第85話 カリン覚醒
カリンは魔力を回すのが重いと言っていた。スムーズに回せれば、継続して魔力を放出できて、魔法を安定的に発動できると思うのだが。
「カリンは魔力を回すとき、どうやってるんだ」
「教会で教えてもらった通り、胸から順番に体の表面をなぞるように回しているわ」
これは俺も同じで、血液と同じように手足を含めた体全体に循環させているイメージだ。しかし血液に拘らなくても良くないか? 色々試してみるか。
「逆回りにできるか?」
「えぇ、逆? え~と胸から左肩、頭、え~と……」
やってもらったが、魔法は発動しなかった。
カリンは不器用だからな。余分なところは省いて、もっと単純にしないとダメか。
「じゃあ、胸から首、そしてお腹、また戻って胸ならどうだ」
「ヒャッ! へ、変なとこ触らないでよ。まあ、いいわ。やってみる」
「ユヅキさん。逆回転でお腹の周りだけなんて、聞いたことないわよ」
「まあ、今までとは違うことを試してみるのもいいんじゃないか」
常識に囚われず、カリン独自の方法を見つけだせばいいさ。
「あれ、なんだかスムーズに魔力が回る感じね。あまり引っ掛かりがないわ」
「それを右手に集めるとどうだ?」
「う~ん、そうするとダメみたいね」
魔力量が多いから普通とは違うのだろう。それならほんの一部だけを右手に流すのはどうだ。
「カリン、ちょっとこっちに来て座りな」
俺は丸いジャガイモを輪切りにしてテーブルに持っていく。ジャガイモの中心に串を刺してコマのようなものを作る。
「これをカリンの魔力として、ゆっくり回す。こうやってゆっくり回すのはできるな」
「ええ、丸い形で回すというのは分かりやすいし、ゆっくり回すならできるわ」
「ジャガイモ表面にナイフを立てて回すと、皮だけ薄く切れるだろ。その皮を指先に持っていくというのはどうだ?」
「魔力を薄く切り取るのね。やってみる」
カリンは目を閉じて椅子に座り、俺は後ろから両肩に手を置く。
「まず体を安定させて、ゆっくり呼吸して魔力を回してみろ。ゆっくりでいいぞ」
「うん」
「魔力を右肩部分で少し削って指に流せるか?」
右肩に置いた手に少し力を入れて、カリンに意識させる。
「うん、指に流しても体の魔力はちゃんと回っているわ。魔法を使ってもいいかしら」
「ああ、やってみろ」
カリンが中指を鳴らすと、水球が指先に現れたまま維持されている。
指を弾くと水球が飛んでいき壁に当たって弾けた。
「カリン、できたじゃない。うまく発動できていたわよ」
「うん、うん。もう一度やってみるね」
俺は肩から手を放して、カリンが魔法を使うのをそっと見守る。次の魔法もちゃんと発動できているようだな。
「上手いもんだ」
「うん、ありがとう。ユヅキ」
「少し説明するぞ。このジャガイモをゆっくり回しても周辺部は速いから、普通の人が魔力を回すのと同じと思えばいい。だから今のままゆっくりでいい」
「うん、無理に回さなくてもいいんだね」
「そうだ、魔力量が減れば勝手に回転は速くなるから、カリンは気にする必要はない」
「えっ、そうなの」
コマの原理からするとそうなる。
「カリンが気にするのは、切る皮の厚さ。指に流す魔力量だ」
「うん、そうね。それで発動する魔法の大きさが決まるものね」
分かってるじゃないか。
「左手はどうだ、お腹の下からの魔力を削る感じだが」
「左肩で削って一回転させて指先に持っていくイメージでできそうよ」
「ああ、そういえば、魔力の回転は元の左回転でも良かったんだがな」
「いいえ、このまま右回転のイメージでいくわ」
最初のイメージが大事だからな。逆のままでいいか。
「左右同時に魔法を使ってみるわね」
指を鳴らすと、左右の指先から水球が飛んでいった。
「カリン、すごい、すごい。ふたつの魔法が使えているわ」
「うん。ありがとう、ありがとう」
カリンは涙を零しながらアイシャに抱きついている。そうだよな、俺も魔法が使えた時は嬉しかったものな。
カリンはそれから数日間、朝は俺と体操や腹式呼吸の練習をして、半日は薬草採取、半日は魔法の自主練習をしてもらう。
そして俺達が休みの日、東門を出た所の岩場にやって来た。前にシルスさんが火魔法をぶっ放していた場所だ。
「カリン、ここなら思いっきり魔法を使えるぞ」
「そうね、じゃあ火魔法から試してみるわ」
カリンが人差し指を弾くと、ファイヤーボール程度の火の玉が崖に飛んで行った。
「カリン、それが全力か?」
「えっ? いやいや、まだまだよ。私の実力を見てなさいよ」
勢いよくカリンが人差し指を弾く。火の玉が崖に飛んで行ったが、同じじゃね~か。前にパーティーを組んだ若手冒険者の魔術師と同じ程度の火魔法だ。
カリンの魔法力は桁外れに大きいというから、全力がこの程度のはずはない。
俺もシルスさんに魔法を教えてもらったときに言われたが、魔法を長い間使っていないと、魔力が放出される指先の出口が塞がった状態になるそうだ。
俺はこの世界に来るまで、魔法など使ってないからそうなっていたのだろう。
「おい、カリン。前にシルスさんから教えてもらった方法を試すからこっちに来い」
「何よ、変なことしないでよ」
「簡単なことだ。右手を広げてみろ。そうだ。それに俺の手を合わせる」
「キャッ。何すんのよ、変態」
変態はないだろう。
「それなら、アイシャにやってもらうわよ」
「アイシャは2種類の属性しか使えんからダメだ。だから俺がお前に合わせてやってるんじゃないか。ほれ文句言わず手を貸せ」
カリンは顔を赤らめながらも手を広げた。それに俺の手を合わせて少しだけ魔力を放出する。
「痛、なに! 今、バッチンっていった!」
「次は左手だ」
「ユヅキ、ほんとに大丈夫なんでしょうね」
広げた左手に俺の手を合わせて魔力を放出する。
「痛! またバッチンっていった!」
まずは、これで大丈夫なはずだ。
「今度は自分の手を合わせて、右から左、左から右へ魔力を通すようにしてみろ」
「こうかしら」
「そうだ。今やっている練習方法を毎日3回程度、1週間続ければいい。じゃあ、ちょっと試してみるか。さっきの火魔法を崖に飛ばしてみろ」
「うん、やってみる」
カリンが指を鳴らすと、直径3mを超えるような火の玉が現れる。
「キャー、なにこれ~」
指を振ると、巨大な火の玉が崖に向かって飛んでいく。どでかい爆発音がして、ガラガラと崖の一部が崩れた。
なんだよ今の! 半端ねぇ~な。
「カリン、もうちょっと抑えろよ」
「分かったわよ、もっと薄く切ればいいんでしょう」
今度は1mぐらいの火の球が現れた。
「もうちょっと小さくならんか」
すると火の玉は小さくなり消えてしまった。
「これ以上は無理ね」
ほんと、不器用な子だね。
アイシャにも助言してもらい、何とか半分ぐらいの大きさまでできたがこれが限界か。
「でも大体分かってきたわ。他の指でもやってみるわね」
同じように練習して、時々全力で魔法を飛ばす。巨大な岩や火球と共に轟音が何度も響き渡る。
「こら! お前ら何してやがるんだ~」
門番さんがこっちに走ってきて怒られてしまった。
「ごめんなさ~い」




