってくれるなんて……。
アイシャ達は守る存在だと思ってはいたが、こちらの世界の人々と関わりを持つことを俺は無意識のうちに怖がっていた。
こちらの世界で俺は異分子だ。なぜこの世界に来たのか、転生なのか召喚なのか、どうやって異世界に飛ばされたのかも分からないあやふやな存在だ。
もしかしたら、急に元の世界に帰ってしまうかも知れない。そんな思いが、いつも頭の隅にある。
だがアイシャはいつも俺の傍らに居てくれる。カリンは生意気な妹に似ているし、この世界での大切な家族だと思える。
ふたりの手を取り、静かに感謝の言葉を口にする。
「ありがとう。俺を家族だと言ってくれて」
「そうよ、ユヅキさん。私達はずっと一緒よ」
「仕方ないわね。私があんたを守ってあげるわよ」
「それなら、なおさら慎重にドワーフの町に行けるようにしないとな」
3人でドワーフの町に行くことは決まった。ならばより安全に行く事を考えねば。
「父さんが言うには、ドワーフの町へは、隣町から馬車で5日、王都からは4日の2つの道があるそうよ」
「俺が商業ギルドで聞いた話では、この町で直接ドワーフの町との交易は無いそうだ。ドワーフの製品は隣町か王都から仕入れているらしい」
「それなら隣町に行って、情報を集めた方がいいんじゃないかしら」
アイシャの言う通りだな。でも隣町に行くにしても、ここで充分な準備をしてから行った方がいいな。
ドワーフの町への往復だけで12日間、王都回りだとプラス6日間か。
隣町やドワーフの町での滞在を考えると2週間以上、長いとひと月くらいの旅になる。道中の事を考えると武器や防具も揃えておきたい。
翌日から旅の準備をして、出来次第出発することにした。
「カリン、明日トマスさんの所に挨拶に行くぞ。一緒に来い」
「父さんの所に! ユヅキ、そんなの私達にまだ早いよ……」
カリンが赤くなってモジモジしている。
「バ、バカ、何勘違いしてんだよ。ドワーフの町に行く挨拶だよ」
「え~、そんなの要らないわよ~」
「親御さんに心配かけちゃいけないだろ」
翌日、トマスさんの店に行ってドワーフの町に旅することを報告に行く。
「どうせ、カリンが付いて行くと言ったんだろう。仕方がないな、ユヅキ君がいるなら安心だ。カリンをよろしく頼むよ」
トマスさんから日持ちする食料をもらって、くれぐれもカリンのことを頼むとお願いされた。
「次は武器屋に行くぞ」
「私、魔法があるから武器は要らないわよ」
「万が一のための武器とローブも買っておくんだ。ついてこい」
カリンなら近接戦闘でも魔法攻撃するだろうが、念のためサバイバルナイフを買っておく。少し高いがローブは風と水の耐性が付与されている物を買う。カリンに怪我させる訳にはいかんからな。
「このローブ買ってくれるの? 魔術師みたいでカッコイイ」
いや、お前は充分魔術師だろうが。
近くに魔道弓も陳列されている。カリンの魔力節約のためにも、遠隔用の武器も必要になるか。魔道弓はこのアルヘナでしか買えんからな、俺の予備を含め多めに買っておこう。
「ユヅキ様、おかげさまで魔道弓の売れ行きも順調です。少しお安くしておきました。またのご来店をお待ちしています」
この店の店主さんが気を使ってくれたようだ。商業ギルドは、隣町でも魔道弓の販売をする事を考えているそうだ。この大きな武器屋も隣町に店を出すらしいし、儲かっていて安くしてくれるなら助かる。
鍛冶屋のエギルの所に行って、前から注文していたカリンの杖を2本受け取る。杖といっても指揮者のタクトのようなもので、武器屋で売っていた杖を加工してもらった。これでカリンの魔力を抑えて命中精度を上げる。
「エギル、ありがとよ」
「ユヅキの注文は難しいが、やりがいのある面白い物ばかりだ。また来てくれよ」
「ああ、今度ドワーフの町へ行くんだ。町を離れるが帰ってきたらまた顔を出すよ」
家に帰るとアイシャも弓の手入れなど旅の準備をしていた。
「アイシャ、準備はどうだ?」
「大体できたわ。弓の予備と矢も多めに用意してるわ。多分ドワーフの町で弓や矢なども売ってるでしょうけど、使い慣れた物の方がいいしね」
武器は大丈夫そうだな。アイシャに渡してるローブは、試したら全属性に耐性を持っていた。最高級ローブと同じ性能だ。
ただ鎧ではないので土属性で岩などをぶつけられると、ローブは大丈夫でも人はダメージを受ける。
「カリン、お前のローブは風と水の耐性だけだ、炎の場合は、俺の予備のマントを使え」
「そんなの要らないわ。水でパーッと消しちゃえばいいのよ」
そうなのだカリンは火魔法に対して水魔法のバリヤーで対抗できる。『ウォーターシールド』とか叫んで強力な炎でも跳ね返していたな。魔力量が多いとあんな事も簡単にできちまうんだな。
「まあ念のためだ、持っておけ」
翌日、俺は職人ギルドに行って、マスターのボアンにドワーフの町へ行くので、しばらく仕事ができないと伝える。
冒険者ギルドのマスターのジルにもドワーフの町へ行くと言うと、隣町で滞在するなら向こうのギルドマスターに渡すようにとデンデン貝を預かった。便宜を図ってもらえるように伝言を入れてくれたようだ。
さて、準備も整ってきた。2、3日後には出発できそうだ。




