第76話 王都へ
魔道具責任者の初老の方が説明してくれる。
「この魔道具は既に登録されていて、新たに登録することはできないと王都から連絡を受けているんじゃよ」
そんな、そんな事って……。
「王都では既に販売もされておるそうじゃ」
「抗議することはできないのか」
「詳細なことは、こちらでは分からん。異議申し立ての意見書を送ることはできると思うが、一度下った決定を覆せるかは何とも言えんの」
「審査をした人の名前は分かるか」
「『王都魔術師協会 魔道具担当 ヘテオトル』となっておるの。不許可の通知書と王都に送った資料が送り返されておる」
不許可ですって。あれだけ苦労して作った私の魔道具が……。力が抜けて、床に座り込みそうになった。
ユヅキさん達と返却された書類を受け取って、私は失意のまま店に戻ってきた。
「シルスさん、きっと何かの間違いよ。あんなすごい物、他の人に作れっこないわよ」
「そうだぞ、まだ諦めてはダメだ」
「でも、王都では既に販売もされているって……」
私が作った物は、新しい物ではなかったんだわ。
「シルスさんの作った魔道具は反発する属性魔法を同時に使用する画期的なものだ。もしも王都でその事が広まっているとしたら、魔道具ではなくこの町の魔術師の間でも噂になっているはずだ」
「それはそうですが……」
「王都に行って確かめてみよう」
「王都へ……」
「そうだ! 意見書などでは時間がかかる。直接王都の魔術師協会へ行って、どうなっているのか確かめる方が早い」
不許可という結果は出た。それを王都に行ってどうにかできるの? でも、もしかしたら……確かにこの通知書1枚で諦めきれるものではないわね。
「ユヅキさんがそう言うのなら、直接確かめた方がいいですね。王都なら販売されているという製品を見る事もできますし」
「そうですよ、シルスさん。その製品と見比べれば、この魔道具がどれだけ優秀か分かってくれるはずだわ」
「アイシャが大絶賛した魔道具だ。まだ希望はあるぞ」
おふたりの言うように、この魔道具には自信がある。この動作原理を他の人が先に見つけているなんて考えられないわ。
「そうですね、まだ諦めたらだめですよね」
「よしそれじゃ早速準備しよう。アイシャも一緒に来てくれるか?」
「もちろん、私も行くわ」
「王都までは5日かかると聞いたが」
「ええ、この町から隣町へ行って、そこからは王都へ行く乗り合い馬車が出ています」
この町に来てから一度だけ仕事で王都に行ったことがある。でもその時は隣町まで魔術師協会の馬車で送ってもらった。今の私では、どうやって行けばいいのか。
「アイシャ、カリンに荷馬車が借りられないか聞いてきてくれ。シルスさん、王都に持っていく資料を一緒にまとめよう」
ユヅキさんも、アイシャさんも王都に行くために助けてくれる。私も資料や図面など破れないようにひとまとめにして持ち運べるようにしておこう。
しばらくお店を閉める看板も作っておかないと。後はお金と数食分の食料ぐらいかしら。
「ユヅキさん、カリンの荷馬車はもう仕入れに出ていてダメだって」
「分かった。アイシャは家に帰って旅支度を、弓などの装備もしっかりしておいてくれ。シルスさんは荷造りを続けてくれ、俺は商業ギルドに行ってくる」
ユヅキさんは、護衛を条件に隣町まで馬車に乗せてもらえるように交渉してくれたようだわ。3人とも旅の準備をして指定された時間に東門に行く。
「あんた達かい。スハイルまで行きたいっていうのは? 後ろに乗ってくれ、すぐに出るよ」
私達が荷台に乗ったのを確認してすぐに馬車が動き出す。
「あんたら王都に行くんだって、大変だな。ここからスハイルまでは半日ほどだが、王都へ行く乗り合い馬車は明日の朝一番に出て、丸4日はかかるよ」
「シルスさんは王都に詳しいのか?」
「ええ、私は王都の魔法大学に行っていたから。すごく大きな都市よ」
そう、私は4年間王都にいた。その時は成果を上げられずこの町に来たけど、今度は私の魔道具をものにするため、ここから王都へ行く。
半日馬車に揺られて、道中何事もなく夕方には隣町に着いた。
「じゃあ、わしの馬車はここまでだ。王都まで気を付けて行けよ」
お礼を言って、私達は宿を探して街中を歩く。このスハイルは王都との貿易で栄えていて、アルヘナより少し大きな町。
「明日出る乗り合い馬車の近くに宿があるの、そちらに行きましょう」
ちょうど空いた宿があった。
アイシャさんが「どうしてもユヅキさんと一緒がいい」そうなので、ふたり部屋にしてもらった。
そらそうよね。結婚式はまだでもご夫婦ですもの。
もうすぐ夕暮れね。今のうちにみんなで街に買い出しに行きましょう。
「明日乗る乗り合い馬車は、朝と夜に食事が出るけど車中でも食べる物があった方がいいわ。それに護衛が付くけどトラブルがあったら、一泊多くなることもあるそうよ。その分も食料を買っておきましょう」
ユヅキさんもアイシャさんも、王都への旅は初めてだと言っていたわね。ここは私がリードしないと。
買い出しの後は、宿屋で食事をして早々にベッドに入る。
アイシャさんはいいわね、ユヅキさんみたいに素敵な人と一緒で。私もあんないい人見つからないかしら。いえいえ、今は魔道具の事に集中しないと。王都で上手くしないと登録できなくなってしまうわ。
翌朝、宿の食堂で食事を摂り、支度を済ませ乗り合い馬車の停留場へ向かう。まだ時間には早いけど、そこそこ人がいるのね。
何台も馬車が停まる中、ユヅキさんが2頭立ての幌馬車を見つけて尋ねる。
「この馬車は王都行きか?」
「ああ、そうだ。料金は前払いでひとり銀貨48枚、朝と晩の食事付きだ」
この馬車のようね。私達は料金を御者さんに渡して後ろの幌付きの荷台に乗りこむ。
御者の横にひとり冒険者らしき人がいたけど、この馬車の護衛の人だわ。何だかこちらをチラチラ見ているわね。
アイシャさんは藍色のローブ姿で猟師用の弓を肩にかけ、ユヅキさんは黒いマントの下に剣と魔道弓を持っている。同じ冒険者だからか、それとも人族のユヅキさんが珍しいのかしら。
荷台には10人以上乗れるスペースがあって、既に4人乗り込んでいた。私達は後ろの隅に3人固まって座る。
しばらくして、もう3人が乗り込んできて馬車が動き出した。
幌の横の窓と後ろの出入り口は開いていて風が通り爽やかね。アイシャさんは遠ざかっていく町の景色を眺めてはしゃいでいるわ。こういう旅は初めてなのかしら。ユヅキさんとふたり楽しそうね。
乗客は商人らしき人達と、旅している感じの親子3人組。それと魔術師らしきローブを身に着けた若い女性がひとりいた。客は仲間同士で話をしているけど、どうもこちらをチラチラと見ているわ。やはり人族が珍しいのね。
馬車は順調に進み、お昼と夕暮れの中間の頃。急に馬車が止まった。何かあったの?
御者さんが前の入り口を開けて慌てた様子で馬車の中に入ってきて叫んだ。
「横の窓と後ろの出入り口を閉めろ。フェンリルウルフの群れだ!」




