第77話 護衛の仕事
「横の窓と後ろの出入り口を閉めろ。フェンリルウルフの群れだ!」
馬車の中が緊張に包まれる。フェンリルウルフといえば炎を吐く魔物。普通の狼よりもかなり大型で、それが群れで襲ってきていると言うの!?
ユヅキさんが立ち上がる。
「何頭いた!」
「5、6頭だと思う、護衛ひとりじゃ無理だ。この馬車も襲われる。入り口をしっかり閉めて小さく固まっていてくれ」
「アイシャ、出るぞ!」
「はい!」
おふたりが魔獣を倒すために、外に出ようとする。私も何かしないと!
「ユ、ユヅキさん。私も」
「魔獣を倒した経験は?」
「ありませんが、私の魔法がお役に立つと思います」
「ならば、この馬車から群れに向かって水球魔法を放ってくれ。群れを分散させたい。その後は馬車の中に入って絶対外に出ないように」
そう言い残してユヅキさんとアイシャさんが外に飛び出す。私は前の入り口から御者台に出て外の様子を覗うと、街道の左、魔獣の群れがこちらに向かって走っているのが見えた。
護衛の人は馬車を守るように前方に出て剣を構えているけど、あの人ひとりじゃ防ぎきれないでしょうね。
アイシャさんが馬車の近くに、ユヅキさんがずっと前の方に走っていく。
魔獣は恐いけどユヅキさん達の役に立たないと。
「アイシャさん、魔法攻撃します!」
御者台の上から、私の使える最大級の水球魔法を狼の群れに向けて3発発射する。群れの走るスピードが落ちて少しばらけた。
続いてアイシャさんが弓でフェンリルウルフに攻撃する。
1頭が倒れた。すごいわ、こんな遠くから仕留めるなんて。
アイシャさんはあの魔道弓を使ったようね。この魔獣の群れ相手なら仕方ないわね。護衛の冒険者はひとりだし、目の前の魔獣に集中している。こちらを見る余裕はなさそうだわ。
私は馬車の中に戻って入り口をしっかり閉めた。暗い中、乗客のみんなは隅に固まって小さくなっている。
「そ、外の様子はどうだった?」
「私の連れは冒険者です。あの人達がいれば大丈夫ですよ」
「確かに強そうな人族の人がいたね」
「ええ、あの人はものすごく強いんですよ。もうひとりの人も弓が上手で、既に1頭仕留めていました」
乗客の人達は少しだけ安心したようだけど、外ではまだ激しい戦闘の音が続いている。
「キャッ」
魔術師の若い女性は外の音に怯えて、小さな悲鳴を上げていた。小さな男の子は、母親にしがみついて震えている。
でも私達にできる事は何もない。窓や入り口を閉めた暗い幌の中で耐える事だけだわ。しばらくして外が静かになったと思ったら、外にいるアイシャさんが声を掛けてくれる。
「もう大丈夫よ」
私は前の入り口を開けて御者台に出ると、あの大きなフェンリルウルフが何頭も平原に横たわっていた。
中の乗客も窓から外を見て、助かったと喜びの声を上げる。御者さんも御者台に出てきた。
「これはすごいな。あんなに多かった魔獣の群れをよく倒せたものだ。俺はもうダメだと覚悟していたが……」
「そうですよ、あのおふたりは本当にすごい人達なんですから」
そう、私が信頼する人達。私を王都に連れていってくれる人達だもの。
「アイシャさん、無事でしたか?」
「ええ、大丈夫よ。ユヅキさんも怪我はないわ」
ふたりが外に飛び出した時は少し心配したけど、無事で良かったわ。護衛の人も帰って来て御者台に座る。
「ふたりとも、よくやってくれた。それに後ろの魔術師さんも。君達は冒険者だと思っていたが、フェンリルを4頭も倒す手練れだとはな……んん? お前達鉄ランクだったのか!」
護衛の人が、何か驚いているわね。
他の魔獣が来るかもしれないから、急いでここを離れないといけないみたい。ユヅキさん達が馬車の中に乗り込むと、すぐに馬車は動き出し再び街道を進んでいく。
「本当にありがとう。御者さんが馬車も襲われると言っていて、生きた心地がしなかったよ」
「あなた達は命の恩人だわ。息子を助けてくれてありがとう」
乗客達がユヅキさん達にお礼を言っている。さっきまで変な目で見て悪かったと謝る人もいるわね。
夕暮れ近く、馬車がゆっくり止まった。今晩の野営地に着いたようだわ。
「ここで野営する。ここは馬車から降りても安全な場所だが、あまり離れないでくれ。さっきの冒険者のふたり、すまないが手伝ってくれんか?」
護衛の人と一緒にユヅキさん達は馬車から降りて、手分けしながら料理を作ったり、布生地のシートで天幕を張ってテーブルを並べたりしている。このまま護衛の仕事に加わるとアイシャさんが私に言いにきた。
私もなにか手伝おうと思ったけど、こういうことはプロに任せた方がいい、邪魔になってしまう。
私は大人しく車内に残る。
「あの、さっきはありがとうございました。魔獣に魔法攻撃してましたよね、怖くなかったですか?」
魔術師の若い女性が声をかけてきた。
「怖かったわよ。でも私にできる事はやらないと」
「私は、王都の魔術師学園に通っていて魔術も使えるんですけど、さっきは何もできなくて……」
「あなたの歳では、それが普通よ。気を落とさないで」
アイシャさんが後ろの出入り口から顔をのぞかせて尋ねてくる。
「シルスさん、食事ができたけど外のテーブルに行きますか?」
「いいえ、ここでいいわ」
アイシャさんも車内で食事を摂るようね。ふたり並んで座っていると、さっきの若い魔術師さんがアイシャさんに声を掛けてきた。
「私はメランって言います。魔術師の方ですか?」
「私はアイシャ、元猟師なの。このローブはユヅキさんので、炎の耐性があるから貸してもらっているだけなの」
アイシャさんは自分の弓を見せて、冒険者だと話す。
「ユヅキさんって、あの人族の人ですよね。こんな上等なローブを貸してくれるなんて、余程大切にされているんですね」
「おふたりは、ご夫婦なのよ」
「シルスさん、私達は一緒に住んでいるけど、そんなんじゃなくて……」
「そんなに照れなくてもいいわよ」
あらあら、赤い顔をしてモジモジとしているわ。アイシャさんのこういうところは可愛いわね。
「新婚さんなんですか? いいですね~。あんな強そうな人が側にいてくれて」
「そーよね。私もそんな人を見つけたいわ」
「えっ、まだお相手見つかってないんですか。お綺麗なのに」
「私も大学に通っていた頃は、恋の1つや2つしてたんだけどね」
1つや2つじゃなくて、片思いの1つだけね……寂しい学生時代だったわ。
「えっ、大学って、王都の魔法大学ですか! 私、今年受験なんですよ。どうすれば受かるか教えてください」
「あ~、私は推薦入学だったから」
「推薦ですか~。私とはレベルが違いすぎますね。さっきの魔法もすごかったですし」
「私は魔力量が大きいだけだから。メランさんも諦めずちゃんと勉強していれば必ず受かるわよ」
「そうですよね。頑張ってみます。ところで王都には何をしに行かれるんですか?」
「魔道具の登録に行くのよ」
「登録? 買いに行くんじゃなくて?」
あまりよく分かっていないようね。
「シルスさんが、新しい魔道具を作ったから持っていくの。これよ」
アイシャさんがドライヤーの魔道具を出して見せている。
「王都ではもう売っているって聞いたんだけど」
「え~、なんですかこれ。暖かい風が出てますよ!!」
「これでね、洗って濡れた髪を乾かすのよ」
「こんなの王都でも見たことないですよ。これが新しい魔道具……。これを作ったんですか?」
「ええ、シルスさんがね」
「すごいです、すごいです。火と風を同時に……人の手でこんな物を作り出せるなんて」
魔術に詳しい人なら驚くわよね。私も最初ユヅキさんに見せてもらった時はすごく驚いたもの。
でも王都に住んでいる人が知らないなんて。販売されているはずだけど……やっぱり王都でちゃんと確かめないとダメね。




